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幽明の織 作者:時嵩いちか
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5-4. うどんの味

 とうとう――この日が来てしまった。

「うどんの味が……変わった……」

「お、分かるかい? 信之しのくん」
 秋人さんが、軽やかな笑顔を向ける。
出汁(だし)を変えてみたんだよ。それでね……」
 いよいよ経営不振か。
「ああ、別に売り上げが悪いっていうわけじゃないんだよ。ただ――」
 僕の表情を読み取ったのか、秋人さんは言葉を繋いだ。

「実はね。このままで良いのかなって思うようになったんだ」

 ――来た!

 新作のうどんをすすりながら、秋人さんがそんな事を言い出した。

「このまま、この店でぼんやりと、うどんを打ち続ける……悪くはないんだけど」
「なにか、他にやってみたいことでもあるんですか?」
 何だか緊張しながら、質問してみる。彼の頭上には、『使命:小説家』とあった。今でもそれは変わっていない。
「うーん、そうだね……」
 秋人さんは、首を傾げながら、はにかんだようにこう言った。
「漫画でも描いてみようかな」

「えっ?」
 なんで漫画?

 秋人さんの頭上を見てみると、使命の文字がぐるぐる回っていた。電車の中の電光掲示板みたいに、『使命:小説家』というのが忙しく動いている。
 小雪――僕の飼っている犬のときと一緒だ。
 これはひょっとして、……焦ってるのか?

 そういえば、あの時――僕は、退院したばかりだった。だから、『僕を守る』という使命のある小雪は、もしかしたら焦っていたのかもしれない。
 この人、無意識で焦ってるのか?

「秋人さん、漫画なんて描けるんですか?」
 そもそも初めて聞いたぞ。
「いや、描いたことないけど、描けるかなーって」
「かなって……」
「話を考えるのが好きなんだよ」
 ちょっと照れくさそうに、彼はそう言った。テーブルの上には読みかけの漫画雑誌が置いてあった。ああ、これの影響か。

 そういやこの人、僕が貸した小説読んだのかな。

「僕が貸した本、読みました?」
「えっ? ……あ」
「あっ、て……」
 こういう反応は珍しい。ボケてんのかな。

 ――ピロパラリ♪

「……と、ちょっと待って下さい」
 メールの音だ。いつもだったら、こんなすぐにチェックしないんだけれど、気になることがあった後だから携帯を開く。
 僕の持っている携帯は、プリベイトカード式の簡素なものだ。節約のために、あまりこういったものにお金はかけないようにしている。

 ああ、やっぱり恭介君からのメールだ。

 添付画像に、知らないショッピングモールが写っていた。
 それと、一言『昨日はありがとうございました。仲良くやっています』とメッセージが添えられている。
 なんだこれ。デートの報告か。
「いいけど……」

「ん? どうしたの」
 顔を上げると、秋人さんが心配そうな表情をしている。携帯を閉じると、ペロン♪という軽い電子音がする。僕はこの音が好きだ。
「いや、なんでもないです。それより、小説なんですけど」
「うん……ごめん。どうもあの時は君が心配だったせいか、忘れちゃっていたみたいなんだ」
「そうですか……ひょっとして、秋人さんは小説とか読まない感じですか?」
「いや、そんなことはないよ」
 本は好きだよ、と彼は続けた。それは知ってる。

「漫画より――小説とか、書いてみたらどうです?」
 冗談っぽく、半笑いでそういうと、秋人さんは急に難しい顔になった。

「……小説はイヤだな」

「えっ」
 思いもよらない返答に、驚いてつい頭上を見ると――文字が――。
 『使命』という文字ごと、うっすらとボヤけてきていた。
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