しばしの休暇
昭和17年5月。補修と乗員の休養も兼ねて、独立機動艦隊は母港である伊豆に帰港した。乗員達はしばらくの間温泉地などでの休養を与えられる事となり、意気揚揚と艦を降りていった。
艦隊の中には、先日の第二次インド洋海戦で損傷を負っている艦もあり、そうした艦は横浜か鹿島にある海南造船所へと入り、そこで修理を受けることとなっている。
この海南造船所は退役軍人が営んでいる会社で、その分軍とのパイプが太い、とりわけ、独立艦隊にとっては鹵獲艦の改装や、「梅」級駆逐艦、「背振」級打撃艦の建造を行なった場所であり、言わば行きつけの店みたいな物だった。
今回の海戦で拿捕された英戦艦「ウォースパイト」もこの海南造船所に入ることとなった。ただし、「ウォースパイト」は艦齢が既に30年以上の老朽艦で、速力も20ノットちょっとしか出せない戦艦だった。この低性能では、とても機動部隊の戦艦としては使えない。もちろん、艦首の延長や、機関の換装などの改装工事を行なえばいくらか速力は上げられるが、そのためには工期を最低半年と見積もらねばならない。
さらに、主砲も日本海軍では使用していない15インチ、つまり38cm砲だった。だから補給がきかない。結局こうした理由から、改装しての使用は中止され、新型艦への材料提供として解体されることとなった。
これを聞いて、桑名司令官は心底悔しがった。戦艦の戦力化は砲戦力が低い独立艦隊にとって相当大きなメリットが見込まれたからだ。
しかし海南造船所からの提案で、「ウォースパイト」に積まれていた3基の38cm連装砲は再利用される事となった。
海南造船所の出したプラントは、以前建造した高速打撃艦「背振」の設計を流用した打撃艦の建造だった。これは3基ある38cm砲の内、予備を除く2基を「背振」と同じく、商船型の船体に載せて作る案だった。
当初この案に、海軍当局は慎重な姿勢を見せた。新たな建造予算や建造期間をかけてまでそんな艦を造る必要があるのかわからなかったからだ。
そこで海南造船所は、電気溶接とブロック工法を用いれば戦艦の4分の1の予算で、半年もあれば造れると保障した。これは商船規格の船体を流用すればこそ可能な事だった。
また、今回インド洋洋上で独立機動艦隊が拿捕してきた商船やタンカーを民間会社に売却することによって、予算確保が可能となったので、この案は認可される事となった。こうして、新造打撃艦の建造が「ウォースパイト」の解体と平行して行なわれる事となった。
そんな中で、艦隊司令官桑名中将は帰港後2日目、横浜港へと赴いていた。今回の作戦で拿捕した商船の積荷を確認するためだった。
今回拿捕した船舶は最終的に9隻で、内2隻が重油を満載したタンカーで、残る7隻が大小の貨物船だった。その内の比較的大型であった3隻に、大変興味深い物が積載されていた。
「よっと!」
「それ、開くぞ!」
「慎重に開けろ!中身を傷つけるな!!」
「「はい!!」」
横浜港にある、埠頭の側に建てられた倉庫街。その中の1つに、男たちの威勢の良い声が響き渡る。
今桑名司令官の目の前で、1つの大型の木箱が港湾労働者の手によって開けられようとしていた。
ベキベキという木製の蓋が外れる音がそこかしこで響き渡る。
「よし、開いた!!」
箱が空くと動じに、桑名は中を確認する。するとそこには、真新しい液冷の航空機用エンジンが、しっかり包装されて納められていた。
「これは米国の「アリソン」エンジンですね。間違いありません。」
今回空技廠から調査のために派遣されてきた技術将校が、桑名の隣から箱の中を覗き込み言った。
「では、やっぱり中国のフライング・タイガース用の補充品か?」
桑名が顔を向けて確認を取る。
「多分そうです。別の箱には明らかに飛行機の翼と思われる物がありましたから。恐らく援蒋ルートで運ばれていた物でしょう。ここにあるだけで、恐らく40機分はあります。これだけあれば、戦闘機隊が作れますよ。」
「40機か・・・もし中国に運び込まれていたらそれなりに由々しいことになっていたな。」
「そうですね。しかもこれはエンジンと武装を強化した最新型のEタイプです。以前のC型などの機体に比べて、それなりに性能が上がっているとされていますから。・・・いや、それにしてもその最新鋭機が都合30機、しかもスペアパーツ付きで手に入ったのは僥倖でしたね。」
「そうだな。」
今回拿捕した商船の積荷であったのは、なんと分解梱包された中国援助用のP40戦闘機であった。しかも、その貨物船には機銃弾や各種予備部品も積まれていた。だから、技術将校の言う、戦闘機隊が作れるという言葉も誇張ではない。
さらに、手に入ったのはこれだけではない。桑名達はP40を見終わると、今度は隣の倉庫へと移動し、別の船に積まれていた物を確認した。
こちらでも、同様に木箱が開けられていた。ただし、P40の時と違ってこちらは箱の大きさがやや大きく、その数も少なかった。
桑名が倉庫に入ると、別の技術将校が近寄ってきた。
「こっちの箱の中身の確認は出来たかね?」
「ええ。間違いありません、こちらの船に積まれていたのはB25爆撃機でした。」
「むう。」
B25爆撃機は日本本土初空襲を行なった機体として有名であるが、米国では大量に生産されたメジャーな中型爆撃機であった。そしてこの機体も輸出用として、中国向けの援助物資となったらしい。
「飛べるのかね?」
「はい。エンジン、機体、武装、いずれもしっかり18機分が揃っていました。組み立てや整備用の取り扱い説明書もついていましたから、命令さえ貰えればすぐにでも組み立てられます。」
「それは結構だ。」
そう言いつつ、桑名は目の前の箱に入っている空冷のR2600エンジンを眺めながらあることを考えていた。
(戦闘機40機に爆撃機18機か・・・補充部品が続かないから1、2回の作戦実施が限界だろうが、それでも我が艦隊が固有の陸上基地航空隊を持つメリットが計り知れんぞ。)
なんとこれら拿捕航空機での部隊編成を画策していた。もっとも、こうした拿捕航空機を自軍の戦列を組み入れる事は、多いとまでは言わないが、決して少ない事ではない。
もちろん、実際に使おうと思ったらパイロットや整備兵、燃料、そして使用基地の問題などが山済みとなるが、それをさっぴいても使う価値はあった。
「それに、これだけではないからな。」
桑名は口に出してそう言った。
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