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幽明の織 作者:時嵩いちか
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1-2. 使命

信之しのくん」

 はっ――と気が付くと、ベージュ色のカーテンの向こうに秋人(あきと)さんがいた。

 この病室は四人部屋で、各々のベッドが大きなカーテンで仕切られている。
 個人のスペースが確保できて気分が良い。
 女の人なんかだと、病室内で患者同士で話をしたりしているみたいだが、男部屋はそんなに話している人はいない。

「ああ、ごめん。起こしちゃったかな」
「いえ、うとうとしてただけです」

 晩御飯が終わったので、横になっていた間に微睡(まどろ)んでいたようだ。

「遅くなっちゃったね。車が混んでいて……」

「いえ……いつも遠くまで、すみません。店のほうはだいじょうぶですか?」

「ああ、志賀君がやってくれているよ」

 志賀恭介(しがきょうすけ)君。僕と一緒にうどん屋でバイトをしている子なのだが、一人で頑張っているというと、心配になる。まぁ材料さえ用意しておけば、(めん)()でて盛り付けるだけだし、恭介君は僕よりも料理はうまいけれども。

「気にしないでいいよ、そんなに流行ってる店でもないし」

「やめてくださいよ」

 確かに流行ってない。いや、美味しいのだが。味は。
 近所にできた大型チェーン店のラーメン屋に客を取られがちなのだ。
 ラーメンとうどんなんて、そんなに客層もかぶらないと思うのだが、こってり系とさっぱり系だし。
 元々、隠れ家的な店だからいいんだろうけど。持ち家でローンもないし。

 いいんだけれどさ。

 秋人さんの頭の上。


 『使命:小説家』ってなっているんだよ。


 うどん屋なんだけど、なんだろうか。どっかで道を間違えたのかな。それとも、未来の話なのかな。そもそも使命ってなんなんだろうか。

「秋人さん……あの、お願いがあるんですけど」

「ん?」

「明日、なにか本を持ってきてもらえませんか? どうにも暇で」

「ああ、いいよ。良かった、ずいぶん元気になったんだね」
 秋人さんが明るい声を出す。

「家に、読みかけの小説があるから……机の上にあると思うんですけど」
 ちらっと秋人さんの顔を見ると、特にこれといって変化はない。

「秋人さんも読みますか? 面白いですよ」

「へぇ、じゃあ今度借りようかな」

「っていうか、僕の本棚(ほんだな)から勝手に持っていっていいですよ」

 秋人さんは、頭は良い。
 いいんだけれど、うどん屋の休憩中(きゅうけいちゅう)にはいつも漫画を読んでいる。週刊少年誌。お客さん用にお店に置いてあるものを、暇つぶしに読んでる感じだ。それ以外だと、健康雑誌とか。興味があったのか、鉱物の本とか。

 物語形式の小説を読んでいるのを見たことがない。

 小説家っていうのは、ノンフィクション作家とかではなくて、物語を紡ぐ系統のことだと思うんだが、どうなんだろうか。それ以前に、この『頭の上に見える使命』というのがもう、ただの幻覚なんじゃないか。
 でも、気になる。気になるから、様子を見てしまう。


 寝る前に、歯を磨きに起き上がった。病室の入り口に、共通の洗面台が備え付けてある。大きな鏡が目の前にある。
 自分の顔を見ても、『使命』の文字は見えなかった。
 ほかの人みたいに、見えれば良いのに。

 妹の『使命:自殺しないこと』というのは、すごく気になっているのだが、今のところ凜にそういった様子はない。
 逆に心配しすぎて(いぶか)しがられたので、様子を見ることにした。僕に言えないだけで、何か抱え込んでいるんじゃないかと、心配で仕方がない。


 そんなこんなで生きる意味とか、命のなんたるか、とか――必要以上に考えるようになってしまったんだ。

 ……必要以上ということも、ないのかもしれないけど。

 ぼやけた生き方をしていると、ある程度年齢を重ねたときに、「なんでこんな人生を送ってるんだろう」とか、「自分はなんのために生きているんだろう」とか、そういった考えに囚われるものなんだそうだ。何かの本で読んだ。

 だから、こういうことを考えられるのは、いい機会なのかもしれない。


 入院してて、時間もあるしな。
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