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幽明の織 作者:時嵩いちか
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8-2. 小説

 僕は言葉に詰まっていた。
 まず、秋人さんが持ってきたレポート用紙に書かれたその文章にびっくりしていた。

「秋人さん……文章、書けるじゃないですか」
「いや、つたな駄文だぶんだけどね」
「上手ですよ、これ初めて書いたものなんですか?」
「うん」
「っていうか、これ、この間の会話ですよね」
「うん」

 エッセイ系というか、自伝小説のくくりでいいのだろうか。いや、それよりも。

「あの……実名が出てて、ものすごく恥ずかしいんですけど」
「そうだった? ごめんね、良く分からないんだ」
 はにかみながら、そう答える。

 なんて言えば良いのか分からなくなって、改めて彼の文章に目線を落とす。客観的に自分の発言を見ると、色々と気になる点が出てきた。
「今思うと、秋人さんの場合は、見た目から似てなくて、鏡の双子とかでもなくなってましたけど……」
「体格が違ってきたからね。私はせて来たし」

 そういう問題じゃなかったけど。
 本当に、子供の頃は似ていたのだろうかと疑ってしまう。

「――君が、双子の話をしてくれた後にね。考えたんだ」
 秋人さんは、お茶を飲みながら続ける。
「あいつが小説書いてるからって、小説というものを一生書かないというのも、なんだかあいつに影響されてるような気がして……」
「そうですね」
 秋人さんが、家族と仲が良くないのは分かっていた。でも、こんな話は初めて聞いた。

いやな思いをしてたんですね。何かあったら、いつでも相談してください」
「えっ……? いや、そんなつもりじゃ……」
「かわいそうですよね、殴られたからやり返しただけなのに。なんだか理不尽で……」

 ぱらぱらと、紙をめくる。レポート用紙は柔らかくて、滑らかな手触りだった。
「……うん……」

「ちょっとどついただけで、骨折するなんて思わないでしょう」
 僕の言葉に、秋人さんは顔をあげて思い出すような仕草をする。
「ああ、そこね。変だったんだよ、ジャンプして転んでたから。後ろにある椅子に突っ込んじゃって」
「ジャンプ? なんですか、それ」

 わざとらしいな。

 この間、店に来ていた時の――あの、半笑いの表情を思い出した。
 なんか引っかかるなぁ。

 僕は思考を巡らせながら、あることに疑問を持った。

「そういえばあの人、どんな小説書いてるんですか?」
 すでにぬるくなったお茶を飲む。粉茶が沈殿して、ほんの少し苦味が出ていた。
「ああ、少女小説なんだけど」
「ごほっ」
 むせた。

「信之くん、大丈夫?」
「ああ、すみません、大丈夫です。ちょっと意外で……えっと……男の人で、少女小説っていうのもあるんですね」
「あいつ、ネット上だと女性のフリしてるからね」
「ぐっ……」
 つまった。

「……信之くん、大丈夫?」
「いやちょっと息がつまって……」
「女性の名前をペンネームにしていたよ。確か……」
「なんですか? 下唇したくちびるぶわ子とかですか?」
「え?」
「……え?」

 しばらくの沈黙の後――秋人さんは、少し笑いながら「言うね、君」なんて言っている。
 自分でもなんでそんな名前を言ったのか分からない。
「いや――あ……!」
 そうだ、思い出した。

 あの時。秋人さんの『兄』と、目が合って――半笑いで見られたときに。一瞬だけしか見なかったし、すぐに立ち去ったから、すっかり忘れていたけれど。

 あの人。

 頭上に『下唇ぶわ子』って書いてあったんだ。
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