会談
ミッドウェイ海戦から1ヵ月後、実験艦隊司令官である桑名は東京の軍令部にいた。彼の身を包む制服の襟章と肩章の桜のマークは1つずつ増え、彼は中将へと昇進していた。
先月開戦と同時に行なわれたハワイ真珠湾、ならびにミッドウェイ奇襲作戦は大成功を収め、米太平洋艦隊を名実共に壊滅に追い込んだ。
さらに、第二航空戦隊司令官の山口多聞少将の強い進言で行なわれた第2次攻撃により、石油タンクと海軍工廠にも空襲が加えられた。この結果、真珠湾は最低半年は使用不能なほどの大打撃を受けた。
米海軍の撃沈艦船は捕獲された物と併せれば、戦艦4、空母1、巡洋艦4に上る。対し、こちらの受けた被害は約40機の航空機と、陸上基地からの爆撃機の攻撃を受け中破した「加賀」のみであった。
これは海戦史上空前絶後のワンサイドゲームで、かの日本海海戦並の快挙である。戦果を知らされた国民は、日頃の統制生活の鬱憤を晴らすかのように、こぞって街頭に繰り出して提灯行列を行なった。
また、喜んだのは何も国民だけでなく、軍上層部や政府もであった。とりわけ、アメリカとの戦争に危惧を抱いていた昭和天皇は今回の戦果にいたく喜ばれ、南雲忠一中将や淵田大佐を直々に皇居へ呼び出して、お話を聞いたほどである。
この時、前述した2人ほど長い時間ではなかったが、桑名も皇居へと呼ばれ、陛下に海戦の様子を語っている。
今回の作戦で、南雲艦隊以上に賞賛を浴びたのが実験艦隊であった。敵に大打撃を与えたのみならず、空母と巡洋艦という今の日本海軍が喉から手が出るほど欲しい艦艇を拿捕してきたのだから当然である。
また新聞での発表では、連合艦隊とは別系統の秘密艦隊であるとされたが、このことが大いに市井の子供たちを喜ばせた。小説に出てくるような秘密艦隊が、米海軍から大型正規空母を拿捕するというのは、まさに冒険小説の様な話であったからだ。
もっとも海軍の中にはこの戦果を嫉妬する人間も多数折り、「帝国海軍にあるまじき海賊行為だ」と言って僻む連中もいた。しかしながら、桑名以下実験艦隊でそんなことを気にする人間などいなかった。
そんな開戦時の熱気の余韻がまだ残るこの日、桑名がどうして軍令部に呼び出されたかというと、ある人間と会うためであった。
「やあ、お待たせしました桑名先輩。」
そう言って桑名に挨拶したのは、真珠湾奇襲成功以来、一躍時の人となった山本五十六連合艦隊司令長官その人であった。
「先輩はよして下さい、今はあなたの方が階級は上だ。」
そう言って桑名が苦笑した。
「いえいえ、例え階級は上になっても兵学校での先輩を軽んじる事など私には出来ませんよ。」
今度は山本の方が笑いながら言った。
軍縮の煽りを喰らって一時期予備役に編入されていた桑名であるが、山本が兵学校にいた時は2年上の先輩であった。例え階級は上になっても、先輩への矜持をしっかり持っているのが山本五十六という男だった。
「ははは、変わらないなあなたは。まあ、私情はここまでにして、早速本題へ移りましょう。今日私を、わざわざ伊豆から東京に呼んだ理由はなんですか?ただ昔話をするためではありますまい。」
「もちろん、その通りです。実は、先日の貴艦隊の働きが上層部で高く評価されましてね。それで軍令部があるプレゼントを、あなた方の艦隊に用意したのです。」
「ほう。先日我が艦隊では私も含めて数人に階級特進の通達が来ましたが、それ以外にもプレゼントをくださるというのですか?」
「はい。実はあなた方が捕まえた2隻、つまり空母「レキシントン」と巡洋艦「ペンサコラ」がそれなのです。この2艦は現在、横須賀と横浜の造船所で調査、ならびに修理と改装を受けていますが、「レキシントン」は3月上旬、「ペンサコラ」は3月下旬にそれぞれ工事が終わります。それと同時に、貴艦隊へと編入される予定です。」
このことは、桑名も予想していたがやはり驚かずにはいられなかった。重巡の「ペンサコラ」ならともかく、大型正規空母の「レキシントン」は、今もっとも連合艦隊が欲しがっている艦種のはずだからだ。
「ほほう。それは大変嬉しい事です。しかし、「ペンサコラ」は別として、正規大型空母の「レキシントン」は連合艦隊でも欲しがる船ではないですか?本当に我々が貰ってもよろしいのですか?」
すると、山本が苦笑いした。
「実はですね・・・」
山本が言うにはこうである。本来なら今後の建造計画では、新たに正規空母の「大鳳」が建造される予定であった。ところが、昨年連続して2隻(「天城」と「レキシントン」)もの大型正規空母が手に入ってしまった。そこで、空母「大鳳」の建造を中止し、その資材を建造が遅れている「大和」型戦艦4番艦に回せという意見が、軍令部や海軍省内で真剣に話し合われているという。
「そんな馬鹿な、ハワイ沖、ミッドウェイ沖、マレー沖で航空機の戦艦に対する優勢は、分かりきったことなのに。何を考えているのですか!?」
「ええ。しかし、なおも大艦巨砲主義の亡霊にしがみ付いている輩が多くて、我々もほとほと手を焼いているのです。なんとか臨時予算で、予科練の拡大と基地航空隊の大幅増強は決定したのですが、その分空母の増強が圧縮されそうなのです。」
この時点で、日本の空母建造は商船や特務艦改造空母と前述の「大鳳」以外には全く無かった。つまり、もし現在南雲中将指揮の第一航空機動艦隊の空母が失われることとなったら、補充する空母はないのである。
正規空母の建造継続は、山本としてはなんとしてもやり遂げねばならなかった。
「そこで、「レキシントン」を実験艦隊に移すことにしたのです。あの艦隊は軍令部直属ですから、一度配属されれば連合艦隊へ引き抜く事などよっぽどのことが無い限りありえません。そうすれば、今後連合艦隊用の正規空母建造が認められるはずです。」
なんとなく強引な理屈であるが、現在の日本の縦割り行政ならそれで通ってしまいそうである。
「そういうことですか。」
取りあえず桑名は、自国の内実に情けなさを感じながらも、自分を納得させた。
ところで、軍令部と連合艦隊の役割がわからない人もいるかもしれないので、ここで簡単に説明しておく。
海軍軍令部というのは大本営海軍部のことで、海軍の行政、作戦立案を行なう。一方、連合艦隊はその作戦命令を受けて実際に戦闘を行なうのが仕事である。だから、連合艦隊で作戦を立てても、軍令部が許可しなければ、もしくは軍令部の許可を仰げない非常時以外は、作戦を自らの判断で実施できないのだった。
それに比べて、実験艦隊はかなり作戦面で動きやすかった。なぜなら、そもそも実験艦隊自体が軍令部の一部門の扱いとなってり、軍令部上層部から命令が出てなければ、自分たちで勝手に立案した作戦を行なう事が許されるのであった。
まあ、実際の所は燃料や弾薬確保のため、難しいのだが。それでも、連合艦隊に比べれば大きなフリーハンドを与えられているのであった。
とにかく、こうして実験艦隊は新たに空母と巡洋艦を艦隊に加えられる事となったのであった。
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