第二次MO作戦 下
大混乱の一夜が明けた。スプルーアンス中将は一時、オーストラリアのクックタウンを砲撃したという敵艦隊の影に怯えかけたが、3時間ほどして、ようやくそれが潜水艦による小規模な物であったことを知らされ、胸をなでおろす事が出来た。
「後方の安全は確保された。さあ我々も仕事に取り掛かろう。」
「サー・イエスサー!」
米機動部隊はソロモン海から珊瑚海に入り、ポートモレスビーを攻撃している日本艦隊に鉄槌を落とさんとしていた。
既に夜明け前、3隻の空母からは偵察のSBD「ドーントレス」とTBF「アベンジャー」計30機が発進し、日本機動艦隊を探していた。
一方、独立艦隊からもほぼ同時刻に多数の水偵と偵察機が発艦した。こちらもソロモン海から珊瑚海へ入った。
前回の海戦で打撃艦「多良」を失ったものの、あらたに戦艦「土佐」と打撃艦「阿蘇」が戦列に加わっているために、水偵の数は増えていた。「土佐」と「阿蘇」はそれぞれ後部甲板が水上機格納庫になっているからだ。
発進した水上機は2式水上偵察機「海雲」である。この機体は独立艦隊のみで使用されている空技廠製の新鋭機である。もっともその実態は、零式水上偵察機のエンジン強化版である。
この時点で海軍が航空機メーカーに発注している水上機は、川西の「紫雲」と愛知の「瑞雲」があった。しかしどちらとも実戦への投入は遅れていた。これは「紫雲」の場合様々な新技術を盛り込んだため。「瑞雲」の場合は急降下爆撃性能を持たせるためにそれぞれ設計に戸惑ったからだ。
「海雲」は傑作機と名高い零式水上偵察機を原型に、発動機を1500馬力の「金星」62型へと換装し、主翼への機銃装備、後部機銃の増強、機体防御力の強化等の改良が行なわれている。ただし、「紫雲」や「瑞雲」のように新技術や特殊性能を盛り込んでおらず、どちらかというと両機種採用までの繋ぎの機体という色が強い。
その「海雲」が計12機、それに加えて空母搭載の「彗星」艦爆12機が索敵のために発艦していった。
偵察機発進から2時間後先に獲物を発見したのは米軍であった。ただし、それは独立艦隊でも第一機動艦隊でもなく、昨夜のごたごたで進撃が大幅に遅延していた上陸部隊輸送中の攻略部隊であった。この時「攻略部隊」には軽空母「瑞鳳」と「祥鳳」が護衛としてついていたが、米軍機の大規模な襲来を受けたら大打撃を受けること間違い無しだった。
この報告に、スプルーアンス中将は迷った。
「ここで敵上陸部隊に大打撃を与えられれば、日本軍は撤退せざるを得ないだろう。だが、その間に敵機動部隊の袋叩きなる恐れもある。」
航空戦力が大幅に隔絶している状況で、敵機動部隊の撃破なしに別目標を攻撃するのは大きな危険が伴う。しかし、もし輸送船団を壊滅させられればアメリカ軍の戦略的勝利となる。
「長官、私としましては取り敢えず敵機動部隊の発見と攻撃を優先するべきと考えます。上陸船団などは、陸軍や海兵隊に任せておけばなんとかなると思いますが。」
参謀長は敵機動部隊攻撃を具申した。しかし、その他の参謀は機動部隊壊攻撃と輸送船団攻撃派にわかれてしまった。
スプルーアンスは双方の意見を聞き、最終的に決断した。
「ここは敵輸送船団攻撃を優先する。我々の任務はモレスビーの救援だ。だったら直接の脅威である上陸部隊を優先目標にしよう。」
結局この決断によって、攻撃準備を整え待機していた航空隊は日本の輸送船団を攻撃する事となった。攻撃隊の総数はほぼ全力出撃の120機だった。
「なんだよ、敵は輸送船かよ。」
「歯ごたえ無い相手だな。」
敵機動部隊との戦闘を思い描いていた若いパイロット達はそう愚痴を言い合う。それを上官が叱責する。
「バカ野朗!輸送船だろうとジャップなんだ!そういうことは敵を沈めてから言え!!」
こうして多くのパイロットたちが釈然としないまま、攻撃隊は一路日本輸送船団へと飛んでいった。
一方、第18任務部隊の偵察機が攻略部隊と接触してから30分送れて、独立艦隊の「海雲」偵察機も第18任務部隊を捉えた。ちょうどこの時、米空母からは攻撃隊が発進し始めたところだった。偵察機はそのこともちゃんと打電した。
この電文を見て、近江中将は悔しがった。
「くそ、先手を許したか!?こちらは偵察機の接触を受けていないから、そいつらの目標は恐らく第一機動艦隊だ。無線封止解除。ただちに警告電を発進せよ。」
近江は、この米攻撃隊が第一機動艦隊へ向かったものと思い込んでしまった。しかも、無線封止を解除したために、第18任務部隊はもとより、陸上基地の敵にもその存在が知られてしまった。これは彼にとっての一種の賭けであった。
そして数分後、独立艦隊からも総計120機の攻撃隊が米艦隊目掛けて発進した。
「敵無線傍受。恐らく別働中の敵機動部隊。推定位置、本艦隊より北。距離は不明なれど至近だと思われます。」
近江が博打同然で打った電文は米機動部隊に捉えられ、それから20分ほどして発信位置を割り出された。
「何だと!!」
スプルーアンスは驚きを隠せなかった。いつのまにか、独立機動艦隊との距離は指呼の差までに詰まっていたのである。既に日本の偵察機に発見されているから、攻撃隊が襲来するのも時間の問題だった。実際、独立艦隊との距離は250kmしか離れていなかった。
「対空戦闘準備だ!!」
彼がそう叫んでからまもなくして、レーダーが敵機の大編隊を捉えた。
「見つけたぞ!敵機動部隊だ。全軍突撃せよ!!ならびに敵対空砲火に厳重注意せよ!!」
総隊長機から突撃を命令するト連送が発進され、攻撃隊各機は突撃に移った。米艦隊上空にはF4F戦闘機30機が守りをかためていたが、数でも性能でも劣る彼らが独立艦隊の零戦32型に勝てるはずも無く、攻撃隊はその防衛網を易々と突破した。
「最優先目標は中央の空母3隻だ!そして防空巡洋艦や戦艦の対空砲火も潰せ!!沈める必要はない、戦闘不能に追い込めば良い!!」
これまでの戦訓を学んだ独立艦隊攻撃隊は、相手を沈めるよりも、最初の1撃で如何に多くの艦艇を戦闘不能に陥れるかを優先していた。
命令によって、攻撃隊各機は輪陣形中央の「エンタープライズ」、「インディペンデンス」、「プリンストン」に殺到した。それに対して、艦艇も一斉に対空砲撃を開始した。
こうして後に第二次珊瑚海海戦と呼ばれる日米機動部隊による対決は、その火蓋が本格的に切られたのであった。
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