挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
幽明の織 作者:時嵩いちか
27/32

7. 穢れた身体に転生した男の話・その2

「…………」
 口を半開きにしたまま、無言で立ち尽くす。
 それが、アパート『フォルテッツァ』を見た恭介の反応だった。

 部屋に通すと、なんだか居たたまれないような顔をして、辺りを伺っている。気持ちは分かる。フローラルな部屋だもんな、此処。オレもまだ慣れねぇよ。朝起きると、毛布から良い匂いがしてビビるよ。
 前にオレが住んでたアパート、安かったから。ちょうど改装中で階段の一部の鉄筋がむき出しになってたし、隣の住人が枯れた植木鉢を十個くらい玄関前に置いてた。薄暗くて独特の空気があったし。差を感じて当然だよな。
 でも大丈夫だよ。今回の隣の住人も、競馬新聞片手にうろついてるようなオッサンだったから。

「居心地が悪い」
「我慢してくれ」
 そわそわしている恭介にお茶を出す。こじゃれた花の模様のティーカップに、ウーロン茶を淹れて。
 オレは、イブの夜に死んだ。
 だが当日に生き返った。
 翌日、恭介と再会した。
 さらに翌日の今日、ショッピングモールに猫のトイレとかの買い物を付き合ってもらったあと、今住んでいるアパートに来てもらったのだ。
 イブの夜は、オレが恭介の家に寄った後に、うちに来る予定だったらしいが――そこで刺されたという話だった。

 そんなこと、全然覚えていない。
 犯人は捕まっているらしいが、何でそんなことになったのか、恭介はまだ説明してくれない。
 話したくない様子だったから、無理に聞かないようにしている。気になるけど。
「あれ、猫は?」
 子猫を見せる約束をしていたのは覚えている。
「隠れてるよ。人見知りするんだよアイツ」
「そのうち出てくるかな」
「出てくるよ」

 オレは、今日買ってきた猫のトイレを設置しながら答えた。砂を入れる時に、ふっと思い出したことがあったので訊いてみた。
「なぁ、あのゾンビのゲームどうなったの?」
「ああ、『ンザンビ』な」

 『ンザンビ』とは、通学中の高校生が、突如ゾンビに襲われるといった内容のゲームである。
 学校の近くに綾瀬川が流れているので、そこに飛び込んで九死に一生を得る、というオープニングが、良いんだか悪いんだか分からない流麗なグラフィックで描写されていた。
 どうも、そのゲームのゾンビは流れる水に入ると死ぬ設定らしい。

「今度、続き見せてくれよ。気になってたんだよ」
「……もうちょっとで、クリアしないで売るところだったよ」
「え? なんで? つまんなくなったのか」
「そうじゃねぇよ。今度、見せるよ。それより……睦月……久々留?」

 恭介は、オレの事を『睦月』という元の名前と、『久々留』という今の名前で交互に呼ぶ。慣れないせいだろうけど、オレ自身もまだ慣れていない。
 正直、睦月と呼んでほしいけど――久々留のほうが良いんだろうな。

「なんだよ」
「これから、どうするんだ?」
「どうって……」
「どうやって生きるんだ」
 真剣な顔で、そんなことを言う。

「……そーだなー、まずはこの状態に慣れて、ふつーに生きるけど」

「困ったらいつでも言えよ。何でもするからな」
「えっ……なんだよ、気持ち悪いなお前」
 ちょっとムッとした様子だったが、恭介はやはり真面目にこう続けた。
「お前が死んだのは俺のせいだ」
「え……あ、いや……そんなことないだろ。大丈夫だよ、オレは」
 笑って、両手を振ってみせた。

 正直言うと、困ったことはたくさんあった。
 生活のこととか、身体のこととか。それに――『久々留』の妹、知早矢というのことも気になっていた。
 どうすればいいのか、分からないことだらけだ。
 だから、恭介が側にいてくれることは、本当はすごく嬉しい。でも。
 俺のせいだ、なんて言われてしまうと――罪悪感に乗っかってしまうみたいで、うなずけない。

「ああ、でも……色々と迷惑かけるかもしれないけど、これからも会ってくれよ。恭介」
 信じてくれて、嬉しかったんだよ。本当は、すごく。
 うまく言えなくて、ごめんな。
「当たり前だろ」
 小さな声に、安心する。

 ああ、そうだ。
 オレはまだ、とても不安だったんだ。

 そう思ったときに、やっと子猫がこっちに来てくれた。恭介の意識がそちらへ向くのが分かって、オレは小さく息を吐いた。
cont_access.php?citi_cont_id=749082844&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ