挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
幽明の織 作者:時嵩いちか
23/32

5-3. アレな奴

*お読み下さって、ありがとうございます!
 恭介君を追いかけて、トイレのドアを開けると、彼は手洗い台の前に立っていた。

「あっ――信之(しの)、さん」

 驚いたように、こちらへ向き直る。すぐに目の下をこすって咳払いをした。ごまかしたつもりなんだろうけど、泣いていたのがすぐに分かってしまう。

「恭介君、大丈夫か?」
「や、あの……大丈夫です」
 あまり平気ではなさそうだ。
「トイレになんか付いて来ちゃって、悪かったね。僕は席に戻ってるよ」

「信之さん、あいつ……睦月です」
 背を向けた途端に、恭介君がそう呟いた。振り返ると、眉間にシワを寄せて仁王立ちしている。が、すぐに目を逸らせた。

「駅からここまで、話してたんですけど……睦月にそっくりなんです、その――話し方とか、雰囲気とか。一瞬、睦月と話しているような気になって、横を向いたら別の人間の顔をしてて」
 恭介君は、険しい顔のまま、独り言のように続けた。何かを考え込んでいるような、抑え込んでいるような表情のまま。

「メニュー見てた時なんか、もう、睦月にしか見えなくなって……」
「良かったね。友達とまた話せて」
「えっ――」

 弾かれたように、僕を見る。目を合わせながら、彼はこう訊いてきた。
「否定しないんですか? こんな、変な……おかしな、話」
「ん? 否定してほしかった?」
 そう僕が言うと、恭介君は首をふった。
「……いえ……そういうわけじゃないんですけど」
「そうだろうね」
「……はは」
 彼は苦笑いを浮かべる。

 『彼女』の頭の上の使命は、『守ること』だった。
 恭介君は、友達は「オレをかばったんです」と言っていた。
 それにどっちにしろ、今、恭介君が欲しいのは他人からの肯定だろう。
「信之さん」
 恭介君が名前を呼んだのと同時に、トイレの外側から声がした。
「あっ、男子トイレ駄目だった」
 女の子の声。

「やべーやべー入るとこだったわ」

 小さい独り言が続いて、気配が離れていくのが分かった。
「……今の、あの子、かな?」
「多分……」

 何しに来たんだろうか。心配して見に来たのか? まぁ、入って来なくて良かったけど。色んなイミで。
 女の子の声で、ああいうしゃべり方をしていると――少年みたいに感じる。

「僕は行くよ。お腹減ったしね」
 そう言って背中を向けると、恭介君の声が追いかけてきた。
「はい……ああ、ここのメシ代、おごりますよ」
「いいよ、別に。大したことしてないし」
「……してますよ」

 小さな声で、彼がそう呟くのが聞こえたけれど、なんとなく聞こえないフリをしてそのまま出てきた。
 こんな、しょうもないことで感謝されるのも、何だか居心地が悪い。


 席に戻ると、『友達』が憮然(ぶぜん)とした表情でメニューを睨んでいる。
 うーん。機嫌が悪そうだな。
 ちらりと顔を見たが、向こうは全然気にしている様子はなかった。僕は大人しく席に着く。固くも柔らかくもない、椅子の感触。
「あっ、恭介。遅かったな、大丈夫か?」
 戻ってきた彼の姿を見たらしく、心配そうな声が聞こえた。
「……悪ィ……睦月」

「――」

 しばらくの沈黙。

「今は、久々留だよ。恭介」
「そう呼べばいいのかよ」
「んー……どっちでもいいけど……よく信じる気になったな、お前」

 『彼女』は、少し自信がなさそうな声で、そう続けた。

「いくらお前がちょっとアレな奴でも、フツー信じねぇし。サイアク、殴られるんじゃないかと思ってたわ」
「お前も、良く会おうって思ったな。普通、殴られるぞ。それか通報だよ」

 つーか、アレって何だよ。そう文句を言う彼の言葉には答えないまま――。
「だって、覚えてねーんだもん、死んだときのこと」
 物騒な台詞だ。険悪とまで行かずとも、なんとも言えない空気が漂っている。
 でも。最後に、彼女の笑い声がして、それから彼が小さく笑うのが聞こえた。きっと、苦笑いをしているのだろう。

 僕は、意識を向けるのをやめた。そうすると、不思議と他の客の声が耳に入ってきて、二人の会話もその中に溶け込んでいく。

 雑然とした空気の中に身を沈めるようにして――注文するのに随分と時間がかかってしまったけれど――僕は何を食べようかと、メニューを開いた。
cont_access.php?citi_cont_id=749082844&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ