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幽明の織 作者:時嵩いちか
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4-10. 白瀬知早矢

「あれー? お姉ちゃん、いないのー?」

 妹の声がする。少し間延びしているが、落ち着いた可愛い声だ。

「……い、いるよ~」

 一瞬、居留守を使おうと思ったのだが――いつか通る道だと思い、腹をくくった。鍵を開けてドアを開くと、そこには『白瀬知早矢(しらせちはや)』であろう少女が立っていた。
 オレの顔を見るなりにっこりと笑う。

「お姉ちゃん、久しぶり。元気だった?」

「う、うん。は、早かったね」

「だってケーキ屋さん、アパートのお向かいじゃん。中々返信来ないから、買っちゃったよ」

 言いながらケーキの箱を見せて、また微笑む。
 そんなにオレは悩んでたのか? 時間感覚がおかしくなってるんだろうか。しかし彼女は、オレの背後から聞こえた「にゃ~」という声に、食いつくような視線を向けた。

「あああっ、猫じゃん! おねーちゃん猫飼ったの? ちょーカワイイ!」

 ああ、この子は猫好きなのか。良かった。やっぱ猫好きとしては好感触だ。

「ゆうべ、拾ったんだよ」

 これから、話そうと思う。「自分は久々留じゃない」と。
 しかしまだ微妙に久々留の演技をしてしまい。口調がカタコトというか、ぎこちなくなってしまう。

 子猫は、妹――知早矢に抱きかかえられて、片足を突っ張って逃げようとしている。人見知りする猫だからな。なかなか触らせてはくれんよ。

 彼女は、嫌がっているのを察して子猫を床におろす。それでもニコニコしているあたり、本当に猫が好きなのだろう。グレイのコートを脱いでベッドの上に放ると、慣れた様子で、床に敷いてある小さなクッションの上に腰を下ろした。猫がお気に入りのクッションの上に座るような仕草だった。

 なんというか、可愛い。活発そうなショートの髪は、窓から注ぐ光に透けて、甘みのある焦げ茶色をしていた。
 オレが黙っていると、知早矢は神妙な顔をして、こう言った。

「……この間ケンカしたこと、まだ気にしてるの?」

「ふぁ?」

「あれだったら、もう気にしてないから。ね? ケーキ食べようよ。好きでしょ?」

「あ……うん」

 オレが頷くと、知早矢は「良かった」と安心したような笑顔を浮かべながら、立ち上がってケーキの箱を開けた。中には四つ、色とりどりのケーキが入っていた。

「無理してダイエットする必要なんてないんだし……お皿、借りるよ」

 どうも姉妹喧嘩をしたようだが、知早矢の発言から察するに、ダイエット関係のようだ。

「いや、でも私はダイエットをします」

 怪しい敬語になってしまった。知早矢の手が止まり、(いぶか)しげにこちらを振り返る。

「あっ、でもケーキはもらう、います」

 いかん、尚更怪しい。誰か助けてくれ。

「お姉ちゃん……どうしたの? あれからずっと変だよ。仲直りしたっていっても、なんかメッセージもカタコトだったし。今だって、ずっと心ここにあらずみたいな感じじゃん」

 確かに今のオレは考え事をしているから、上の空っぽく見えるだろう。彼女は皿に盛ったケーキを放置して、オレの方に来た。しかしこの子可愛いな。
 正直にいうと演技が苦手なんだ、でも変に演技してしまうんだ。

「お姉ちゃん」
「オレは」

 知早矢が面食らったような顔をした。しかしオレは構わず続ける。

「オレは、白瀬久々留じゃないんだ。久々留はもういない。オレは別の人間なんだ」

 勢い任せで言ってしまった。もう後には引けない。気が遠くなるような不快感が頭の芯を穿(うが)つ。わけの分からないことを言っているのは重々承知だった。

「………………」

 『妹』は、こちらに来ようとした体勢のまま、押し黙っている。

「………………」

 オレも押し黙っている。ああ、辛い。沈黙が辛い。こんなこと言われてこの子どう思ってるんだろう。なんだか可哀想になってきた。

「なに、言ってるの……? じゃあ……あなた、誰なの?」

 ぽつりと呟くと、知早矢は立ち上がって、コートを着た。
 そのままスタスタとドアへ向かう。

「ごめん、帰るね。ケーキ、全部食べていいから」

 言い残して、静かに出て行ってしまった。
 オレは一人取り残され、皿に盛られたケーキと、まだ箱の中のケーキ。取り残された、四つのソレらを見て思った。

 ダイエット中――なんですけど……。
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