来る者と去りゆく者
珊瑚海における海戦を終え、軽巡2隻と駆逐艦1隻をまたしても拿捕した独立艦隊は昭和18年1月中旬、母港の伊豆に帰還してきた。
艦艇は交代でドックに入るか修理工場の岸壁に繋がれて、補修整備される。また乗員達は艦の維持に必要な一部を除いて退艦し、故郷に帰るか温泉へ行くなどして英気を養い、次の戦いへと備える。
そんな中で、拿捕した艦艇の護衛および監視任務を担わされた艦は一端横須賀まで行き、そこで拿捕艦艇を、横須賀海軍工廠に引き渡す。
その任務を行なった内の1隻である軽巡「明日香」は、そのまま伊豆に帰ることなく横須賀で修理と装備の交換を行なって、海上護衛総隊に編入される事となっていた。
「明日香」は中国内戦時に、当時北京政府に組みして戦っていた海軍航空隊が大破着底させた南京政府海軍の軽巡「寧海」が前身である。一時期は北京政府に譲渡する予定であったが、同海軍が日本からの供与艦艇の運用で精一杯であったため、そのまま帝国海軍に引き取られて独立艦隊配備となっていた。
しかし艦隊が小型のために使い勝手が悪い面があり、さらに戦隊を組んでいた同型艦の「佐保」が第二次セイロン島沖海戦で戦没したため、それに拍車が掛かっていた。
そこで今回の措置になったわけである。
「独立艦隊としての仕事もこれで終わりですね。」
軽巡「明日香」艦橋で、航海長兼副長の渡貫圭介大尉が艦長の前橋陽一中佐に語りかけた。彼らは今回の仕事が終わったら、艦ごと海上護衛総隊に転属する予定だった。
「そうだな。最初はとんでもない所に配属されたと思っていたが、4年間もいると色々と愛着が湧くな。それに開戦以来、何度も大海戦に加わったしな。」
前橋は寂しさで一杯だった。海上護衛総隊に配属となれば、これまでのような華やかな海戦に参加することは望めない。毎日地味な船団護衛を行なう事となる。
前橋は船団任務を決して見下してはいない。しかし、何度も激しい戦闘の中に身を投じてきたので、どうしても物足りなさを感じてしまうのだ。
「海上護衛総隊に配属になったら、一体どこへ行かされるのでしょうかね?」
渡貫が前橋に問い掛けた。
「わからん。恐らくは南方航路の護衛任務だと思う。しかし、南洋諸島との航路にも最近敵潜水艦が出没していると聞くし、逆にもしかたら北方航路の可能性もある。あっちも最近潜水艦が何隻か出てきたらしい。」
この時期、米潜水艦の跳梁は激しくなりつつあった。特に米海軍基地のあるハワイに近い航路の日本―南洋諸島間には多数の敵潜水艦が出没し、船舶への被害が増えていた。
海軍は前年の5月に海上護衛総隊を創設したが、当初は艦艇数の不足に泣かされた。その後護衛駆逐艦と海防艦が中国や満州国の造船所にも発注されて、ようやくその数を揃えつつあった。
また空母「天城」に搭載されていた蒸気カタパルトを参考にして開発された新型カタパルトが中小型空母に設置されて、これまでは困難だった航空機の運用が容易になった。この内数隻はすでに海上護衛総隊に配属されて船団護衛にその威力を発揮していた。
とにかく、帝国海軍は海戦から半年間の相次ぐ潜水艦による艦艇の被害で、ようやく米潜水艦が侮り難い敵であることを認めて、船団護衛に力をいれるようになったのだった。
「艦長、間もなく入港です!タグボートの接近を確認。」
「よし!速力微速まで減速、そして米軽巡に信号。機関を停止し、タグボートの支持に従えだ。」
「ようそろう!」
「明日香」は横須賀の港が肉眼ではっきり確認できる位置にまで到達した。護衛してきた米艦艇はここでタグボートに引き渡され、そのままドッグまで引っ張っていかれる。「明日香」はタグボートには引かれず、自力で岸壁に接岸する。
前橋は艦橋の窓に寄り添って横須賀軍港を見渡す。
帝国海軍横須賀鎮守府。呉と並ぶ帝国海軍の拠点である。多数のドックや修理工場をようし、さらに近郊の追浜には飛行場もあり、横須賀海軍航空隊が展開している。
海上には多くの艦艇が在泊し、その間を、物資を補給したり乗員が陸地まで移動に使う小型船がせわしなく動いている。
この時期多くの艦艇が稼動しているため、在泊している艦艇は、「桜」型の護衛駆逐艦や海防艦、掃海艇と言った中小型艦が多かった。そんな中で、竣工して間もない40,6cm主砲6門を持つ巡洋戦艦「筑波」、10cm対空砲12門を持つ対空軽巡「揖斐」が一際目立って見えた。
また彼には確認できなかったが、工廠内では「大和」級の3番艦である戦艦「信濃」の建造が急ピッチで行なわれていた。
「明日香」はその間を縫うように航行して、指定された海域に投錨する。
「機関停止!投錨!!」
「明日香」が停止し、錨が下ろされる。前橋はその間に艦橋の張り出しに出た。
「ようやく着いたな。」
そう言って、前橋は懐からタバコとマッチを出して吸った。
「艦長、各部異常ありません。」
渡貫が各部からもたらされた情報を伝えてくる。
「おう。すぐに鎮守府からなんらかの指示があるはずだ。多分乗員には休養が出されることになるはずだが、とりあえず今は待機させておけ。」
乗員達は早く陸に上がりたいだろうが、しばし我慢してもらわねばならなかった。
「わかりました。」
渡貫は再び命令を伝えるために艦橋内に入っていった。
しばらく前橋は港をながめてタバコを吸っていたが、岸壁からこちらに向かってくるランチの姿を見て、タバコを海に投げ捨てて艦橋内に戻った。
「明日香」が補給と修理、乗員の休養を終えて船団護衛総隊の命令に従い任務につくのはこの2週間後のこと。そして「明日香」は1年近く船団護衛艦の指揮艦として活躍したが、米潜水艦と1対1の対決で相撃ちとなり、戦没した。
太平洋戦争が始まるまでは、独立艦隊に配備された艦艇はそのまま永久配属となっていた。しかし、戦争が始まって拿捕艦や紛失艦が発生した事により、軽巡や駆逐艦を中心とした艦艇の配置換えが激しくなった。
「明日香」のように独立艦隊から離れる艦もあれば、新しくやってくる艦艇もあった。今回拿捕された米艦艇も、横須賀海軍工廠の技術者によって1週間ほどの調査が行なわれた後、修理と改装が行なわれた。駆逐艦は海上護衛総隊に取られてしまったが、2隻の軽巡は3ヵ月後、軽巡「小笠原」、「硫黄島」として竣工している。
艦名が通常軽巡につけられる河の名前ではなく、島の名前になったのは敵に無線で動きを知られないようにする、一種の妨害工作を試験的に導入したためだ。ただし、この工作はこの2艦以降導入されることはなかった。
ちなみにこの「セント・ルイス」級軽巡の主砲には技術者たちも驚愕したらしく、帝国海軍は慌てて速射可能な15cm、20cm砲の開発に着手したという。だが結局終戦までに完成する事は無かった。
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