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幽明の織 作者:時嵩いちか
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6. うどん屋で働く兄を持つ少女の話

「凛、来てたのか」
 見上げると、お兄ちゃんがいた。

 お兄ちゃんの飼い犬――小雪が、ご主人様を見てはげしく尻尾をふっている。相変わらず、ものすごく懐いている。
 わたしは、うどん屋さんに来るときは、必ず小雪に挨拶していく。うちには犬がいないから、たっぷりと触っていく。

 お兄ちゃんが下宿しているうどん屋さん。
 店長の秋人さんは、穏やかで優しい人だ。
 わたしは、週に一度か二度くらいのペースでここに来ている。
 お店の敷地内に、お兄ちゃんが下宿している家がある。駐車場の横に縦長の家。なんか、切り分けられたケーキみたいな形をしている。余った土地に無理やり建てたみたいなかんじだ。そこの玄関先に、小雪の犬小屋がある。赤い屋根の、小さな犬小屋。なかにはクッションがひいてある。
「おいで」
 お兄ちゃんは、小雪をひとしきり撫でたあと、わたしに向かって手招きする。
 いつも、こんな風だ。わたしの方からうどん屋に入ったことは、あまりない。
「小雪、またね」
 ちょっと寂しそうにする小雪に、いつも後ろ髪を引かれながら、お兄ちゃんの後をついていく。


「いらっしゃい、凛ちゃん」
 お店に入ると、秋人さんが迎えてくれた。柔らかくて落ち着く声だ。
 挨拶して、座席に座る。
 向かい側に、お兄ちゃんが座った。
 相変わらず、お客さんがいない。わたしが来るのは夕方くらいで、中途半端な時間だから。

「凛。最近どうだ? 元気か?」
 週に二回は会っているのに、いつもそんな言い方をする。

 お兄ちゃんは退院してから、少し変だ。たまにわたしの頭の上で手招きみたいな動作をしたり、やたら私の心配をしたりする。
 そんなだから、この間あったエレベーターの事件の話はしていない。お兄ちゃんはまだ通院している状態だし、余計な心配はかけたくなかった。
「元気だよ~」
「家の方は? 問題ないか」
「うん」
 いつも、家の心配もしてくれる。

 わたしのお父さんと、お兄ちゃんのお母さんが結婚したのは、八年前だ。

 お兄ちゃんは、わたしのお父さんと仲が悪い。だから、一昨年に出て行ってしまった。正確には――追い出されたようなものだ。
 だから、お兄ちゃんはいつもわたしのことを気にかけてくれる。

「凛、何食べる?」

「きつねうどん~」

 わたしは、テーブルの上に突っ伏しながらそう答えた。お兄ちゃんは半笑いで、席を立つ。

 テーブルの上は綺麗に拭かれていて、手のひらを密着させると冷たくて気持ちいい。
 店の中は暖かいけど――今は冬だ。身体は冷えているはずなのに、おかしいな。少し、微熱があるのかもしれない。

 ふと、カウンターの横にあるレジが見えた。そこに、小さなクリスマスツリーが置いてあった。
 わたしが置いたやつだ。百円ショップで買ったやつ。
 とっくにクリスマスなんて終わってるのに、そのまんまにしてある。
 後で片づけなきゃなぁ。
 お兄ちゃん、わたしがあげたものは捨てないんだ。
 単に忘れてるときもあるけど。ボケてるから。
 でも、捨てない。きっと、捨てられないんだろうな。
 わたしが、傷つくと思って。
 いろいろ考えちゃうんだよね。お兄ちゃんは。

「……はぁ」
 ここのうどん屋さんは、とても落ち着く。わたしは、息を吐いた。

 お兄ちゃんは、捨てないもんね。
 お父さんと違って。
 わざわざ私の目の前で、私の作った、あげたものを。壊したりしないもんね。

「凛、できたぞ」

 ことん、と軽い音がした。良い匂いがすることに、その時初めて気が付く。

「……どうした? 具合でも悪いのか?」
「ううん」

 わたしは起き上がって、ゆっくりと頭をふる。

「なんでもないよ」

 わたしがそう答えると、お兄ちゃんはわたしの頭を撫でてこう言った。

「なにかあったら、いつでも言うんだぞ」
「……うん」
 言えないよ。
 だって、心配かけちゃうもん。

 お兄ちゃん。
 わたしよりも先に、死なないでね。
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