特試航空隊
インド洋から帰還して3週間後、桑名司令官の姿は南伊豆の飛行場にあった。
ついこの間まで牧草地同然の小さな飛行場であったこの飛行場も、今は簡単ながら滑走路が整備され、格納庫や搭乗員待機所、さらに指揮所なども建設されていた。
飛行場がこうして整備された理由は、もちろん独立機動艦隊の艦載機の離着陸場としての機能拡充もあったが、より大きな目的として新たに編成された特試航空隊の基地として使うためであった。
特試航空隊とは、先日桑名が横浜港で確認していた拿捕機材で正式に編成された陸海軍合同航空隊で、正式名を特別試験航空隊という。名目だけだと新型機の試験などを行なう部隊に思えるが、れっきとした実戦用部隊である。
この日その特試航空隊が正式に南伊豆基地に配備され、独立艦隊の指揮下に入る予定であった。桑名は各地で組み立てと整備、簡単な乗員の慣熟飛行を終えてやってくる彼らを出迎えるためにやって来ていた。
朝から受け入れる側の基地要員達は忙しく動き回っていたが、部外者の桑名は空がよく見える位置で、じっと待っていた。そして正午前、東の空から爆音が近づいてきた。
「予定通りの到着だな。」
桑名が腕時計を見て言う。
「ですね。」
桑名の隣で言うのは、特試飛行隊の司令官に就任した岩倉義弘中佐だった。彼は今年43歳。陸攻のパイロット出身である。中国戦線で目を負傷し、実戦を離れて後方の練習飛行隊で働いていたが、今回この部隊の司令官として引っ張られてきた。
グオーン!!
盛大に爆音を立てて、彼らの目の前にある滑走路へ、次々と到着した機体が着陸していく。日本機特有の濃緑色に塗られ、胴体と主翼には白淵付きの日の丸が描かれている。しかし、そのシルエットは明らかに欧米の機体特有の物だった。
この日到着したのは計60機の航空機である。その内訳はP40戦闘機36機、B25爆撃機14機、そしてA20「ハボック」爆撃機10機であった。
この内、P40とB25は先日桑名が横浜港で確認した機体であるが、A20はというと、こちらもやはり中国援助物資であったのを先日の第二次インド洋海戦で貨物船ごと拿捕した物だ。
各機種は鹵獲した総合計より少ないが、これは部品ストック用として解体された機体があるからだ。
60機という数は、前回桑名が考えたように必ずしも多い数ではない。戦場で使うことを考えれば、撃墜されたり被弾するなどして数回の出撃で消耗してしまう可能性もある。
しかし、1、2回の作戦を行なうだけなら充分である。それに、特試爆撃隊は海軍や陸軍の航空隊のように常に戦場へ出るわけではないからこれで充分だった。
ちなみに、これらの機体は多少なりと手が加えられている。例えばP40戦闘機の場合は、主翼の機銃が12,7mm6基から、20mm2基、12,7mm2基へと交換されている。これは12,7mm機銃の弾薬と銃自体の消耗を抑えるための処置だった。
また、本来P40戦闘機は航続距離の短い機体であった。そのため、特設の増槽取り付け機構が付与されていた。これで航続距離は往復2000km程度まで延びている。
B25爆撃機の場合も、銃座の機銃の一部を日本製と交換し、また爆弾倉の金具を日本軍規格の爆弾が吊るせるよう交換している。A20も同様だった。
こうした改修は、海軍の横須賀航空基地と陸軍の立川基地で行なわれた。何故陸軍も参加したかというと、これは陸海軍の融和政策の一環であった。
創設以来、帝国陸海軍はその中が悪い事で知られてきた。しかし、それが大きな損失これまでに幾度も生み出してきた。特に、数年前のベンツ社からの航空機用エンジンの使用許可を陸海軍別々に買い取り、その結果独逸に必要な分の2倍の金を支払う事となった。
また中国内戦では、お互いの意思疎通が出来ずバラバラに戦っており、非効率なことこの上なかった。そこで、陸海軍では航空機などの統一化を目指し始めた。その手始めが、両軍兵士が1つの航空隊で戦う事であった。
しかし、やはりプライドという物の存在は大きかった。作ったほうが良いのは理性でわかっても、感情がお互い許さなかったのだ。機材はどちらの物を使うか、人材はどうするか、指揮権はどちらが持つかなど、問題が噴出した。その機会を捉えたのが桑名であった。
「我が艦隊が捕獲した機材を使ってはどうでしょうか?これなら外国製なので、陸海軍どちらかの物ではありません。人材に付いては、折半すればよりしいでしょう。指揮権に付いては大本営陸海軍の双方が平等にもってはいかがでしょうか?」
結局、その後紆余曲折あったものの、隊の編成は短期間で行なわれ、特試爆撃隊は大本営の直接管理下にある部隊という位置付けとなった。だから大本営陸海軍部双方の意見が一致しないと出撃できない事となった。
ただし、桑名は部隊を使いやすいようある項目を部隊規定の中に加えさせた。それは特試爆撃隊の側から作戦を上申しても大本営陸海軍部が許可を出せば動けることも出来ることだった。
桑名はこの制度を有効に使う気であった。実際大本営は、この部隊が敵機を中心に編成されていることと、あくまで実験用の小規模部隊であった事から、積極的に使おうとはせず、部隊からの上申に許可を出すか出さないか決めるだけであった。
そしてこの部隊のパイロットや整備兵は、独立艦隊同様癖の強い人材で占められた。過去に前科のある素行不良者や、それ以外にも何らかの問題を抱えている者。例えば同和地区や朝鮮や台湾と言った植民地からの志願兵である。これらに加えて、女子義勇兵もいた。
まさに厄介払いされた人材の、ゴミ溜めとでも言わんばかりの状況であった。しかし、桑名からしてみれば、問題があろうとなかろうと、飛行機を飛ばせて敵を攻撃でき、ちゃんと帰ってこられればそれで良かった。
「全機着陸しました。明日から訓練に入る予定です。」
「実戦に出せるまでにどれくらい掛かる?」
「1ヶ月あればなんとか出来ると思います。」
「そうか、頼むぞ。一日でも早く彼らを育ててくれ。」
そういう桑名の願いは切実な物だった。先日、珊瑚海で行なわれた海戦で、海軍は初の黒星を決していた。戦術的には勝利であったが、戦略的に敗北を決したのである。
開戦以来の破竹の進撃にも、陰りが見え始めていた。米国が反攻を開始する前に一刻でも早く、戦力を拡充する必要があった。
「頼むぞ。」
桑名は整列する搭乗員を見て、そう呟いた。
|