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幽明の織 作者:時嵩いちか
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4-3.  放棄

 ――彼女はね。

 そんな始まりで、受付嬢は淡々と説明をはじめた。

 彼女はその穢れに打ち勝てなくて、身体を放棄(ほうき)しまったんですよ。

 ――あ、自殺じゃないですよ。放棄です。そういうのって本当はずるっこなんだし、そんなことをしても、また次の人生で穢れは付きまとってくるのに。

 ああ、一応天国へは行ってますよ。彼女はね、現時点では少し太ってるだけだったんです。それが、ちょっとした嫉妬心から他人の不幸を願ってしまったんです。
 それが帰ってきてしまったんですね。
 だから三倍返しです。人を呪わばなんたらかんたらって奴ですよ。

「……ずるっこで放棄なんかできるのか」

 やっと、オレは言葉を吐き出せた。
 受付嬢がもう一杯カフェオレを持ってきてくれたので、思い出したようにそれを飲む。彼女は、レモンティーを飲んでいた。爽やかな香りが鼻腔(びこう)をくすぐる。

 ベンチの手前に、木製のゴミ箱が置いてあった。さっき(こぼ)して空になった紙コップを放り投げると、(かす)かに乾いた音を立てながら、その中へ消えていった。

「だから、本当に良くないことなんですってば。本人が一番苦労するパターンなんです。穢れというのは困ったもので、私たちにも綺麗にできないんですね。こんな仕事をしてるから、なんとかしろって良く言われるんですが」

 なんとかできたら、不浄なんて存在しません。彼女はレモンティーを冷ましながら、そのまま大きなため息をついた。

「汚れてしまうと、正しく生きることが出来ない。みんな後悔や嘆きが残るんです」

「…………」

 妙な不安を感じて、オレは黙った。オレは……何で死んだんだろう。何で、この場所にいるんだろう。思い出せない。

 天国(の受付)でも、頭は痛くなったりするんだな。

 それに、穢れ穢れ連呼してるけど、実際どういうものなんだろうか。
 オレが尋ねると、受付嬢はこう答えた。

「アンコみたいなものですよ」

「あんこ? 饅頭(まんじゅう)とかの?」
「はい。魂っていうのは、はじめはみんな真っ白なんですね。白米のおにぎりみたいな」
「はぁ」

 それが、後悔や未練、恨みつらみや穢れや汚れ――そういったものがつくと、黒くなっていくんです。アンコがたっぷりついたおはぎ(・・・)みたいに。

「おはぎ……」

 まぁ、わたしは食べ物のおはぎは好きなんですけどね、と言って彼女は笑った。
「ああ――お話がそれてしまいましたね。すみません。それじゃ、転生する『器』の説明をさせていただきますね」

 『うつわ』……か。なんか怖いなその言い方。

「お名前は、『白瀬久々留(しらせくくる)』さん。十九歳です。今年、専門学校に入学しました。イラストレーターを志望していたんですね」

 ずいぶんカワイイ名前だな。くくる、か。くくる太っちゃったか……。

 急に(おごそ)かな気持ちになってきた。どうすればいいんだ。

 オレの年齢は二十一歳――だった。年下の女が何だかよく分からん、穢れとか何とかの事情で太った、などと聞かされると、じわっとイヤな気分になる。

「あなたのお名前は、『国枝睦月(くにえだむつき)』さんですね」

 急に自分の名前を言われて、一瞬とまどう。どうも、空の上に来てから――自分の存在が、妙に浮き足立ったように感じるのだ。

「あ……ああ」
「大丈夫ですか? 此処に来たばっかりの方は、ちょっと記憶が曖昧になったり、名前を忘れちゃったりしやすいので、何かあったら遠慮なく仰って下さいね」
「……そっか……」

 ちょっとホッとした。そりゃまぁ死んだ直後だもんな。前後不覚になってても当然なのか。

「死に方によるんですけどね」
「……」

 そういえば、高い所から落ちていたようだったが。オレ。
 ――あの記憶を、頭の中で反芻(はんすう)しようとすると、受付嬢の声が意識を目の前に引き戻した。

「はい、じゃあ国枝睦月さん。あなたは今から、『白瀬久々留』さんとして生きます。(ちか)いますか?」

「あっ、ちょっとゴメン……やるって言った直後になんだけどさ」
「なんですか? 今更キャンセルはナシですよ?」

 受付嬢が首を傾げる。黒い髪がさらりと揺れた。フツーにかわいかった。

「いや……その子、女の子だろ? いくら身体を放棄したとか言っても、知らん男が中に入って生活するなんて、なんか……かわいそうじゃねぇか?」

 あァ、と受付嬢は驚いたような、間の抜けた声を上げた。

「大丈夫ですよ、身体の中に入ってしまえば、感受性が女性になりますから」
「えっ……?」
 なんだそれ。なんかキモイぞ。

「今のあなたは男性ですけれど、肉体に入ってしまえば、『魂』がその肉体の影響を受けます」

 そーゆーもんなのか。なんか変な感じだな。しかし良く考えてみれば、性別関係なしに――自分の身体のなかに他人が入るなんて、誰だってイヤな気もするが。ちょっと違うかもしれないが、まるで死体を(もてあそ)ばれているようだ。

 そんなことを訊いてみると、受付嬢は一言、こう言った。

「優しいんですねぇ」
「ええ……?」

 彼女はニコニコしながら言う。何がお気に召したのか、さっきから感じが良い。

「天国にいる『久々留』さんには承諾(しょうだく)を得ていますよ。心配無用です。それじゃ、もう質問はありませんか?ないようでしたら」

 宣誓(せんせい)してください。と、(うなが)すようにそう言った。
 ――そうだ。ここまで来て後には引けない。
 オレは、何としてでも地上に戻るんだ。

「誓います。オレは今から『白瀬久々留』です」
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