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冬眠休暇はいりません 作者:羽月
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 目を開けたら暖炉が見えた。見慣れない朝一の景色に、一瞬で頭が回りだす。そっと起き上がれば、まだ外は薄暗い。風は昨日よりも鎮まっていた。

「まだ早いぞ」

 いきなり話しかけられソファーの上で飛び上がる。驚かさないでくださいと背当て越しに振り返れば、すまない癖で、と謝る。……前にもこんなやりとりをしたなと思い出す。ジオルドさんも同じことを考えたようで、目が合うとどちらともなく微笑みがもれた。

「癖は仕方ないですけど。ちょっとは気を付けてくださいよ」
「善処はする」

 ――いつもより早い時間から、この日は始まった。



 昨日の夜は、ベッドをどちらが使うかでもめたりはしたけれど、渋るジオルドさんを言い負かして私はソファーで穏やかに眠った。そもそも、サイズ的にジオルドさんは絶対ソファーでは横になれないから、まあ当然の帰結だ。
 目覚めて、二人で朝食を作って、一度家に寄って着替えなどを済ませてからギルドまで送ってもらう。ジオルドさんはまた帰り頃に来ると言って去り、居残っていた男性二人と挨拶を交わした私は業務へ。今日の『見回り』は結局中止になったため、やることに困ったあげく、隅々まで掃除をして時間を過ごした。壁も床も柱も磨いたので、年季の入った木目がつやめいて綺麗だ。すごく満足感があった
 静かに時間が過ぎて、夕刻。昨日と同様風が強くなり始めた頃、ジオルドさんが私を迎えに現れる。昨日と同じく彼の家へと身を寄せ、ぽつぽつと喋り、一緒に夕飯を作り、またもめながらもソファーを死守。眠る。
 翌朝またも早くに起き、昨日と同じことを繰り返した後出勤。その日は、依頼の多い品物順や賃金の安い依頼順、一ヶ月で一番多い依頼順など思いつく要素でリストを作ってみたりした。また迎えが来て、当然のようにジオルドさんの家で一夜を明かす。
 三夜の間、ずっと彼のそばにいた。三夜目にはお互い慣れて、気付けば前よりも一歩、近付いた距離で座っていた。そこは、とても気の休まる場所だった。



 嵐の後は抜けるような青空が出た。吹き戻しの風が頬に当たり痛いほどだけれど、すがすがしい天気だ。気分も上向き、ついつい空を見上げてしまう。そうして足元がおろそかになる私を注意するようなジオルドさんの視線にいたずらがばれた子どもの気分を味わう。恥ずかしくなってそそくさと前を向く。
 隣を歩く歩幅は、私に合わせてゆっくりだ。大きな足跡と小さな足跡、まるで大人と子どものような違いで後ろに続いていく。あまりに和やかで散歩しているような気分になるが、仕事中である。首から下げた鍵束の重みを思い出し、少し気を引き締める。


 その日行った一軒目の家は夫婦と子ども一人の三人家族で、先日まで父親と子どもが冬眠していた。今は交代で母親が冬眠に入り、毎日家の中にこもりっぱなしのお子さんはつまらなそうに窓の前でお絵描きをしていた。少し気の弱そうな父親は、妻の冬眠よりもむくれた様子の子どもの扱いに困っているようで、話し相手になってあげてくれませんか、と私に頼み込んできた。まあお話するくらいはいいかと了承し、顔は母親似のやんちゃげな男の子に話しかける。

「誰描いてるの?」

 紙いっぱいに描かれているのは、笑顔の赤毛の女性の姿だ。お母さんかなときけば、とお友達のエーコちゃんだと返ってくる。

「ふゆのあいだ、ゆきでおうちをつくっていっしょにくらそうねってやくそくしたんだ。でもママもパパもおそとにでちゃダメっていうんだ」
 やくそくしたのにひどいよ。そうぷっくり頬を膨らませる様に、これは父親も困るわけだわと思わず苦笑い。子どもにとって約束は、本当に大事なものなのだ。きっとこの子はこの冬ずっと、果たせない約束とその原因である両親にこんな調子でいるのだろう。

「そう……。でも、お外は寒いでしょう。眠くなっちゃわない?」
「へいきだよ。ならないもん」
「エーコちゃんは、眠くなっちゃうかも」
「エーコちゃんも、へいきだもん」
「それがね、平気じゃなかったみたい。エーコちゃんは今、ママと一緒にお休みしてるよ。お姉ちゃん毎日見に行ってるから、知ってるの」

 知っているというのは嘘だが、赤毛の女の子がいる家庭には実際『見回り』に行っている。あれがエーコちゃんかもしれないし、まあ嘘も方便だ。

「……そうなの?エーコちゃん、ねてるの?」
「うん。約束したのにって、エーコちゃんも言ってたよ。でも、眠くなっちゃったんだからしょうがないよね?許してあげられるでしょう?」
「……ねむくなっちゃったんなら、しょーがないよ。ぼく、エーコちゃんがやくそくやぶっても、ゆるしてあげるもん」
「そう。いい子だね。かっこいいね」
「ほんと?ぼく、かっこいい?やったあ!」

 子どもは純粋で、扱いやすい。さらりとついた嘘が嘘だと知っているジオルドさんの視線は痛いが、理由が理由のため怒れない微妙な顔をしていた。


 懐かれたのか、妻の世話をしてくると夫が部屋を出てからも男の子と話を続けていれば、そのまあるい瞳がふいに私の目を見つめた。

「なあに?」

 問えば、数秒じっと見つめ続けたあと、

「おねえちゃん、どうしておへやのなかでもずっとぼうしをかぶってるの?」

 その純粋さで、突かれたくないところを正確に突いてくる。笑顔がひきつった。

「……寒いから。そう、寒いからだよ」
「おへやのなか、あったかいよ?」

 確かに、厚着では汗ばむほどに暖かい。

「じゃあね、ええと……お気に入りなの。そう!この帽子お気に入りでね、かぶってたいの」

 帽子を頭に押さえつけるようにして言えば、でも、と男の子は言い募る。

「ぼく、おねえちゃんのみみ、みたいなあ。パパはいつも、おともだちのみみがへにゃってなるようなことしちゃダメっていうんだ。でも、おねえちゃんみえないから、ぼくわかんないよ」

 耳をへにょりとさせながら見上げられれば、うっと言葉に詰まってしまう。どうしようか、どうしたらいいか。弱ってちらりとジオルドさんに目をやれば、そちらからもじいっと視線を注がれる。俺も見たい、と如実に語っている。
 迷ったあげく、私は。――そっと、帽子をとった。
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