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幽明の織 作者:時嵩いちか
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5-6. 兄弟

「うわぁ……」

 つい、うめき声のようなものを出してしまう。
 使命が消えかけてる――という状況が、何だかとても怖いもののように感じたからだ。

「秋人~」
「わっ」

 急に声がしたので驚いて振り返ると、変なおじさんが立っていた。
 秋人さんを見ると、あからさまに嫌そうな顔をしている。客ではなさそうだ。
「……誰ですか?」
 声をひそめて尋ねてみる。秋人さんは、返事をする代わりに手のひらを二回振って、厨房の方を指さした。「いいから行ってろ」というジェスチャーのようだった。
 厨房の奥に、小さな部屋がある。着替えや、休憩に使う部屋だ。
 不審者に感じたから心配になったのだが、秋人さんが言うなら仕方がない。様子を伺いながら、僕は店を後にした。



 ――いつの間にか、人の気配が消えている。
「秋人さん……」
 随分長いので、心配になって店を覗くと、秋人さんはいつもの場所でぼんやりしていた。
彼は、客がいないときはレジの近くの席に自分の陣地を持っていた。読みかけの雑誌が開いたままになっている。

 あの『おじさん』は、いなくなっていた。

「さっきの人、何なんですか?」
「ああ……身内だよ」
「へぇ。叔父さんとかですか」
「いや、兄弟だけど」
「兄弟? ずいぶんと、年が離れた兄弟ですね」
「……同い年だけど」
「えっ? いやいやそんな。だってあの人、十くらい上でしょう」
「……双子、なんだけど」
「ああ、やだなぁ。変な嘘ついて」

 珍しいなぁ、そんな冗談みたいなことを言うなんて。

 そう思って見ていたら、秋人さんはずっと目を伏せている。
 いやいやいや、だって。
 さっきの男、どう見ても三十代後半から四十代のおっさんだったって。秋人さんは確か、二十六歳だったよな。顔も全然似てないし。

 唇も腫れ上がってたし、なんかまつ毛だけやたら長くてニヤケ顔してた。出ていくときに目が合ったんだけど、満面の笑みを浮かべて、こっちをずっと見ていた。厭だったから気付かないフリして、そのまま通り過ぎたんだ。

 声も甲高かった。
 秋人さんは、低くて落ち着いた声をしている。自律神経が安定しそうな、静かな声だ。

「……似てないですね。本当に兄弟ですか?」
「子供の頃はね、そっくりだったんだよ。顔は」

 いやぁもう、絶対ウソだって。しつこいから言わないけど。

「……あ」
 僕が声を上げると、秋人さんはやっと顔を上げた。

「聞いたことありますよ、似てない双子」

「二卵性双生児のことかい? うちは、一卵性双生児だけど……」
「そうじゃなくて」

 二卵性だと、遺伝子的には全く同じじゃないから、普通の兄弟と一緒だというのは有名な話だ。ただ、僕が言っているのはそれではない。
「いや、なんて言ってたかなぁ……確か、ミラーなんちゃらっていう……」
 思い出せない。
「今度、調べておきますね」
「……うん」
 珍しく素直だ。口元だけ笑いながら、秋人さんは頷いた。

「ありがとう、信之しのくん」
「いや、思い出せなくてすみません」
「そっちじゃないよ」

 秋人さんは、聞こえないくらいの声で呟く。そして、こう続けた。
「今の、兄が――秋仁あきひとって言うんだけど。小説を書いているんだよ。アマチュアだけどね。だから、小説は書きたくないんだ」

 ――真似しているみたいだからね。

 そう彼が言うと、一瞬、頭上の使命が爆発したように見えた。


 してないんだけれども。すごく驚いて、僕は肩を震わせてしまった。
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