英東洋艦隊出撃
実のところ桑名司令官は、昨日の南雲機動部隊の空襲の際の英艦隊の動きから、その主力がアッズ環礁方面に逃げ込んでいるのではないかという予測を立てていた。そのため、その偵察任務に、独立艦隊唯一の潜水艦、「伊301」を向かわせていた。
「伊301」は艦隊に先立つ事3日、ブルネイを出港してアッズ環礁へ向かったのであった。そして航空隊がコロンボ攻撃を終了した1時間後、環礁内から出撃してくる英艦隊を捉えた。
「来た!間違いない、東洋艦隊主力だ」
潜望鏡を覗きながら、艦長の大月大尉は小躍りしたい気持ちになった。敵を一番に見つけられたからだ。もっとも、今回は偵察任務の方が重要と考えて攻撃は見送った。
「戦艦5、空母1、巡洋艦3、駆逐艦6,7。針路は東、速力は15ノットぐらいだな。ようし、潜望鏡降ろせ。敵艦隊通過確認と同時にケーブルアンテナ射出!」
ケーブルアンテナは潜航中でも電信が発信できるよう開発された新兵器で、艦内の電信機と直結したケーブルの先端に、浮遊するアンテナが取り付けられていて、そのアンテナから電波を発信する仕組みだ。
電波発信後は、アンテナ部分は爆破される。現在のところ海水につかるアンテナからの送信出力に不安が残るなどの問題があるため、本格採用には至っていなかった。しかし、今回はちゃんと電波を発信することが出来た。これを理由に、この新型アンテナは2式水中通信機という名で正式採用される事となるのだが、それは別の話だ。
「そうか、見つけたか。」
「伊301」からの報告に桑名は安堵した。敵を見つけて安堵するというのも変だが、いるかいないかわからない状況がもっとも怖いから、この場合は妥当といえよう。
「空母が1隻だけならほとんど問題になりませんね。英東洋艦隊の戦艦はR級4隻に、「クイン・エリザベス」級の「ウォースパイト」ですから。」
近江参謀長が言う事はもっともだった。機動部隊にとっての最大の敵は敵機動部隊、とりわけ空母艦載機だ。しかし、この時点で英東洋艦隊に残る空母は「フォーミダブル」1隻のみだ。その搭載機は36機である。150機以上搭載の独立艦隊とではお話にならない。
また、戦艦が持つ強力な砲戦力は独立艦隊の持つ砲戦能力の数倍の物ではあるが速力がいずれの戦艦も22ノット以下しか出ない艦ばかりであるから、独立艦隊には追いつきようもない。
「アッズ環礁を出たばかりなら、航空機の攻撃圏内に入るまで時間があるな。・・・よし、まずはトリンコマリーをやろう。間もなく帰ってくる第1次攻撃隊と残存機から第2次攻撃隊を急ぎ編成して、同港を攻撃しよう。異論はあるかな?」
桑名は参謀たちを見回して言った。質問も反論もなかった。
「よし、では早速開始してくれ。」
独立艦隊のスタッフは再び動き始めた。この少しあと、コロンボ攻撃を成功させた攻撃隊が帰還した。損しつきは戦闘機1、艦爆2、艦攻2であった。その他に損傷機15機が出たが、廃棄する程損傷した機はなかった。やはり、先日南雲部隊が基地機能をある程度破壊していたのが利いた。
収容された機体は直ちに修理と補給に入り、搭乗員達は食事に入る。搭乗員待機室には主計化の兵士が作った海苔巻や稲荷寿司が並び、それらを搭乗員たちはお茶やサイダーで流し込む。
これが最後の食事になるかもしれないが、戦場においてゆっくり食べている余裕はない。いつどこから敵がやってくるかわからない戦場から、完全に撤退するまで、気を抜く事は出来ないのだ。
素早く食事を終わらせた搭乗員達は、再び愛機に戻って整備員と共に、補給と整備を行う。こうした将兵たちの努力によって、艦隊は動いていた。
その後、敵航空機や潜水艦による襲撃もなく、帰還から2時間半後、第2次攻撃隊はトリンコマリーへ向けて出撃していった。
既に奇襲は通用しない。攻撃隊の搭乗員、そしてそれを送り出した艦隊の誰もが、第1次攻撃隊以上の激戦が起こると予想した。
しかし、この攻撃は第1次攻撃隊に比べて張り合いのない物となった。英軍はコロンボでの戦いを考慮して、日本軍機に勝てないと見るや、戦闘機や爆撃機を全て空中へ退避させるか、インド方面へと避難させていた。軍港の方も港外へと避難してしまったために船舶はほとんどなく、僅かにドック内で修理をおこなっている貨物船やタグボートの類がいるだけだった。
拍子抜けした攻撃隊の搭乗員たちであったが、とにかく目の前の敵を叩くだけであった。攻撃隊各機は目に付く目標を手当たり次第に攻撃すると帰還の途についた。ここまで来ると戦闘と言って良いのか疑問符がつくが、戦果は戦果である。
最終的に、この攻撃とコロンボの分を併せての戦果は航空機40機撃墜、地上破壊30機、軍港のドック、クレーンなどの施設70%以上を破壊し、在泊中の貨物船など10隻ほどを撃破した。
事実上この攻撃でセイロン島の2大軍港はその軍港機能を失ったのであった。独立艦隊の作戦目的はこの時点で完遂する事となった。
夕方、1機の損失もないまま帰ってきた第2次攻撃隊は全機無事、空母「天城」と「翠鶴」に収容された。
この後「天城」の会議室では艦隊幕僚が集まって今後の方針が話された。作戦目的は完遂したのであるから、このまま撤退するのか。それともインド洋の制海権を確実な物にするため、残存英東洋艦隊を攻撃すべきか。
案の定幕僚たちの意見は真っ二つに割れた。作戦目的を完遂したのだから、このまま傷を広げないうちに撤退するべきだという意見が出る。その一方で、敵航空機の脅威がもはやないのだから、「佐保」の敵を討つためにも敵東洋艦隊を攻撃するべきだという意見が出た。
どちらもそれぞれ見るべき所があり、会議は紛糾した。しかし、既に基地からの攻撃の可能性はほとんどない。加えて敵艦隊の艦載機はタカが知れている数しか存在しない。確かに独立艦隊に新造艦の配備計画は今の所なく、艦を失うリスクを避けるべきなのも一理ある。しかし、やはり叩ける時に叩くべきという意見が大きくなった。燃料弾薬も後方の補給船団に充分な量がまだあった。
ちなみに、この時までに独立艦隊は5隻の連合軍貨物船と接触し、内3隻は拿捕に成功したために、補給船団に組み込んでいた。
話を元に戻す。会議での結論は最終的に、翌朝から敵艦隊攻撃とそのための偵察を行なう事となった。こうして、独立機動艦隊は英東洋艦隊との決戦を目指して動き始めた。 |