軍令部総長
ガダルカナル島をめぐる戦いは唐突に終わりを告げた。独立機動艦隊によって空母「レンジャー」が撃沈され、さらにその2週間後に修理と航空機の補充が完了し、稼動するようになった「ワスプ」が潜水艦「伊19」によって撃沈されたのだ。これによって米軍の稼動空母が太平洋上から消滅してしまった。さらに、その後トラック島から出撃した小沢中将指揮の第一機動艦隊によって、ガダルカナル島へと航空機を補充する目的でやってきた護衛空母の「ロングアイランド」が撃沈されるにおよび、米軍はガダルカナル島から撤退せざるえなかった。
制空権を日本側に取られてしまっては、物資の補給すら事欠く状況へと追い込まれてしまったからだ。
この時日本側は米軍の撤退を増援と一時勘違いし、大いに慌てたが、翌日以降の航空偵察によって誤報であったと判明し、安堵するというような場面もあった。
9月1日。撤退した米軍の代わりに日本軍はようやく上陸準備が完了した一木支隊他の上陸部隊約4000名を上陸させ、ガダルカナル島を再占領した。それと同時にヘンダ−ソン飛行場には再び海軍の設営隊が前進した。
日本名ルンガ飛行場、米軍名ヘンダ−ソン飛行場は米軍の手で完全に破壊されてしまっていたが、代わりに密林から修理中に放棄されたと思われるブルドーザーが発見された。これを修理した海軍設営隊は約1週間で飛行場を修理し、ガダルカナル戦で戦死した笹井海軍少佐の名を取って笹井飛行場と名付けた。
また、ラバウル側の島のいくつかにも設営隊が前進し、不時着用の飛行場を開設している。これによって、再びガ島に米軍が上陸しても円滑な支援が可能となった。
一方で、米軍のガダルカナルへの上陸と、それにともなう大規模兵力の動員から、大本営や連合艦隊はガダルカナル以西の連合軍の兵力が強大な物であると判断し、サモア方面へ進撃するFS作戦を一時的に凍結させた。その代わりに、やはり凍結していたポート・モレスビー攻略作戦が実施される事となった。
ポート・モレスビーはニューギニア島にある都市の名で、そこにあるセブンマイルズ飛行場は、ラバウルやニューギニア西岸の日本軍占領地域を爆撃圏内に納めていた。また、逆にオーストラリアを爆撃するには好都合な立地であった。
4月にここを攻略するMO作戦が発動されたものの、空母機動部隊同士の戦いが痛み分けに終わり、日本側は攻略作戦を中止していた。その後、スタンレー山脈を越えての歩兵による攻撃も検討されたが、重火器の運搬が困難であることから見送られた。
ポート・モレスビーの再攻略作戦は昭和17年12月を目処に実施される予定であった。
一方、日本へ帰還した独立艦隊は、乗員の休養と艦艇の整備に入った。打撃艦「多良」の損失は痛かったが、その損害を補って余りある報告が桑名にもたらされた。
母港である伊豆に寄港してすぐ、大本営から呼び出しを受けた彼は、ただちに軍令部総長のもとへと向かった。
現在軍令部総長になったのは山本五十六海軍大将である。緒戦でハワイを潰し、南方各地の攻略を達成した彼は連合艦隊司令長官就任から3年経っていたこともあり、後任を古賀峰一大将に譲り、ミッドウェイ戦後の7月に現職へ就任した。
「お待ちしておりました桑名中将。」
桑名が総長室へと入るなり、山本は笑顔で彼を出迎えた。
「総長、階級が下の者へそのような態度を取るのはおやめください。誰かが見ていたら問題です。」
「ハハハ・・・大丈夫ですよ。今日からそのような必要もなくなりますから。」
その言葉の意味を、桑名は直ぐに読み取った。
「と言いますと、まさか私に大将昇進の事例が回ってきたと言うのですか?」
「その通りです。今日付けを持ってあなたは大将へと昇進です。それとともに、大本営直轄軍総司令官に親補されることとなっています。」
これには桑名も驚いた。
「なんと!?しかし私は中将からそんなに日が経っていないはずです。いきなり大将への昇進などして良い物でしょうか!?」
日本軍では階級の昇進までに、一定の期間をおくことが義務付けられていた。桑名は中将へ昇進してから大して日が経っていないから、大将へ昇進するなどありえない筈である。
「一応戦時特例という形となります。他の人間に適任者がおりませんので。どうかよろしくお願いします。」
山本は桑名に向かって頭を下げた。
「頭を上げてください山本総長。わかりました、帝国のために全力を上げて職を務めさせてもらいます。」
「ありがとうございます。」
「しかし、大本営直轄軍という構想は以前から聞いておりましたが、まさか実現するとは思いませんでした。」
すると、山本が笑った。
「私もです。」
大本営直轄軍は、その名の通り大本営の命令によって直接動く部隊で、既に艦隊は独立機動艦隊が存在している。しかし艦隊だけではもちろん軍など編成できない。それが今回設立される運びとなった理由は、まず桑名が創設した特試航空隊の実戦配備によって固有の陸上航空兵力を持ったことが第一に上げられる。
そして第二の理由としては、先日ガダルカナル戦の前に米軍が行なったタラワへの潜入作戦によって、日本軍が特殊部隊の存在意義に気付いた事であった。この日本版特殊部隊については、ノウハウが全く無いため、とりあえず陸海軍から選抜した合同部隊として設立され、大本営直属部隊となった。これによって、大本営は直属の陸上兵力を持つに至った。
陸海空の3兵力が揃った事により、大本営直轄軍構想は具体化し、ついに10月1日付けで正式に編成される事となった。
「しかし、私が総司令官となると、艦隊の司令長官はどうなるのです?」
「それについては近江参謀長を昇進の上で親補する予定です。」
「なら安心です。」
桑名は満足そうな表情で言った。
「それとです。実は桑名さんにはもう一つお伝えしたい事があるんです。」
山本がニコニコした表情で言う。
「ほう、一体なんですか?」
「2ヶ月前に独逸軍がスエズ運河を奪取したのは知っていますね?」
それなら桑名も耳に挟んでいた。それまで一進一退の膠着戦が続いていた北アフリカ戦線であったが、日本軍がインド洋で英空母を相当した事により、地中海での英軍の活動が不活発となった。その隙に補給を済ませたロンメル将軍はついにエルアラメインを突破、エジプトから英軍をたたき出した。
その後さらに独逸はペタンフランス政府を誑かしてマダガスカル島攻略作戦を展開し、これを占領した。後にヒトラーはこの島を、処分に困ったユダヤ人の流刑地としたのであるが、それはまた別の話である。
とにかく、スエズ運河とマダガスカル島の占領によって、日独航路は地中海経由で復活し、これを通して多数の物資が行き交うようになった。そんな中で、ヒトラー総統から日本へと思わぬプレゼントがなされた。 |