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幽明の織 作者:時嵩いちか
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4-6. 部屋

 カギは、アパートの部屋の前に備え付けてある洗濯機の下に隠している。

 鍵穴にそれを入れて手早く回そうとしたが、指先が震えてうまくいかない。ガチャガチャと音がする度に、隣の住人が顔を出すんじゃないかとか考えてしまい、焦る。

 手袋でもしてくれば良かった。寒さが倍くらいに感じるんだが、『久々留』がそういう体質なんだろうか。女によくある冷え性ってヤツかな。

「おっ、と」

 ふいに鍵が開いた。オレは吸い込まれるように中に入って、初めに「子猫」とだけ呼びかけた。それから部屋の電気を付ける。最近は慣れてきたからケージから出していて、いつもオレのベットの上で寝ていたんだが。

「にゃ~」
「わっ!」

 びっくりした。子猫はいつの間にか足元にいた。オレの顔を見上げるなり、エサ皿の前に移動して「にゃあー!」と力強く鳴いた。

「なんだよ、エサかよ……」

 出かける前に入れていったんだけど、もう食っちまったのかな。そう思いエサ皿を見ると、まだ残っている。こいつ甘えてるだけだな。

「おめー人見知りするんじゃなかったのかよ」

 拾ってきたときは、中々(なつ)かなかったのにな。呟きながら子猫の頭を(なで)でると、ごろごろと喉を鳴らしてきた。

「……」

 幸か不幸か、子猫の反応はいつも通りだった。それが、おれが『死んだ』という事実を誤認させる。このままいつも通りの日常に戻れるんじゃないかと、甘い錯覚を抱いてしまう。
 でも、子猫が怖がらなくて良かった。なんといっても可哀想だし、連れていくのに骨が折れそうだから。

 子猫、見せる約束だったんだよなぁ。あいつに。

 あんまり長時間放置できないからって。じゃあ、バイト帰りにあいつん家によって、迎えにいって。そのあとこの部屋で、子猫見せるって言ってたんだ。まぁ一応クリスマスだからとかなんとか言って、ケーキ食おうって話してた。

 ああ、なんかもう嫌だ。

 この部屋見てると思い出す。引っ越してきたばっかりの頃とか。一人暮らしに憧れてたこととか。リサイクルショップで買ったベットが痛んできて、そろそろ買い代えたいとか文句いってたくせに、もう二度とあそこで寝ないのかと思うとたまらなく寂しくなった。つーかアレ捨てられるか売られるかするんだろうなぁ。オレの親も、アパートからわざわざ実家に持っていかないわな、大変だし。そんな仲良くもなかったし。

 他の家具とか、好きだった本とか。全部処分されるのか。

 くそっ。こんなんで寂しくなるとか、自分が情けなくなってくる。

 早く、子猫を連れて移動したいのに。いつまでも動けなくって、オレはその後小一時間くらい、その部屋でじっとしていた。かつて、自室だった場所に。



「……帰ろ」

 ようやく重い腰をあげ、オレは子猫を移動用のゲージに入れた。幸い大人しくしてくれて、これなら電車での移動も楽そうだ。

 自室からは、子猫しか連れていかない。なにも持っていけない。もうオレは、国枝睦月じゃないんだから。

 でも、やっぱり、それでも。

「……謝りたいな、行けなかったこと。恭介(きょうすけ)に」

 きっと、あいつは――まだオレのこと、待ってるんだろうから。

「だからって、会いにいくこともできないけど……」

 馬鹿だなぁ、オレは。何を迷う必要があるんだよ。こんな姿で行って、どうするっていうんだ。信じてもらえないだろうし、お互い嫌な思いをするに決まってるじゃないか。

「……あ!」

 オレのパソコンがあるじゃないか! そうだそうだ、携帯は今頃オレの死体と一緒にあるんだろうから諦めてたけど、パソコンからメールすりゃいいだけじゃないか。オレの身体、どこにあるのか分からないけど、恭介はまだオレが死んだこと知らないだろ。

 パソコンを起動して、メールボックスを開いた。手早くメールを打つと、オレはやっとスッキリとした気持ちで自室を出ることができた。
 あんなに重かった足が軽い。そう思ったら急に腹が減ってきたよ。

 帰ったら何か食おう。クリスマスだし。

 急に(ふさ)ぎこんでた気持ちが晴れたので、きっとオレはあいつに罪悪感を感じてたんだろうなあ、と――そんなことに、今更のように気がついた。

 アパートから出るときに、自分の部屋にお辞儀をした。感謝というより、さようならの挨拶だった。

 寂しさは残るんだろうけれど、子猫を連れていけること、メールを打てたことがせめてもの救いになって、オレは早々に越谷へ引き上げることにした。
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