上陸部隊壊滅!?
「なんたる無様な戦いだ。」
スプルーアンス中将は、傾斜し沈みつつある「エンタープライズ」の艦橋で、そう自身に対する悪態をついた。今彼の目の前で繰り広げられている光景は悪夢以外の何物でもなかった。
既に軽空母の「プリンストン」は艦体の半分近くを水没させていた。また「インディペンデンス」も艦全体が炎に包まれ、小規模な爆発を繰り返している。そして彼が座上する「エンタープライズ」も、もってあと20分もあれば良いところだった。
「提督、退艦準備完了しました。救助用のランチへ移動してください。」
参謀長が後ろから声を掛けて来た。
「ああ、わかった。」
スプルーアンスは傾いている足元に注意しながら歩き始めた。
「空母以外の被害がどうなっているかわかるかね?それとこちらの攻撃隊の戦果はどうなった?報告はまだ来ていないのか?」
すると参謀長は諭すように言った。
「残念ですが、本艦の無線室は既に機能しておりません。ご確認は「ポートランド」に移乗してからお願いします。」
その言葉を聞いて、スプルーアンスは目を閉じて小さく頷いた。
「わかった。そうしよう。」
スプルアーンスは再び歩き始めた。
この22分後、開戦以来戦闘を続けてきた最後の正規空母である「エンタープライズ」は、珊瑚海深く沈んでいった。
独立艦隊の攻撃隊は、わずかな数の直掩戦闘機隊を突破すると、とにかく空母にその戦力を集中し、攻撃してきた。米艦隊は一斉に対空砲火を撃ち上げ、これに対抗した。
これまでの戦訓から、米軍の対空火力は大きく強化されていた。駆逐艦の主砲にさえなった5インチ両用砲。日本など各国がコピーし、その性能の優秀さを知られた40mmボフォース機関砲。零戦に積まれたのと同系統の20mmエリコン機関砲。それら対空火器の数が開戦時とは比べられないほどに増強されていた。
如何に独立艦隊攻撃隊の機種が最新鋭の「彗星」や「天山」だったとはいえ、これだけの対空火力を向けられては全く無傷とは行かず、「彗星」7機、「天山」8機が撃墜されている。他に、戦闘機との戦闘を終えて、味方攻撃機の突入を助けるために敵艦を機銃掃射した零戦2機も撃墜されている。
もっとも、日本側の損害はむしろ少ないほうとも言えた。なぜなら、このとき軽空母「インディペンデンス」と「プリンストン」はいずれも竣工したばかりで、乗員の練度が他艦より大きく劣っていたからだ。
とにかく、海戦の結果は米軍の三空母が全滅したというものであった。この他に、戦艦「ワシントン」が魚雷一本(これは空母を狙って外れた物が当った。) を喰らって速力を減じた。
この瞬間、太平洋から一時的に米空母は消滅したのであった。しかし、彼らが放った攻撃隊は、それに見合う戦果を残していた。
独立艦隊が米空母を撃滅したのに少し遅れて、米軍側の攻撃隊が輸送船団に襲い掛かった。この攻撃は、まさに日本側の予想を裏切る物であった。日本海軍の誰もが、米軍攻撃隊の目標は第一機動部隊という連絡に疑いを持たなかったし、持とうともしなかった。機動部隊の攻撃は機動部隊に対して行われるという固定観念を持ってしまったがために起きた悲劇だった。
もちろん、輸送船団側とてただ座して死ぬようなマネはしない。電探で敵編隊を捉えると、まず護衛していた空母「瑞鳳」と「祥鳳」から、先に上空哨戒していた部隊への増援の零戦が飛び立ち、さらに護衛艦艇の対空砲火が火を噴いた。
しかし、零戦隊はほぼ同数のF4F戦闘機との戦闘に手一杯で、とても艦爆や艦攻を攻撃している余裕はなく、船団への接近を許してしまった。また船団や護衛艦の対空砲火も、装備が古かったり、数が少なかったために、有効な反撃を採れなかった。
その結果は日本側にとって悪夢だった。兵員と物資・弾薬を輸送していた高速商船6隻中4隻が撃沈され、乗り込んでいた6000名の兵隊が投げ出され、内3000名が戦死するという、大惨事の上の大損害を被ってしまった。さらに2週間分の食料と弾薬が海のそこへと消えた。この他に、駆逐艦3隻が撃沈され、軽空母「祥鳳」も爆弾2発を喰らって航空機の運用が不可能となった。
上陸部隊の数は一気に半分まで落ちこんでしまった。幸運だったのは、戦車や車両、そして残り半分の兵員を運んでいた一等輸送艦と二等輸送艦計6隻が全艦無事であった事だ。
一等、二等輸送艦はともに敵地への強行上陸や、有力な港湾を持たない味方の諸島群への効率の良い物資輸送が出来るよう設計開発された物で、一等輸送艦は現在海上護衛総隊用に建造が進められている「桜」型護衛駆逐艦との共通艦体であり、電気溶接を多用したために建造期間はわずか5ヶ月で済み、1番艦から4番艦の全てが海外の造船所に発注されている。
二等輸送艦も同様であるが、船体は大きく違い、浜辺にのし上げる揚陸艦のスタイルを採っていた。
ちなみにこの2艦種は、「桜」型駆逐艦と同じく戦時急造艦としては非常に出来が良く、使い勝手も優れていたので、満州国や中華民国北京政府、自由インド軍、さらには独逸軍にも譲渡されている。
話を元に戻す。米軍攻撃隊の予想外の攻撃で、日本側は攻略作戦を中止するかいなかの瀬戸際に立たされてしまった。しかし、ここで中止すれば帝国陸海軍は二度とモレスビー攻略の機会を得られない可能性もあった。
上陸部隊司令官の五藤中将は散々迷ったものの、こちらは未だ味方機動部隊の支援が受けられる状況であり、さらに敵機動部隊は壊滅したという報告を受けたために、これ以上の攻撃を受けることはないと判断して、進撃を続行させた。
一方、輸送船団に大打撃という報告を受け取った第一機動部隊の小沢中将は地団駄を踏み、また誤判断を下してしまった近江中将は、一瞬顔を蒼くしたものの、すぐに米艦隊へ向けての突進を開始した。
「ここで米艦隊を撃滅せねば、末代までの恥さらしだ!!」
近江中将の命令の元、独立艦隊は米艦隊へ突撃すると共に、再度の航空攻撃の準備に入った。
この時、米機動艦隊との距離は180kmにまで迫っていた。そして米艦隊は速力を20ノットまで減じた戦艦「ワシントン」を引き連れているために、徐々に独立艦隊との距離を詰められていった。
そして正午過ぎ、第二次攻撃隊が独立艦隊より発進した。内訳は艦戦16、艦爆28、艦攻22の計66機。既に米空母を全滅させているため、そして陸上基地からの空襲に対処するため、艦戦の数は減らされ、また爆装を行なっていた。
この攻撃隊が発進した時には、既に米艦隊との距離は120kmにまで迫っていた。
発進後わずか20分で攻撃隊は米艦隊への攻撃を開始した。すでに艦戦はいないため、彼らの攻撃を阻むものはいなかった。
結果は損傷していた「ワシントン」に引導を渡し、さらに軽巡「セント・ルイス」を中破させ、駆逐艦2隻を撃沈した。
そして決着は夜に持ち越された。
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