スプル−アンス提督の博打
独立艦隊による航空攻撃が終わると、米艦隊は手早く沈没艦の乗員救助を開始したが、これは独立艦隊に距離を詰めるための時間を与える事となった。また帰還した攻撃機を海上に不時着させ、その乗員救助も必要だった。さらに、予想もしていなかった相手の攻撃を受けることとなった。
それは沈没艦の乗員救助を始めて間もなくの事であった。
「レーダーに反応。機数約40機。方位は300度、速力200ノット!!接触まで10分!!」
「バカな!!」
重巡「ポートランド」に移乗したスプルーアンス中将は吐き捨てるようにいった。既にラバウルの基地航空隊の攻撃圏内からは離脱したはずである。独立艦隊も攻撃隊の機数と空母の数から考えて再出撃できる余力など無いはずだ。だから第18任務部隊を捉えられる敵航空機などないはずなのである。
だが10分後、北西の空に現れたのはまぎれもなく、日本の雷撃機であった。
「どこから飛んできたんだ?」
スプルアーンスを混乱させたこの攻撃隊の正体は、第一機動艦隊より発艦した「天山」雷撃機の群であった。
第一機動艦隊司令長官の小沢中将は、モレスビーへの対地支援を基地航空隊に任せて一端引き上げ、全力で第18任務部隊を追跡した。しかし距離が離れていた上、日没までの時間も限られていた。そこで彼は、独立艦隊からの「敵空母全滅。敵直掩機ナシ。」という電文を読み、一番航続距離の長い「天山」のみで攻撃隊を編成して発艦させたのである。その数48機。隊長は真珠湾以来のベテランであり、雷撃の神様という異名を持つ村田重治少佐だ。
「くそ、戦艦は独立艦隊に取られてしまったか・・・全機へ、攻撃目標は重巡と軽巡を最優先とする。かかれ!!」
これまで空母や戦艦に雷撃する訓練を積んできた彼らにとって、軽巡や重巡と言った相手は獲物として小物ではあるが、敵であることに代わりはない。彼らは猛禽のごとく襲い掛かった。
米艦艇乗員達は、疲れた体に鞭打ってこの日3度目の対空戦闘に臨んだ。この時、米艦隊にとって幸運だったのは、日本側の攻撃隊に急降下爆撃隊がいなかったために、雷撃機のみに対しての回避運動をすればよく、さらに乗員もひたすら海面を撃つだけで良かった。だから精神的にもわずかばかりであるが余裕が持てた。
結果、48機もの雷撃機を投入しての戦果は2本を命中させた駆逐艦1隻にとどまり、その他に軽巡「ホノルル」に1発を命中させて速力を落としたのみだった。
48本中の3本、命中率にしてわずか6%はいくらなんでも低すぎた。
村田雷撃隊は1機未帰還のみという被害だったが、物足りない戦果に歯軋りしつつ帰還した。だが、彼らの足止めは充分役に立った。
雷撃隊が帰還してからほどなくして、今度は水上レーダーが艦影を捉えた。
「日本艦隊が追いついてきたか・・・損傷艦を抱えている状況では逃げられる物ではない。対艦戦闘準備だ!!」
「イエス・サー」
スプルーアンスは日本艦隊との砲撃戦に挑むことにした。ただし、この時のスプルアーンスは本気で戦う気は毛頭無く、敵艦との砲撃戦を行ないつつ、夜陰にまぎれて脱出する気であった。
しかし、この時スプルーアンスが独立艦隊に38cm砲8門を持つ戦艦と、防御力には劣るものの、40cm砲を持つ打撃艦がいることを知っていたら、違う行動を採っていただろう。
敵艦隊との距離が徐々に近づくなか、最初にやってきたのは複数機の水偵だった。
「あれは弾着観測機ですね。」
参謀長が艦隊上空を飛び回る水上機を眺めながら言う。鬱陶しい敵であるが、既に空母のない米艦隊には追い払う手立てはない。
「日本人は夜間でも水上機を上手く使っているようだな。だが、それも時代遅れになりつつある。詳しい原理についてはわからんが、これからはレーダーの性能差が海戦の趨勢を決めるはずだ。・・・レーダー室。敵艦との距離は?」
スプルーアンスが艦内用電話でレーダー室に問う。
「現在およそ18海里です。敵艦隊速力28ノット。」
現在第18任務部隊は、日本艦隊と反抗する形で、20ノットの速力で進んでいた。駆逐艦と巡洋艦の集まりとしては遅いが、これは損傷艦を抱えているから致し方ない。
「射程に入り次第とにかく撃ちまくれ、相手を沈める必要はない。撹乱してとにかく逃げるチャンスを作れ。」
敵に背を向けるのは武人としては如何な物であるが、敵との戦力差が開いており、まともな戦いが出来ないのだから仕方がない。
もっとも、米艦隊も戦力が極端に低いわけではない。現在魚雷を1本ずつ受けて速力こそ下がっているものの、軽巡「セント・ルイス」と「ホノルル」の2隻はそれぞれ15,2cm砲を3連装5基15門搭載している。しかも、その砲は発射能力が毎分10発以上と非常に高性能である。この砲をもってすれば、数隻の敵艦相手にも戦える可能性があり、撹乱するだけなら充分という考えがスプルアーンスたちにはあった。
だが、その見通しが成り立たない事は、程なくしてわかった。
「敵艦隊に発砲炎!!」
前方海上を凝視していた兵が叫んだ。
「なんだと?しかし敵艦隊とはまだ17海里はあるのではないのか?遠雷か何かを見間違えたのではないかね?」
「いえ、確かに発砲炎にしか見えませんでしたが・・・」
スプルーアンスたちにまさかという疑念が走る。そして1分ほどして、突然艦から少しはなれた場所に水柱が現れた。
「何!?」
スプルーアンスが声を上げた。
「砲撃です!!」
参謀の1人が叫ぶように言った。
「そんなのは見ればわかる!何ということだ・・・敵艦隊には戦艦がいたのか。」
スプルーアンスは思わぬ誤算に歯噛みした。その間にも、敵艦隊との距離は近づいていく。本来なら、ほぼ同時刻に両艦隊が砲撃を開始するとスプルアーンスは予想していた。しかし、今の状況はこちらが射程に入るまで一方的に撃たれ続けることとなる。先ほどの砲弾は大きく外れたが、弾着観測機を飛ばしているいじょう、精度は高くなっていくだろう。
その時、「ポートランド」上空で、照明弾が光った。日本機が投下した物である。
「こうなったらやむを得ないか・・・全艦に信号。艦隊陣形を解除。今後は個艦にて行動し、オーストラリアを目指すべし。」
スプルーアンスは前代未聞の命令を下した。艦隊をバラかして個艦で動かすなど正気の沙汰ではない。しかし、夜間であるから敵を振り切れる可能性もないことはない。このまま砲撃戦を続けさせるより、1隻でも多く逃がすことを考えた上でのスプルアーンスの奇策であった。
この直後、米艦隊はそれまで作っていた単縦陣を解除し、それぞれ衝突に注意しつつ転舵し、バラバラな方向へと舳先を向けた。そして、最大船速で日本艦隊からの遁走を開始した。
スプルーアンス提督の大博打の始まりであった。
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