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次なる戦いへ
 リー少将率いる護衛艦隊壊滅の報に、撤退作業中の海兵隊はパニックに陥った。この時点で輸送船団に残された護衛艦は、増援として後からやってきた砲撃戦ではほとんど役に立たない掃海艇や、旧式の巡洋艦と駆逐艦だけであった。

 戦艦を含む有力な日本艦隊がやってきたらとてもではないがかなわない。そこで護衛艦隊指揮官は、海兵隊に対して乗り組みが完了した輸送船や揚陸艦を五月雨式に出港させるよう要請した。

 一方の海兵隊からしてみれば、そんなことすれば外洋に出た途端各個撃破の危険があるとして最初は断ろうとした。しかし戦艦を含む日本艦隊が近づいているのは事実であり、留まるのが危険であることも認識していた。

 結局海兵隊指揮官が折れる形で、乗船の完了していた輸送船と揚陸艦から順次出港させることとなった。それとともに、エスピリット・サントの基地に対して支援航空機の出撃に加えて、残存する艦艇の出撃を要請することとなった。

 こうしてまず輸送船5隻と揚陸艦3隻が駆逐艦2、掃海艇3隻、護衛空母2隻の護衛を受けてガダルカナルから脱出した。

 これに続く形で1時間後、軽巡2、敷設艇4隻に守られた輸送船3、揚陸艦2隻がガダルカナル島から脱出した。

 この2部隊はその後損害もなく、全て

 だが結局そこまでが限界だった。まだ半分ほどの艦艇が残っているところで夜が明け、さらに護衛艦隊との砲撃戦を終えた独立艦隊がやってきてしまった。

 この時点で残存していたのは軽巡1隻と駆逐艦5隻のみだった。これで勝てるはずがなかった。それでも、この6隻はヤンキー魂を発揮して独立艦隊へ向けて突撃した。しかしその頃には空母艦載機が既に飛び上がっており、もはや攻撃は自殺行為としかならなかった。その結果6隻の内駆逐艦1隻を除いて全て撃沈され、残る1隻もズタボロにされた挙句、白旗を上げざるを得なかった。

 海岸に残されていた輸送船5隻と揚陸艦9隻も逃げ場を失った。この内何を思ったのか、小型揚陸艦の1隻が脱出を図ったが、もちろん独立艦隊の砲撃によって轟沈している。

 この光景が止めとなり、米海兵隊と輸送艦艇も白旗を上げた。

 こうして第二次ガダルカナル戦も日本側の勝利に終わり、米軍はまたもや太平洋上において2〜3ヶ月の間攻勢が不可能となってしまった。また戦艦2隻をはじめとする多数の艦艇と逃げ送れた海兵隊の兵士2000名が捕虜になるという大失態を犯してしまった。

 これは一時議会を紛糾させることとなったが、ルーズベルト大統領にとって幸いだったのは、日本軍が既にインド洋にまで勢力圏を確保したことと、イギリス本土が危機的な状況に置かれたことから、リーダーの交代は望ましいものではない意見が通り、彼の罷免にまでは至らなかったことだった。

 しかし、海軍が大敗したのは事実であったから、責任者の処罰は必要だった。結果南太平洋方面の艦隊指令や基地指令にかなりの更迭や左遷が行われたが、それは別の話である。

 一方日本側も勝ちはしたが被害は小さくなく、ガダルカナル島の基地設備に大損害が生じ、航空隊の損害もかなりの数に上った。また、艦艇も沈没こそ少なかったが正規空母「剛龍」撃破をはじめ損傷艦艇が発生している。

 セイロン島攻略作戦中で忙しく、なおかつ太平洋上の島々の防備に力を入れようかと協議を始めた矢先にこの戦いが起きてしまった。海軍各部の頭は痛い。せめてものなぐさめは、またも独立艦隊が敵艦艇多数を捕獲してくれたおかげで、国民の士気高揚と戦時国際の売り上げ量が伸びることだろう。

 他方その独立艦隊は、ガダルカナル島をめぐる攻防戦が終わると、ただちに艦隊を分割して、拿捕艦艇の後送を始めた。またラバウルに前進していた特試航空隊も訓練地であるブルネイに後退した。

 旗艦である戦艦「土佐」はその殿を勤め、最後の撤退グループに加わった。

「今回は旧式艦と輸送艦艇しか拿捕できませんでしたね。せめて小型空母も捕まえられると良かったのですが。」

 参謀長の長谷川大佐が、長官席に座る近江中将に声を掛ける。その声は落胆交じりの物であった。しかしながら、近江の声は違っていた。

「そんなに気を落すことではないぞ。確かに空母を捕まえられんかったことは残念であったが、40cm砲戦艦を捕獲できたのは僥倖と言えるぞ。それに輸送艦艇は我が国では幾らあっても困らないものだ。仮に軍が領収しなくても、民間に売却されれば軍には金が入ってくるのだから、良いことには違いない。」

 近江の言うとおりだった。この時期日本の輸送船事情は逼迫していた。米潜水艦が基地の不足と、日本側の史実よりも早い対潜兵器の配備で活動が低調とはいえ、損害がなくても数が不足しているというのは事実であった。

 この事実は兵員輸送の時に際立って現れる。米軍の場合、兵員一人一人に簡易性とはいえベッド(つまりは個人空間)が与えられ、さらに食事は食堂で余裕を持って出来、船によっては酒保さえあった。このおかげで兵員は体調がかなり良い状態で作戦にあたれた。

 ところが日本の場合は、ただでさえ船の数が少ないから、貨物船に3000〜4000名の兵士をすし詰めにすることが珍しくなかった。兵士は狭い船倉に押し込まれ、トイレや交替で甲板に出る時以外はずっと押し込まれるのだった。これにより兵士は作戦前に体力を消耗し、さらには船が沈むときには脱出さえままならないという状況におかれた。

 さすがに今はオーストラリアとの講和や中国での本格的戦闘を行っていないから船舶に余裕があり、少しはマシであるが、根本的な解決には至っていない。

 だから日本にとっては、ある意味軍艦以上に欲しいのが輸送艦艇にあることは間違いなかった。事実今回捕獲された輸送船や揚陸艦艇は日本にとって貴重な戦力となる。

「とにかくだ、今回も収穫は多数あった。特に巡洋艦は前回と同じ「セント・ルイス」級だからな、我が艦隊に配備されるように軍令部に要求せねばな。それから沈んだ駆逐艦の代替艦も必要だな。」

 近江は既に帰ってからのことを考えていた。

「そうですね。戦いは終わっても、やることはたくさんありますね。」

 長谷川も近江の言葉に深く頷くのであった。

 この1週間後、日本軍はセイロン島を完全攻略し、戦局は大きく動くこととなる。ちなみに、今回捕獲された戦闘艦艇のうち、旧式駆逐艦1隻を除く全ての艦艇が独立艦隊に編入されることとなる。またセイロン島攻略により、さらに日独の貿易が活発となる。その結果、日本やアジアにさらなる影響が出ることとなる。
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