夜戦
海戦二日目、4月21日夜半。日付が間もなく変わろうとしている頃、先頭を進む打撃艦「背振」の対艦用電探が、2隻の艦影を捉えた。時刻、位置、艦数から見て英東洋艦隊の戦艦「ウォースパイト」と、護衛の駆逐艦としか考えられなかった。
「総員、戦闘配置!!」
艦内にブザーが鳴り響き、待機していた乗員たちがそれぞれの持ち場へ向けて走り出す。と、同時に照明弾を投下する役目を仰せつかった水上機が、一斉に射出された。
2基4門の40cm主砲には対艦戦闘用の徹甲弾が装填され、いつでも発射できる準備が整えられる。2隻併せて4基8門、「長門」級戦艦とほぼ同等の戦力だ。もっとも、この艦でまともな砲撃戦を行なおうとは考えていけない。
「背振」級は主砲こそ「長門」級に準じた40cm砲45口径砲であるが、船体自体は商船の設計を流用した貧弱な物しか持ち合わせていない。一応機関と共に強化されてはいるが、それでも巡洋艦を圧倒できる程度の物で、戦艦と戦うには力不足だ。
今回の相手は、護衛艦1隻のみで損傷しているとはいえその戦艦だった。「背振」乗員の誰もが、先日のミッドウェイ海戦のように敵が白旗を掲げてくれればと考えていた。
「距離2万5千。まもなく、照明弾投下予定時刻!」
「背振」艦橋では、艦長の大内賢治大佐がじっと真っ暗な水平線を見つめていた。伝令からの報告にも全く動じる様子がない。
すると、真っ暗であった海上に、突然パッパとまばゆい光が現れた。水偵が投下した照明弾のマグネシウムが燃えることで発生する灯りである。そしてその光の下に、ほんの小さくではあるが、艦影らしき物が浮かび上がった。
「敵艦発見!左舷17度、距離2万4千!間違いありません。電探の情報と一致しています!」
報告を受けて、大内は命令を下した。
「主砲砲撃戦はじめ!砲撃戦開始と動じに無線封止解除、英軍の交信周波数で打電。貴艦に勝ち目なし、降伏せよだ。」
「了解!!」
すかさず、前部甲板に集中配備されている2基の40cm砲が咆えた。闇夜に砲撃発射特有のマズル・フラッシュが生み出され、すさまじい轟音が艦橋全面の防弾ガラスを震わせる。
音速近くで飛ぶ砲弾といえど、20km近い現在の距離では、着弾までしばらく時間が掛かる。
1分ほどして、ようやく着弾が確認された。
「弾着確認!いずれも遠弾!」
遠弾の場合は、こちらから見て砲弾が敵艦を飛び越えてしまったことを意味する。逆に手前に落ちた場合は近弾となる。
「弾着修正急げ!」
今の弾着のデータが主砲射撃指揮所で、計算機に打ち込まれ、次の発射時の最適な主砲の旋回角と仰角が弾きだされる。
「敵艦からの応答は?」
大内艦長が側にいる副長に聞く。
「今打ったばかりなので、返電はまだありません。」
そうした会話を行なっている間に、「背振」と「多良」は第2斉射を行なった。この時も先ほどと同じく、命中弾は得られなかった。もっとも、砲撃戦で初弾から命中する事などよっぽどだ。命中弾を得ようと思ったら、数回斉射を行なう必要がある。
ただし、今回は水上機による照明弾投下と弾着観測、さらに直接指揮することは出来ないが、電探による支援もある。そのため、これまでに比べれば、かなり高い精度の砲撃戦を行なっていた。
一方、撃たれている側の「ウォースパイト」も反撃に移ろうとしていた。しかし、圧倒的に彼らが不利であった。この時「ウォースパイト」は機関室の半分が水に浸かっているため、発電機の使用も制限されていた。だから主砲などに供給される電力が通常より低く、装填や主砲の旋回スピードも遅くなっていた。
さらに、「ウォースパイト」も護衛の駆逐艦も搭載していたレーダーが、昼間の海戦時に戦闘機の機銃掃射を受けて使用不能に追い込まれていた。
彼らは日本艦隊に比べて、かなり粗い精度の砲撃しか出来なかった。そのため、初弾を発砲したものの、遥か彼方に着弾してしまった。
そして先に命中弾を出したのは日本艦隊であった。「ウォースパイト」の3番砲塔に、「多良」から発射された40cm砲弾が直撃したのである。結果、その砲塔は使用不能となった。幸いだったのは、砲弾が上げられる前であったので、誘爆が起こらなかったことだ。
さらに、戦闘開始20分後には、駆逐艦や巡洋艦も戦闘に加わった。既にこの時日本艦隊は最高戦速で英艦隊に接近していたのである。
英艦隊は出しえる速力14ノットであるため、逃げ切れる筈がない。たった1隻の護衛艦である駆逐艦は「ウォースパイト」を守ろうと、反転し突撃したが、多勢に無勢、巡洋艦と駆逐艦が発射した無数の中小口径砲弾を喰らい蜂の巣にされて撃沈された。
「艦長、もう無理です!降伏しましょう!」
「ウォースパイト」の艦橋では、副長が艦長にそう進言していた。
「バカを言うな!今降伏したら敵にこの艦を渡す事になるんだぞ!そんなことできるか!」
「しかし、もはや我が部隊は本艦のみです。とても勝ち目はありません。これ以上の戦いはこちらの犠牲を増やすだけです。だったら、白旗を揚げた方が良いのでは!?無益な戦いで部下を殺したくはありません!」
「むうう・・・」
艦長としてはその事はもちろん承知の事である。しかし、ただでさえ日本軍に空母「インドミダブル」を拿捕されているのである。これ以上大英帝国の軍艦を敵に与えることなど論外である。
しかし、敵は強大で戦った所でこちらの犠牲者が一方的に増えるだけだろう。
艦長の心境が板ばさみ状態となっていたその時、突然艦を大きな振動が揺さぶった。
「左舷前部に魚雷1本命中です!浸水により、速力さらに下がります。」
「傾斜が始まっています!現在左舷側に1度です!」
時間が進むごとに、状況が悪化していく。敵の駆逐艦や巡洋艦は相当に距離を詰めている。いずれ集中魚雷攻撃が来る。そうなったら「ウォースパイト」が撃沈されるのは、もはや時間の問題だった。
「日本艦隊から再び無線と発光信号で連絡です。これ以上の戦闘は無意味である。抵抗を止めて降伏せよ!です。」
「艦長!!」
副長が悲鳴に近い声を上げた。
「左舷傾斜3度に達します。速力10ノットまで低下!ああ!左舷に駆逐艦が近寄ってきています。」
見張り兵の声も、死を覚悟したのか悲壮さを帯びていた。それを聞いて、艦長は決断せざるを得なかった。
「やむえん、白旗を揚げてくれ!!機関も停止しろ!それと発光信号で降伏すると打電しろ!」
「イエス・サー!!」
間もなくマストにスルスルと白旗が揚がり、機関が止められたために艦が止まった。約1時間に渡って行なわれた夜戦は、この瞬間終わりを告げた。それはまた、戦艦「ウォースパイト」が英国海軍軍艦としての生涯を閉じた瞬間でもあった。
20分後、近寄ってきた巡洋艦「普賢」から拿捕要員が移乗し、正式に「ウォースパイト」の拿捕が通告された。
これが第二次インド洋海戦と呼ばれるようになる海戦の、実質的な締めくくりであった。
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