ある召喚少女の手紙
拝啓 ジーン様へ
たのしい雪の季節ですね。
て、畏まった書き出ししてみたけど、私とジーンの仲には必要ないよね!
ガレヴァル――あの異世界救った勇者とその召喚者だもんね! 私達!
キリっ!
何て冗談は置いといて、元気してる? 何せ私が異世界から連れて帰ったものだから、戸籍がないジーンは苦労してるよね。
……今でも思い出すよ、当時のこと。
学校帰りに白い光に包まれて、気がついたらガレヴァルだった。そんで目の前には幼女――つまりジーンと、下には小学生の落書きのような魔法陣。
ジーン、「お待ちしてました」 なんて言うからさ、私ってば自分が選ばれた勇者なのかと舞い上がって「世界救っちゃうよー! で、どんなチートがあるの?」 って聞いたら「え?」 「え?」 ってコントになったよね。チート無しで着の身着のまま異世界だと知って、私しばらく半狂乱になったよね。うん、黒歴史です。
しかもジーンは最後の魔法使い一族の生き残りとかいう身分で、追っ手がかかって、そんな子が召喚した人間だと知れれば私も処刑とか言うし……つーか脅すし。
黒幕? はこの世界の女神をふとしたことで監禁しちゃったクラウ・カロト。ふとしたことで監禁されちゃう女神……まあ、休息の時期だったらしいけど。その人が前王を殺し、ジーンの両親を殺し、好き勝手やって世界が荒れちゃってるとか。そんで9才のジーンも殺すように命令したとか。近辺に召喚者がいたらそいつもとも。
ぷっつん切れて私、色々やらかしちゃったよね。まずその辺の人達の噂話で、ここに向かってる追っ手が「生真面目だけが取り得の軍人」 って聞いて、ジーンをひん剥いて路上に放置したよね。
その軍人さん――サイヴィスは見事に評判どうりの愚直な人で、報奨金目当てな部下が乱暴をはたらくといけないとか思って、一人で廃村に乗り込んできたよね。なんでそんなうかつな人が軍人やれてんだろうね。
そして案の定、裸で泣く幼女を容疑者といえども放っておけず、手を差し伸べたところを、私が後ろからバールのようなもの(ガレヴァルの文化知らないんで) で殴って気絶させたんだよね。あの時のジーンの顔といったら……。
サイヴィスが目を覚ました時には裸の妙齢の女性(私ね)と褥の中。「せ、責任はとる!」 って自分から言ってくれて助かりました。こっちは脅してでもそうさせるつもりだったけど。
それにしても生きるために必死だったのにジーンってば「これは勇者のすることではない」 って止めようとするんだもん。まあ「じゃあ死ぬか」 って言ったら黙ったよね。しょうがないね、人間だもん。
とりあえずこれで身分はゲット。そして都合よくサイヴィスがこれから向かう先は、この地域の交通の要である城の領主様というではありませんか。
その領主が若くて無類の小動物好きときいて、猫質とって脅したのは良い思い出。でも引っかかるほうも引っかかるほうだと思う。「この外道!」 とかジーンの言葉に比べれば切れがないね。
流れに乗って行くべきだと思ったので、私のやることは早かった。その領主様のお城は伝書鳩の休憩地になってて、あらゆる文書がそこで運ばれるって聞いてたし。
再び子猫質をとって脅迫したよね。「今からいう文章を各地の貴族に送れ」 って。
それにしてもさ、オレオレ詐欺って無くならないわけだよね。
「父さん、俺だよ、俺……。さっき馬車で街娘を轢いちゃったんだ……。三十万で和解するって言ってる。そうじゃなきゃ出るとこ出るって……。お願いだよ、今から言うところにお金送って!」 って文章で三桁のお金が集まるとはねー。
「どうよ私の策略は」 「詐欺の手口を学んで一つ賢くなりました」 って会話が懐かしいねー。でもジーン、そこは「さすが勇者様! あえてやらない手段で足がかりを得る! そこに痺れる!」 くらい言ってほしいものだね。あの時点でまともな手段で成り上がれるわけないんだし……せめてテンションだけでも。
そういえばこの時、領主がさすがにカチンときて、サイヴィスに「お前、騙されてるんじゃないの?」 ってチクッたんだよね。ジーンは知らないだろうけど、いやあプチ修羅場だったよ。
「俺から離れられると思うな。地の果てまで追いかけてやる」
どうも領主が横恋慕して言ったと思ってるみたいでさ。いやその勘違い自体は都合が良いんだけど、そう言って静かに首をね、軽くきゅっとね……。真面目な人間が思いつめると怖いよね。
ほんと。
で、資金集まったけど、王都の関所の門番が頭固い人で賄賂が通じなかったじゃない? 「通すのは軍人様本人だけです」 って言った、三十代後半くらいの女の人が責任者だったでしょ。さすがの私もどうしたものかと思ってたけど、その人が夜な夜な街の占い師のもとに通ってるって聞いて、しめた! って思ったね。
覆面被って占い師になりすまして「この人形はあなたに幸運を与える、常に持ち歩きなさい」 と言って押し付け、それからはその女性の悩みをズバズバ当てる名占い師。
しかし悩みが「年だしもともと可愛くないし、女の子らしいものが似合わなくて困ってる」 だったとはね。それを人形に向かって言うなんて充分可愛いのにね。携帯電話が内臓されてるのにも気づかないドジっ子属性もあって可愛いじゃん。電池が尽きない謎世界万歳。
「サイヴィスの奥方の通行を許可すれば幸運が訪れる」 「ええっ! でも貴方様のいう事に間違いは無かったし……」
「また成功してしまった……」 「黒幕倒して世界を救っても、私達地獄に落ちると思います」 ジーンといいサイヴィスといい、ガレヴァル人って真面目な人多いよね。
そのサイヴィスはこの件でも夜の出歩きで浮気を疑うし、白い結婚なのにやってられないわ。……って思ってたらそうじゃなくなったけどね。
あーうん、とにかく私は女神を救出して帰ろうと思ったよ。
この時は王都は目の前だったし、犬に噛まれたと思って忘れようと思った。
そんなこんなで無事王都入りして、テンション最高潮だったよね。あとはどうやって王城に入るかと思ってお城の入り口を見ていたら、門番の男がやけに馴れ馴れしく話しかけてきたよね? あれ一目惚れだったんだって。「最近の陰鬱な城下で明るい人は久しぶりに見た」 それはあれだよ、深夜のテンション的な。危機的状況で脳内活性化的な。信じちゃいけない系だよ。まあそんなことは言わずに「お城の中をジーンと見てみたい」 って無理言って通してもらったよね。今思うとあの門番ひょっとして今頃……って思うけど、仕事を舐めるなという教訓にしようか。
無言でクラウ・カロトの寝室まで歩いていったよね。その時間が人生で一番長い時間だったように思う。『いざとなったら、私は人を殺せるのか?』 そう自問自答してたから。女神様だけ助けられるとか、そんな都合よくいくとは思っていない。
実際は一瞬だったね。寝室に忍び込んで隙を窺っていたら、クラウ・カロトはジーンの遠縁の子で、どう見ても十代前半くらいの嫌がる子を引っ張り込んできて、事を始めようとしたんだもの。「男は皆殺し! 女は種付けだ!」 そう言いながら。
去勢させて頂きました。先日の件もあって、強引なのは大嫌いなんだよ。痛みでもんどりうってるのを尻目に、女神様が封じられた箱を探し出し、封印の鎖を叩き切って、私は世界を救ったわけだ。
解放された女神様は「ありがとう。勇敢な異世界の者よ。お礼に一つだけ、望みを叶えましょう」 って厳かに仰った。
迷わず私は言った。「私と、ジーンを、私の世界へ!」
直後にすごい顔したサイヴィスが部屋に入ってきたのが感じられて、セーフだと思った。
何で私まで? って聞いたよね。そしてこう答えたよね。「私達、正当な方法で世界救ってない」 って。残ったら必ず糾弾されることをしてた自覚はこれでもあるんだな。
それで、元の通学路に居た私達だけど、ジーンの処遇が問題だった。犯罪を疑われても困るから、警察に届け出て、身寄りがないのを確認してから、きちんと養子に迎えようって話になったよね。うち、あと一人くらいほしかったんだって。それで何で今、施設にいるジーンにこんな手紙を書いたかって?
ただね、伝えときたかったの。実はね、サイヴィスが来たんだ! ある日、空間を破って。
すごいでしょ、女神様死んだって。私ますますサイヴィスが好きになっちゃった。
けっこんするの、近いうち。
てがみで伝えるのも何だかと思ったけど、今は彼と離れたくないの。
追伸 早くジーンに会いたいな。