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幽明の織 作者:時嵩いちか
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4-4. パスワード

 白瀬久々留(しらせくくる)の体に入ることになり、いくつかの注意事項があると言われた。

 一つは、肉体に馴染むまで多少の時間がかかること。

 一つは、精神的に不安定になってしまうこと。

 一つは、記憶が更に混濁(こんだく)してしまうこと。

 要するに、新しい肉体に馴染むまで苦労するということだった。
 ――嫌だが、まあ仕方がない。

「それとですね、必要なうちは、私がサポートに回りますから。何でも聞いて下さいね」
 受付嬢はそう言うと、小さな貝殻(かいがら)のようなものを渡してきた。

「何だ? コレ」
「カフスです。耳にはめ込むやつ」

 それは、耳たぶをはさみこむタイプのアクセサリーだった。小指の爪ほどの大きさの巻貝みたいなものがくっついている。

「えっ……この状態で、物がもらえるのか?」
「はい。実際には、白瀬久々留さんの肉体に入った時に、耳に付けてますから。確認して下さいね」

 彼女が言うには、貝殻カフスを通じて会話ができるというのだ。

「はじめはとにかく不慣れでしょうし、それで不幸になられても困るんで」

 にこりと邪気のない笑顔を零す。

「申し遅れましたが、私の名前は――ツバメといいます。以後、お見知りおきを」

 ぺこりと一礼すると、その映像を最後に、視界がぶつりと途切れた。

「では、頑張って生きて下さいね。久々留さん」
 ツバメの声だけが、真っ暗な意識の中で響き渡った。


 目を覚ますと、先ず目に入ったのはぐしゃぐしゃになった毛布だった。ふわふわとして、柔らかな色合いの花模様が描かれている。

「――うっ……痛ぇ!」

 上体を起こすと、腰がビキリと痛んだ。
 おじいちゃんかオレは、なんかものスゲェ痛ぇぞ。どうも、うつ伏せでベッドに突っ伏して寝ていたようだ。しかも、すさまじく重たく感じる。不慣れとかじゃない、これ体格とか身体が硬いせいだよ。そういう重みだよ。

「ここはどこだよ」

『久々留さんの部屋ですよ、久々留さん』

「うぉわっ」

 ツバメの声がして一瞬びびったが、耳元に手をやると、あのカフスらしきものが指先にあたり――さっきまでの会話を思い出した。すぐに彼女に質問を投げかける。

「違う、住所のことだよ。オレの家に行かねぇと……」

 死んでからどれくらい経ってるだろうか。窓の外は真っ暗だった。
 子猫、まだ名前もつけてないんだ。早く迎えにいかないと。そのために降りてきたんだ。

 ――遅くても、九時までには行くよ。

 ふいに、友達に言った言葉を思い出した。あいつ、待ってるだろうか。
 部屋の中を見回すが、どこに時計があるのか分からない。

『住所はですねぇ、埼玉県の越谷市……』

 ツバメが細かい住所を教えてくれた。埼玉県の越谷市か。オレのアパートは千葉の七光台にあるから、電車で……電車で、どれくらいだろう。パソコンが欲しい。
 更に部屋の中を見回すと、学習机の上に小さな白いノートパソコンがあった。やった! これで時間も分かるぞ!

 がっついたようにノートパソコンを開いて、電源を押す。起動するまでの時間がやたら長く感じた。軽やかな電子音と共に、目に飛び込んできたのは『パスワードを入れて下さい』の文字。

「パスワードなんて入れてんじゃねぇよ!」

 パスワード入力欄に『ヒント:BirthDay』とあった。

『0310ですよ~』

 ツバメの声がした。良かった。マジですげぇイラついた。オレは今までパスワードなんて設定したことないから、そんなのがあることにビックリした。
 あとで設定変えよう。起動するたびにパスワードの入力なんて面倒くさくてやってられるか。

 数字を打ち込むと、程なくログインできた。ユーザー名の『KUKURU』も変えなきゃなぁ、と思いながら、それは変えなくてもいいんだと思うまで数十秒かかった。
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