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幽明の織 作者:時嵩いちか
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8. 使命が見える男の話・その3

ご覧下さってありがとうございます!
今回は、2話続けての投稿となります。
***

 夜の音がする。
 空気、風。それら、小さな音が重なり合い紡ぎだす、夜の闇の音。
 枯れた葉が足元で乾いた音を立てていた。
 こんなに寒いのに、どこかから命の気配がする。庭というのは、そんなもののようだ。

「ミラー・ツインっていうんだそうですよ」
 信之君はそう言った。庭の石は大きく、古いものだ。少し(みどり)がかっている。その(くぼ)みになった場所に、彼はちょこんと腰掛けている。
 背が高い彼に対して「ちょこん」なんておかしな形容詞だが、年が下なせいか、そう思ってしまう。

 調べてきてくれたらしい。似ていない、双子の話を。


 ――子供の頃、兄に殴られた。
 腹を立てて、手のひらで払いのけると、あいつは物凄い勢いで転んで、右腕を骨折した。

 わたしは、母親に殴られた。

 それからというもの、何かというと「腕が痛い」「古傷が痛む」と言い、まるで弱みを握ったかのように、わたしに何でもやらせるようになった。
 父も、いつも兄の味方をした。

 母からもらった菓子も、あいつは全部一人で食べていた。
 菓子を見ると、それを思い出す。だから、甘いものはあまり食べない。
 あいつに似たくなかった。少しでも。
 今でも、菓子ばかり食べているとは思えないけど。

 それが、自分の双子の兄である。似ているなんて思ったことはない。
 ただ、顔面だけは酷似していた。髪型を変えても、あの莫迦(ばか)は後から追いかけるように真似してきた。双子なんだと主張するように。
 わたしはそれが気味が悪くて仕方がなかった。いつか、わたしから全部奪う気なんじゃないだろうか。そんな風に思っていた。


 大人になるにつれ、お互いの体型が変わって、似なくなったけれども。


「双子だけど」
 ――信之君の言葉に、私は耳を傾ける。
「鏡みたいに違うんですって。鏡にうつしたみたいに、逆」
「……そうなんだ」
 言われてみれば、口元にあったほくろも――逆だったか。分からないけど、つむじの巻き方も。
 逆だったのかもしれない。
 利き手は逆だった。わたしは左利きだ。子供の頃に矯正(きょうせい)されられているが、傘や荷物などは左で持っている。

「人格とか、生活パターンとか、そういうの。逆になったりするんだそうです」

 彼の声はいつもより、ほんの少し低かった。目線はずっと、闇の向こうだ。

 人格も?
 だから、あんなに憎かった?
 似ていたから憎かったんじゃなくて、まるで逆だったから、憎かったんだろうか。

 双子はつながってるっていうけれど、私は、あいつの気持ちや考え方なんてサッパリ分からなかった。ただ、双子だったから我慢して一緒にいただけだ。

 大人になってからは、それも必要なくなった。

 今にして思えば、どうして我慢をしていたのだろうか。自分でも分からなくなってくる。

「――鏡像的相違(きょうぞうてきそうい)。鏡像的に異なった人格の形成。そんな風に、育つんだそうです」
 信之君は、そう続ける。
 どこで調べたんだか。インターネットかな。
 ああ、それとも。最近わたしにすすめてくる――何かの本かな。
 耳に悪くない知識だった。少なくとも、今のわたしにとっては。
「秋人さん」

 信之君の声。
「似てませんでしたよ。確かに秋人さんは見た目よりも底意地が悪くて、たまに引きますけど」
 確かにってなんだよ。
「本当に――似ていませんでした」
 そういいながら、こっちを向く。見透かされているような気がして、顔ごと視線をそらす。

 もう一度、彼を見ると、もうこちらを見てはいない。月を見ている。
 眼と同じ色の髪が、不思議と翠がかっている。
 月の明かりだけなのに、いやにはっきりと映った。
 吐く息が、白く、闇の中に溶け込んで消える。

「もう寝る時間ですね。おやすみなさい、秋人さん」

 そう言い残すと、信之君はそのままいなくなった。足音も残さない。


 確かに、ずいぶんと似なくなった。私とあいつは。
 でも、双子と言う言葉は私に付きまとい、縛られているような気がしていた。
 でも。
 同じ血のはずなのに、同じ人間じゃないんだな。

 だから、君の言葉は嬉しかったよ。
 私が本当に、ミラーツインなのかどうかじゃなくて。そういうことを言いたいんじゃないんだろう、君は。

 もう、鏡を見ても――憎いと思わなくても済むのだろうか。
 はじめから、見比べなくてもいいのだろうか。
 仲が良い兄弟が(うらや)ましいんじゃない。
 ただ、わたしは。

 ――そこまで考えて、思考を停止する。
 わたしも信之君に続くように、ゆっくりと歩きながら、庭を後にした。

***

12月28日 桐島秋人
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