艦隊編成
実験艦隊に所属する他の艦艇も、異色な物ばかりだ。
まず駆逐隊をまとめる戦隊旗艦である軽巡洋艦の「明日香」と「佐保」は、巡洋艦に類別されているものの、かなり小さな船である。一応艦橋などに日本の軍艦としての特徴は見られるが、連合艦隊に属するどの軽巡とも似ていない。
それもその筈で、実はこの2隻は中国海軍(中樺民国海軍)が日本の造船所に発注した河川用巡洋艦で、もとの名前は「寧海」と「平海」であった。あくまで河川における任務を考えた艦なので、排水量は2500t、全長は109m。速力も22ノットしか出させず、渡洋能力も低かった。
2隻は中華民国海軍で使われていたが、日中戦争の最中に日本海軍機の爆撃で着底し、その後侵攻してきた日本陸軍によって拿捕されている。
引き揚げ後に日本の造船所に回航され、修理改装の上実験艦隊に配備された。ちなみに、改装の内容は艦体の延長、機関強化、武装強化等多岐に渡っている。何れも外洋での作戦を行えるようにするためのものだ。
その結果、現在の性能は14cm連装砲2基、12,7cm連装対空砲1基、同単装砲2基、53,3cm連装魚雷発射管2基。全長115m、排水量2950t、速力28ノットとなっている。それでも、サイズ的には駆逐艦よりも少し大きいだけである。そのため、多くの兵士から「大型駆逐艦」と呼ばれバカにされていた。
その2隻に指揮される駆逐艦は、全部で3タイプ12隻である。それぞれ、甲乙丙型駆逐艦と呼ばれている。
甲型と乙型は、艦体は共通であるが、武装がそれぞれ違っていた。甲型は「松」級と呼ばれ、1番艦から「赤松」、「黒松」、「唐松」、「椴松」と全て松科の木から艦名が命名されている。
排水量1200t、速力30ノット。武装は戦艦から降ろされた副砲の14cm砲を流用した主砲2門に、零戦にも搭載されている20mm機銃との共通運用が可能な、改良型20mm単装機関砲8基に、やはり航空機用機銃を改修した単装12,7mm機銃6基を搭載している。
一方乙型は「梅」級と呼ばれ、艦名は「白梅」、「紅梅」、「寒梅」、「雪梅」である。対空用機銃は「松」級と同じであるが、驚くべきは主砲を一門も積んでおらず、代わりに3連装魚雷発射管を3基積んでいる。
この両型はまさしく単一用途用駆逐艦と呼べる船である。設計したのは民間造船所で、海軍省から戦時の駆逐艦の消耗に対応できる急造艦のテスト艦を造れと言われて建造した艦である。
本来は海軍の艦政本部等がするべき仕事なのであるが、こうした船の設計をやりたがる人間がなく、やむなく民間造船所に設計が委託されたのだ。
8隻も建造できたのは、戦時急造艦のため艦体自体の予算が低価格で抑えられたことと、搭載した兵器が廃物利用か試験段階の兵器であったことによる予算削減が大きかった。しかし、出来上がった艦を見て海軍の関係者は度肝を抜かれた。「松」級はともかく、「梅」級はとてもではないが海戦で使える船ではなかったからだ。
砲を1門も積まず、魚雷だけで海戦が出来るとは誰も思わなかったからだ。そのせいか、開戦から半年後には戦訓によって、魚雷発射管を1基降ろして、代わりに両用砲を積み込んでいる。
ただし、武装こそ突飛だったが「松」級も「梅」級も船体や機関の設計は戦時急造艦として充分な能力を持っていた。特に、電気溶接を多用した点は見逃せない。このおかげで、重量の軽減と、建造機関の短縮に大いに役立った。
後に海軍が設計する「桜」級もこの2タイプから設計を大いに参考とすることとなる。
そして最後の丙型は俗に平型と呼ばれる艦で、なんとアメリカの平甲板型駆逐艦である。この型は第一次大戦中に256隻も建造され、その多くが大戦に間に合わなかったために五大湖でモスボールされた。モスボールとは、樹脂などで艦を覆って劣化を防ぐことだ。
そしてその内の4隻がモスボール状態を解除され、中国にスクラップ名目で供与されたが、中国海軍が動かさないうちに、侵攻してきた日本軍に捕獲されてしまった。
日本への回航後の調査の結果、4隻とも状態は良く、修理さえすれば動かせる状態にあったが、アメリカの旧式駆逐艦を使いたがる部隊などなく、しかしながら帝国海軍としては1隻でも使える船は欲しかったので、紆余曲折の末実験艦隊に配置されている。
実験艦隊配置後は、艦隊の対空能力不足に鑑み、対空駆逐艦としての改装を受けている。具体的には雷装を撤廃し、主砲を対空砲へと交換し機銃を増設している。
これら空母1、高速打撃艦2、軽巡2、駆逐艦12の計17隻が実験艦隊主力部隊の全戦力である。
ちなみに、これ以外にも実験艦隊には付属艦として潜水艦の「イ301」と海防艦4隻が付けられている。
「イ301」は高速潜水艦のテストベットとして開発された水中高速試験艦71号の発展拡大型で、後の「イ200」型のモデルとなっている。
水中最高速力は22ノットと高速で、魚雷発射管4門を持ち、航続力なども充分であった。
しかし性能は優秀なのだが、1隻の建造単価が高すぎ、手間が掛かるために同型艦の建造はなく、一通りの試験が終わると実験艦隊に配属されている。
4隻の海防艦は、「松」型を建造した民間造船所に発注されたやはり戦時急造艦艇のテスト艦で、海防艦という名こそ付いているが、中身は海軍の「択捉」級とは全然違う。どちらかというと、英国が大量建造した対潜コルベットやスループに近い艦である。
排水量は650t、速力24ノット、武装は8cm単装砲2基、25mm連装機銃4基、12,7mm単装機銃6基、爆雷80個である。主砲は高角砲で、対空戦闘能力の向上を図っている。
爆雷が多いのは、この船が対潜運用に重きを置かれた設計であるのが良くわかる。ちなみに、この4隻は速力が遅いから主力部隊に付いていけない。そのため、現在は港湾や近海警備、そして機雷の敷設任務のみに使われている。
ちなみにこの海防艦は固有名ではなく、「Z1〜Z4」という風に番号制の命名がなされている。Zという英文字が頭文字なのは、ドイツの駆逐艦に名を似せて、敵の混乱を図る意図があるという説明がなされているが、実際は書類の乙という感じをZと読み違えたのが真相のようだ。
とにかく、これらが開戦時における実験艦隊の全戦力であった。この他に「天城」が搭載している独特の艦載機もあったが、その説明は次回に持ち越す。
桑名司令官はそれらの艦艇を「天城」の窓から一瞥すると、自室へと向かって艦橋を出て行った。これから彼には、上層部に訓練用燃料と予算を求める仕事が待っていた。
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今回の作品の元ネタは軽巡と潜水艦が鷹見一幸先生の大日本帝国第七艦隊、駆逐艦とフリゲート羅門先生の独立愚連艦隊、林譲治先生の興国の楯のパロディです。
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