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開戦
 11月、日米間の緊張は爆発寸前にまで高まっていた。一時期日米双方が妥協できる内容の条約が纏められそうにもなったが、結局こじれてしまった。

 そして、日本にこれまでの中国、東南アジア地域での紛争への介入の一切を無に期させるハル・ノートがワシントンの野村大使に手交されたのはそれから間もなくのことだった。

 既に帝国陸海軍は万全とは言い難かったが、当座の対米英蘭戦争の準備を済ませていた。千島列島の択捉島単冠湾からは、空母「赤城」を旗艦とし、南雲中将が指揮する第一航空機動艦隊が密かに出撃していた。

 また台湾の海軍基地では、零戦や1式陸攻がフィリピンに対する渡洋爆撃の準備を終わらせていた。陸軍も泰経由でのマレー半島侵攻、フィリピン侵攻の準備を終わらせ、一部の部隊は乗船に入ろうとしていた。

 そんな中、伊豆を母港とする実験艦隊にも出撃命令が下った。軍令部より彼らに下された命令は、ミッドウェイ環礁への攻撃であった。

 この時点で、ハワイの北に浮かぶミッドウェイ島は、民間旅客機の給油用に用いられていた小規模な飛行場と、やはり小規模な軍の基地があるだけの小さなサンゴ礁の島であった。

 はっきり言って、攻撃を行ったところで戦術的、戦略的な価値は低く、わざわざ実験艦隊全艦を動員してまで叩く必要はなかった。

 もちろん、作戦を計画した軍令部はそんな事は百も承知であった。実は、この作戦の真の目的は、開戦の30分後にハワイ・真珠湾米海軍基地を奇襲攻撃する南雲機動部隊に対する陽動であった。

 作戦では、実験艦隊航空隊は開戦直後にミッドウェイ島に空襲を掛け、米海軍などに混乱をもたらし、その混乱の隙を突いて南雲部隊がハワイ真珠湾を攻撃する予定であった。

 しかし、それぞれの作戦の間に取られた時間はたった30分であるから、失敗する可能性も高い。おまけに、まるで南雲部隊の攻撃を成功させる囮の様な役目である。

 桑名司令官は、作戦計画書を読んだ時に「うちの艦隊に回してもらえる任務など、この程度だろう。」と苦笑いしながら言ったが、一部の若手士官からの反発は大きかった。

「このような囮の役目など御免被る!!」

「私たちが厳しい訓練をしてきたのは、このような雑用をさせられるためではない!!」

「もっと有意義な作戦に投入して欲しい物である!!」

 等など。

 しかし、軍令部としてはその他に作戦の立て様がなかった。他に攻撃目標としてアリューシャンやウェーク島が上がったが、悪天候や他艦隊の攻撃目標であったために除外された。

 南方侵攻作戦への増援戦力としての派遣も考えられたが、存在が機密に近い空母「天城」を人前に出す事に軍令部は躊躇したようだ。

 そこで結局は、ミッドウェイ島攻撃で落ち着いたのであった。しかも、ミッドウェイからなら、真珠湾攻撃を失敗させてしまい、北方に離脱する南雲部隊を救援するような事態が万一起きた場合にも都合が良い。

 最終的に、実験艦隊内での不満は桑名や近江参謀長が説得して回って沈静化させ、作戦は決行されることとなった。

 11月26日、南雲機動部隊が真珠湾を抜錨したころ、実験艦隊も伊豆基地を出撃、大島沖合で館山や木更津基地を経由して飛んできた艦載機を収容し、一路太平洋を東進した。

 出撃5日後の12月1日、ついに対米交渉は決裂し、12月8日をもっての対米宣戦布告が決定された。これを意味する「新高山登レ 1208」の暗号が実験艦隊にも伝えられた。

「開戦は予定通り、実施されることとなったか・・・」

「天城」艦橋の司令官席に座り、軍令部からの電文を通信兵から受け取った桑名は、それを見ると静かにうめいた。

「いよいよですね。」

 近江参謀長が隣に立ち言う。

「ああ。実際我が艦隊はどこまで戦えるのかな?将兵には悪いが、はっきり言って大いに心配だよ。」

 自艦隊の練度に不安を持つ桑名が心配そうに言うが、近江がその意見を笑い飛ばす。

「大丈夫ですよ。確かに我が艦隊の艦艇、ならびに航空隊の練度は他部隊より劣っている面がありますが、最低限の練度は保っています。相手が動かない、しかも小規模な基地相手なら充分に戦えます。」

 その近江の自信に満ちた言葉に、多少桑名も気を良くした。

「そうだな。」

 しかし、表情には出さないが桑名の心中には口には出せない、言いようのない心配と不安が入り乱れた気持ちが存在していた。

 そしてそれは現実となる。

 12月8日、アメリカの首都ワシントンでは日本大使館員が本国から送られてきた暗号電報を、手間取りながら解読していた。手間取っているのは、前日大使館員の送別会を行なったために、暗号機に慣れた職員の出勤が遅れていたからだ。

 大使である野村は日米間の緊張を肌身に感じていたが、外務省所属の大使館員はかつて外相時代に多くの首切りをした野村との関係が決して良好ではなく、意思疎通が上手く出来ていなかった。それが悲劇を生む事になるのだが、それは別の話だ。

 ちょうどその頃、ミッドウェイ西方海域600km地点では、空母「天城」からミッドウェイ環礁に向けての攻撃隊が発進しようとしていた。

 既に整備兵の手で万全な状態に整備され、さらに弾薬・燃料を満載した機体が格納庫から飛行甲板にエレベーターで上げられていく。

 飛行兵の待機所では、パイロット達が最後の打ち合わせを行なう。今回飛行隊を指揮するのは、桑名が先日会った平賀少佐ではなく、この艦隊では数少ない中国戦線での実戦経験をもつベテランパイロットの秋田大尉だ。

「いいか!相手は所詮動かない基地だ。それに2線級にすぎない。いつもどおり、訓練と思ってやれ!!」

「はい!!」

 秋田は軽い物言いで初陣前で緊張しきっている、若い搭乗員たちの士気を鼓舞する。

「ようし、各員搭乗準備!!」

 秋田を先頭にして、待機所からパイロットが自分の機体に乗り込むため、飛行甲板に出て行く。

 間もなく出撃予定時刻だ。既に無線用アンテナは倒され、艦は風上に向かって舵を切っている。そして、搭乗員たちがそれまで機体を調整していた整備員に代わってコックピットに入り込んだ。

 その様子を、桑名も艦橋から見守っていた。

(皆、しっかりやってこいよ。)

 心中で彼らに応援の言葉を掛ける。その彼の横に立っている近江が腕時計を見て言った。

「司令、発進予定時刻です。」

 そして、桑名は静かに言った。

「発艦始め。」
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