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冬眠休暇はいりません 作者:羽月
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 ジオルドさんが冬眠に入ってから四日目。その日は寒の戻りでうす曇りの朝だった。
 目覚めて空を見上げ、雪が降りそうだと思う。足元からの冷え込みはひと月前に戻ったかのようだ。手足を擦り合わせながら用意をし、服を着こんで外に出る。街もまた、真冬に戻ったかのような静けさだ。熊人たちは家の中にこもって、私だけが雪の残る道の上。
 ギルドでは、ごうごうと暖炉が燃えていた。今日は寒いね、と支部長。寒いですねと頷いて、もはや就業前の日課になっている支部長との語らいの時間。

「冬に戻ったみたいだね」
「そうですね。でも、またすぐ暖かくなりますよ」
「冬眠明けの寒さはこたえるよ。もう一度寝てしまいたくなる」
「二回も冬眠できないですよね?お天気ばかりはどうしようもないですし、頑張って堪えてくださいよ」
「そうだねえ。その通りなんだけど」

 とりあえず寒いと縮こまる姿を微笑ましく見ていれば、恨めし気に見つめ返される。

「いいねえ、きみは。寒さに強くて」

 冬眠がいらないのは楽だろう、そう訊かれる。私は少し首を傾げて、

「楽と言えば楽ですけど、支部長が思うほど楽ではないですよ」

 微笑みを浮かべたまま答える。

「……まあ確かに、そうかもしれないね。どんなに寒くても、眠り続けるわけにいかないわけだからね」

 どっちがいいのかはわからないけどね。そう笑う支部長に、そうですね、と一つ頷きながら。きっとあなたたちの方が何倍もいいと思いますよ、と心の内で呟いた。



 今日の『見回り』は初めての一人きりとなった。雪が降りそうなほどの冷え込みで、男性職員がまた冬眠しそうだと外に行くのを嫌がったからだ。女性は論外で、誰も一緒に行けるひとがおらず、私は一人で道を歩いていた。
 真冬に戻ったような寒気は、途中で本当に雪を降らせ始めていた。ひらひら、ひらひら、小さな花のようだった雪は、三軒の『見回り』を終える頃には立派な六花となって降り注いでいた。降雪のせいで耳がきんとするほどの静寂の中、早足で帰途を急ぐ。
 視界をよぎる白。青白い壁、灰色の雲。足元はどんどんと雪に覆われて、雪を踏みしめる自分の足音と呼吸だけが耳に届く。……一人きりだ。一人きり、誰もいない場所をさまようように歩いている。
 一人きりの孤独は、雪と一緒に肩に背に積もっていく。俯きながらの歩みを何度も止めそうになって、そのたびに駆け出すように足を踏み込む。ひしひしとのしかかってくる寒さと寂しさを意識してしまうと、動けなくなりそうだった。何をしているのだろう、と。

 ――何をしているのだろう、私は。

 幾度も考えた。幾度も幾度も考えた。何故私は、ここにいるのだろう?
 熊人に混じれず、他の種族とも交われず、見知らぬ土地で、知らない世界で、一人生きていく理由を何度も考えた。答えは出ず、生きるために生きてきた。
 がむしゃらな日々。何も考えないようにして、この世界とひとの輪に溶け込むために一生懸命になっていても、時折ふと心に去来するものに、こうして悩んできた。今もそう。秘密を受け入れてくれると思ったひとに否定されたことを、彼がそばにいないことを、こんな静かな雪の中、一人を意識してしまえば……。
 重しでもあるかのように、足が動かなくなった。

 私は、何故ここにいるのだろう?



 まずは顔に当たる熱を感じた。それから、パチパチと弾ける聞き慣れた炭の焼ける音。そして、布越しに腕をそっとさする、大きな手。
 そうっと目を開ければ、目の前に暖炉が見えた。赤々と燃え上がっている。
 わずかに首をひねって左側を見やれば、大きくて武骨で太い腕が、私を抱え込んだ右手で子どもにするように私の左の肩から腕にかけてを何度も撫でている。
 手から腕をたどり、分厚い肩を、太い首を通り過ぎて、ゆっくりと見上げる。じっと暖炉を見つめる険しい顔は、私の頭の上にあった。

「……ジオルドさん」

 呼びかける声は、小さな小さな囁きだった。

「……目が覚めたか」

 低い声音は近距離から耳に入り、その音の深さはとても心地良く感じた。

「覚えているかわからんが、お前は雪の中で倒れていた。俺が見つけ、温めた。見つけるのが遅かったら、死んでいた」

 死んでいた、と掠れ声で呟かれても、実感がわかない。そうですか、と心のこもらない相槌を打てば、抱えている腕の力がぐっと強まる。少し痛い。

「……どうしてあそこを通った。はじめに言ったはずだ。あそこは吹き溜まりになると」

 通るなと言ったはずだ。何故通った。そう言われても、わからない。俯きながら歩いていたから、どこを歩いていたのか正確になんて覚えていない。答えられず黙り込めば、彼は何かを堪えるように私を締め付ける腕を震わせ、それから大きなため息とともに腕を解いた。

「……すまない。わかっている。俺が、悪いことは」

 解かれた右腕は、もう一度私に伸ばされて、彼は囲いこむように両手で私を抱き込んだ。

「……無事で、よかった」

 掠れて揺れる言葉は、私の耳の深くまで入り込んでじんと脳天まで届いた。
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