独逸からのプレゼント
「ヒトラー総統のプレゼントとは一体何ですか?」
桑名が山本に問い掛ける。
「戦艦ですよ。」
その言葉に、桑名は一瞬言葉を失った。それよりも信じられなかった。
「今戦艦と言われましたが、一体どういうことでしょうかな?独逸海軍の水上艦隊は弱体なはず。我が国にとても戦艦を譲ってくれる余裕など無いはずでは?」
桑名の疑問はおそらく少しでも独逸海軍の事情を知っている者なら思い浮かべられる物だ。ドイツ海軍は第一次大戦当時から敵対国である英国に対して、水上艦隊の戦力では全く太刀打ちできなかった。そのために戦略を転換してUボートを大量建造し、英国の息の根を止める通称破壊戦を行なっている。それは今大戦でも同様だった。
独逸海軍はナチス党が政権を手に入れて以降、一応海軍力の増強を図ってきた。28cm3連装砲を持つ高速巡洋戦艦「シャルンホルスト」級、英国を震撼させた「ビスマルク」級、先日竣工したという情報が入った空母「グラーフ・ツェッぺリン」など。いずれも性能的にはそれなりだったが、如何せん数が少ない。
昨年行なわれたライン演習作戦では英国の誇る「フッド」を撃沈したものの、独逸海軍は虎の子の「ビスマルク」を失っている。現在残っている戦艦は宝石よりも貴重なはずだ。それを日本に譲る事などあり得なかった。
すると、山本も苦笑しながら言った。
「実はですね、確かにその戦艦を譲渡してくれるのはヒトラー総統です。しかしその戦艦は独逸の物ではないんです。」
「それは一体どういうことですか?・・・まさか?」
独逸がくれるが独逸の物ではない。それから導き出せる答えは限られていた。
「そのまさかです。ヒトラー総統が我が国にプレゼントしてくれた戦艦は、実はフランス製なんです。」
第二次世界大戦では早々に降伏してしまったために影がやたら薄いが、フランス海軍は英米日につらなる世界でも有数の海軍保有国である。それらの艦艇の多くは、独逸軍とマトモに戦うことなく本国が降伏してしまい、港に繋がれたままとなっていた。
独逸軍としてはこれらの艦艇を有効に使いたかったようだが、親独政権であるヴィシー政権が発足したために、これらの艦艇はいずれもフランス国籍であり続けた。そして昨年のアフリカ戦線においては、反英派の兵たちで編成されたフランス義勇艦隊がロンメル軍を掩護している。
しかし兵の一部が自由フランス軍に逃亡するなどしてしまい、運用できない艦艇も発生した。また独逸軍側も乗員の不足(独逸軍としてはUボートと自国製艦艇の乗員確保を優先した)のためにこれら艦艇を使いこなせなかった。
そこで独逸としてはこれらを自分たちの利益になるよう、同盟軍への譲渡(形式上は売却)を考えたが戦意に乏しく、取りあえず戦艦の数に困っていないイタリア軍に渡す気にはなれず、他の国では海軍自体が弱体であった。
そんな時にスエズ運河が陥落し、日本との連絡が可能となった。そこで、独逸首脳部は持て余していた戦艦を日本に譲渡する事にしたのである。
ちなみに、裏の話としてこれら措置は親独感情が低いとされる日本海軍へのご機嫌取りの意味もあったらしい。独逸にとって、東洋から届く戦略物資は必要不可欠であった。また日本海軍の実力もわかっていた。ヒトラーはマレー沖海戦で2隻の英戦艦を撃沈したことを賞賛している。しかし現在東洋の支配者となっているその日本のことをヒトラーは著書「我が闘争」で二等民族とこき下ろしている。
実際、ドイツ語の原書を読んで憤慨した海軍軍人というのもいたらしい。
「とにかく、そういうわけで独逸はフランス製の最新鋭戦艦を気前良く譲渡してくれるそうです。それも駆逐艦4隻のオマケ付きで。これは我が軍には非常に魅力的な提案でした。そのため、申し出が行なわれたその日にはOKの打診をしました。」
「なんとまあ・・・それで、その戦艦というのは一体?もしかして噂に聞く「リシュリュー」級ですか?」
その桑名の問いに、山本はコクンと頷いた。
「その通りです。フランス海軍(ヴィシー政権軍)の戦艦で新鋭と呼べるのは、現在フランス義勇艦隊が使用している「ダンケルク」級を除けば、「リシュリュー級」のみです。その1番艦「リシュリュー」を譲渡してくれるとのことです。」
フランス海軍の「リシュリュー」級は「ダンケルク」級以来の4連装砲塔を前部甲板に集中配置している方式を採っている。その主砲口径は38cm。門数だけなら独逸の「ビスマルク」級、日本の「長門」級に匹敵する。
「それは何とも豪気ですな。しかし、フランスの感情を悪くするのでは?」
フランスの誇る最新鋭戦艦、しかもそのネームシップを奪ったとなれば、フランスの感情をかなり傷つけそうである。
「ああ、それなら心配無用と独逸側が言ってきました。なにせもともとフランス人が手を余していた船ですし、さらに駐在武官からの報告では、3番艦の「クレマンソー」がまもなく竣工するとかで、戦艦の数は足りているらしいです。」
「そうですか。それで話の流れから見て、その戦艦をうちの艦隊に配備してくれるわけですな?」
「ええ。既に陛下による命名も終わり、軍籍にも登録されています。明日には独逸の回航要員の手によって呉軍港に入るはずです」
山本の言う陛下による命名というのは、天皇による戦艦の命名のことだ。日本海軍では戦艦や空母と言った主力艦の命名は、まず海軍大臣が2つの候補を決め、最終的に天皇がその内の片方を決めるという方式を採っていた。
「艦名はなんと決まったのですか?」
「新戦艦の艦名は「土佐」に決まりました。かつての八八艦隊の戦艦の名を継ぐというわけです。」
実際の「土佐」は、空母に転用された「加賀」級戦艦の2番艦で、ワシントン条約で廃棄が決定し、各種実験を行なった後豊後水道で自沈処分されている。
「既に乗員も新兵やこれまでの沈没艦の生き残りが揃えられ、引渡しされ次第訓練を開始してもらうこととなっています。そして一刻も早く戦力に加えていただきたい。米国の海軍力は来年から一挙に増強されるでしょう、それまでに我々も少しでも多くの艦艇を揃えなければなりません。」
開戦前、山本は近衛首相に1年から1年半なら暴れられると答えた。その1年までもう時間が無かった。それを過ぎれば、アメリカは無尽蔵の工業力で多数の艦艇を揃え日本海軍に挑戦してくるだろう。山本の恐れが現実となる。
「わかりました。艦隊にはそう命令しておきましょう。」
「よろしくお願いします。それとです、実はあなた方にもう一つのプレゼントがありました。実は最近独逸との交易が活発化したのですが、我が国から飛行艇や水上機、酸素魚雷に航空機用魚雷を譲渡した見返りとして、独逸軍は航空機の一部を我が軍に譲渡してくれるとのことです。」
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