実験艦隊航空隊
軍令部から命令が届いた数日後、桑名司令官は実験艦隊に所属する航空隊が活動している海軍児玉飛行場を訪れた。
この飛行場は埼玉県のド田舎の田んぼの真ん中にある飛行場で、設備面から見て、お世辞にも一級の飛行場とは言い難かったが、一応2000m級滑走路を備えていた。
実験艦隊航空隊が使う飛行場として、もう一つ伊豆半島の南伊豆飛行場があるが、そちらは1000m級滑走路が一本のみの、どちらかと言うと不時着場で、航空隊が使う時のみ兵士が出張して使用される。そのため普段は放牧場とされているような場所であった。
児玉飛行場に着いた桑名は、さっそく飛行隊総指揮官の平賀少佐を呼び出した。
「これはこれは桑名司令、藪から棒にどうしたましたかな?」
突然連絡もなく現れた桑名に驚きつつ、平賀は用件を聞く。
「うむ、今回連絡も入れずに来てしまったことはすまない。だが、隊員たちに無用な緊張を強いたくなかったからな。」
その言葉に、平賀は笑った。
「家の隊員はそんな事じゃ緊張しませんよ。皆一癖も二癖もある奴ばかりですからな。まあ、中にはそうでない奴もいますが。で、本題は何でしょうか?」
「実はだ。先日軍令部から対米戦争準備に入れと通達があった。それで、航空隊の現状を聞きに来たわけだが、どうかね?」
すると、平賀は表情を曇らせた。
「練度は、一応向上はしています。しかしながら、連合艦隊の機動部隊とは比べられては困ります。何分割り当てられる燃料も少ないので、訓練時間も制限されています。部隊の平均飛行時間は650時間です。」
その言葉に、桑名も渋い表情をした。
帝国海軍機動部隊では、通常飛行時間1000時間を越えていないパイロットは半人前とされている。つい数年前までは、初陣まで800時間も飛ばしていた。
さすがに中国で起きた戦争への介入でパイロットの戦死、特に陸攻隊員に被害が増えると贅沢も言っていられなくなったが、それでも機動部隊は未だに世界最高レベルの飛行技量を維持していた。
それに比べて、実験艦隊のパイロットの技量は大きく劣っていた。
「そうか・・・」
考え込む桑名。これでは行なえる戦闘は自ずと限定されそうだった。
一方、その横の滑走路では、今正に戦闘機が1機飛び上がろうとしていた。
実験艦隊は艦艇も独特なら、航空機も独特だった。今飛び立とうとしているのは、帝国海軍ではめずらしい液冷式の飛行機だった。
シルエット的には、川崎が開発中のキ61に酷似していたが、キ61はようやく試験機が飛び立とうとしている段階であり、ここにあるはずがなかった。
この機体は仮称1式艦上戦闘機11型と呼ばれ、最高速600km以上、武装も12,7mm機銃2基に20mm機銃2基とあらゆる面で海軍の新鋭戦闘機零戦を上回っていた。
しかし、この機体は日本で開発された物ではない。実は漂流していた「天城」に搭載されていた飛行機だ。本来は、幕府海軍艦上戦闘機「天誅」であるが、その事を知る者はこの世界のどこにもいない。
「天城」とともに、この機体も徹底的に調査されたが、エンジンや機体に搭載されていた無線機を始めとする機器のレベルは帝国の工業レベルを遥かに凌駕しており、研究者たちの溜息を誘った。
また、やはり「天城」に搭載され、現在は実験艦隊で運用される1式艦上爆撃機こと幕府海軍艦上爆撃機「魁傑」との部品の互換性も高く、その点でも帝国の技術者に与えたショックは大きかった。
そのせいか、ようやく10月になって帝国工業規格が定められ、これまでバラバラな規格で製造されていた様々な部品が統一の規格で製造される事になり、後の陸海軍の航空機統一へと繋がる事となる。
さらに、前述の機載無線機を参考にしてようやくまともな航空機用無線機が開発され、実戦配備されることとなった。
現在実験艦隊ではこの1式艦戦と、1式艦爆を30機ずつ運用していた。「天城」に搭載されていたのは、それぞれ42機ずつだったが、12機はメーカーや海軍航空廠にサンプルとして引き渡されている。
「天城」の搭載機は80機だから、残り20機分スペースに空きが出た。そこで、その分は艦攻がつまれることとなった。
艦攻は97式艦攻であるが、これも連合艦隊が使っている中島製の3号艦攻ではなく、三菱製の2号艦攻である。
97式2号艦攻は3号が引き込み脚であるのとは対照的に、古めかしい固定脚であった。ただし、性能は拮抗する面があったので、およそ150機ほどが生産されている。この内の30機が、艦上運用の評価試験の名目で実験艦隊に配備されていた。
この他に、陸上基地専用機として99式艦爆31型と、96式艦上戦闘機5号が配備されている。
前者は資源不足を補うために、99式艦上爆撃機を全木製にした機体である。日本では木製航空機の研究はあまり進んでいなかったが、探せばいるもので、東北の帝大に独自の木材強化理論を完成させた教授がおり、彼の助けを借りて完成させた機体である。
技術者の話では、「教授の理論がなかったら、確実に400kgは重くなって使い物になりませんでしたよ。」とまで言わしめたほど優秀であった。
速度面では、本来の99式艦爆を上回る性能を達成していた。ただし、やはり強度に難があり、急降下の確度に制限がついた。それでも、パイロットからはそれなりに好評であった。
一方の、96式艦戦5号は、三菱の若手技術者が独自に開発した機体で、零戦の「栄」エンジンのプロトタイプの10型エンジンに風防、手動式引き込み脚を装備した機体であった。
最高速度は495km。大型増槽を抱いての航続距離は2000kmであった。一時期零戦に不具合が続発した際、代替機として40機のみ生産されたが、結局その後零戦の不具合が改修されたため、実戦配備されずに終わった。
また、艦載水上機も零式や95式でなく、試製1式水上機である川西製の機体である。この機体は愛知製との競合に破れた機体の改良版で、最高速度こそ380kmと遅いが、主翼に12,7mm機銃を搭載し、急降下爆撃可能な優秀機である。
実験艦隊での運用が良ければ、連合艦隊でも採用されるかもしれないので、川西の意気込みは熱い。しかも、納入された14機の内7機は愛国献納機として寄贈された物だ。
これが、今の実験艦隊の手駒であった。 |