訓練に次ぐ訓練
独立艦隊が母港の伊豆からブルネイに移動して2週間が経った。艦隊は乗員の休養や整備がある日以外は、連日沖合いに出て訓練を行なっていた。特に乗員が艦に不慣れな「翠鶴」や、新米搭乗員が多い「翠鶴」航空隊に対しては厳しい訓練が加えられていた。
もっとも、それは比較の話であって、その他の艦も豊富な燃料が手に入るということで、連日猛訓練していることには変わりなかった。
この日も、空母「天城」上空では、艦載機が初歩的な訓練である発着艦訓練のタッチ・アンド・ゴーや、少しはなれた海上で標的役を務める駆逐艦相手に雷爆撃訓練を行なっていた。
その様子を、艦隊司令の桑名や参謀長の近江が、双眼鏡片手に艦橋の横の張り出しから見守る。南方だけあって2種軍装の2人の顔には汗が浮かんでいる。しかし、2人にはそんなこと気にはならない。
2人が気にしているのは、今まさに着艦針路に入った97式艦攻の動きであった。「天城」航空隊は極力ベテランで固められているが、中には先日のミッドウェイ沖海戦で戦死したパイロットの穴埋めとしてやってきた新米もいた。今こちらに向かってくる艦攻も、その新米パイロットの操る機体であった。
しかし、2週間の猛訓練の成果がはっきりと出ていた。97艦攻は危なげも無く甲板に車輪を付け、少しだけ滑走するとその後エンジンを噴かして上昇していった。
その様子を、2人は満足げに見送った。
「大分上手くなったな。確かあの機体のパイロットは小松少尉だったな。最初の頃は大分フラフラしていたが、今はもうベテランに劣らぬほど綺麗に着艦を行なえるようになったな。」
桑名が笑顔で言うと、近江も続いて笑顔で言う。
「毎日朝から晩まで平均7時間の飛行、それを週六日続けたんです。しかも、教官は中国戦線依頼のベテランですから。嫌でも上手くなりますよ。」
「だな。皆良くやってくれているよ。」
2人はそう言って満足げに頷くが、しばらくすると表情を険しくした。
「だが、せめてもう1ヶ月あれば、充分な訓練を施せるんだがな。」
それは桑名の嘘偽りのない感想だった。猛訓練と言っても、やはり2週間では限度がある。もし後1ヶ月あれば、艦艇と航空隊の兵士は連合艦隊並の練度を発揮できるだろう。しかし、現実は厳しい。この訓練も明日には切り上げ、独立艦隊は出撃する予定であった。
「仕方がありません。戦争中ですから。」
近江がたしなめるように言うが、そんなこと桑名は重々承知していた。
「そんな事ぐらい、わかっているよ。」
戦前の日本海軍は、少数精鋭主義のプロ集団という形が強かった。数は少ない物の、練度の高い兵士と個艦能力の高い軍艦で、侵攻して来るアメリカ艦隊を1回の海戦で邀撃して殲滅するという漸減戦術を取っていたからだ。
しかし、中国内戦で陸攻を筆頭に多数のベテラン搭乗員が戦死すると、その少数精鋭主義は消耗戦への脆さを露呈し始めた。帝国海軍では、米国との関係がきな臭くなった去年から予科練や海兵団の定員を増員するなどして戦力不足を補おうとした。しかし、その効果は最低1年は経たないと出ない。
現在のところ、戦力不足は大きく目に見える形では出ていないが、既に第一航空機動艦隊や前線の航空部隊ではパイロットや機材の補給が追いつかないという問題がちらほら見え始めていた。
さらに、内地では相変わらず燃料事情が悪いという状態が続いていた。タンカーの不足から、効率よく南方から石油を運べていなかったからだ。
その点、独立艦隊がブルネイに移動して訓練を行なうというのはかなり先進的な考えだった。これを真似て後に、一部の練習航空隊などは南方へと移動して訓練を行なう事となる。
大きな視点で見ると、そういうことが起きたり起こったりしていたのだが、桑名達にしてみれば今は目の前の現実をしっかり見極める方が大事だった。
彼らは双眼鏡を500mの感覚を置いて並走している「翠鶴」に向けた。そのシルエットは「レキシントン」そのままである。ただし、日本艦であることを示すように、煙突や甲板にどでかい日の丸が描かれている。
その上空にも、「天城」と同じく航空機が舞っている。その機影は96式艦戦改の物であった。
96式艦戦改は独立艦隊内の通称で、正式名称は96式艦上戦闘機5号である。もっとも、外見ではあまり96式艦戦とは思えない。どちらかというと、輸入されたヴォ−トV183戦闘機に似ている。
実はこの機体、以前も少し紹介したが零戦のテストベットとして開発された面が大きい機体で、密会風防に引き込み脚、零戦のエンジンのプロトタイプである栄10型エンジンを積んでいた。言わば零戦と96艦戦の中間機だ。
本当なら5,6機の試作機が作られるだけで終わる予定だったのだが、中国戦線の広がりのために50機が追加製作された。もっとも、その時には零戦が登場してしまったが。
その機体が、めぐりめぐって今は独立艦隊艦載機として使用されていた。さらに、その戦闘機に乗っているのが女性パイロットであるから、世の中わからない。
先日艦隊に乗り組んできた女子義勇兵達は、全員「翠鶴」配属に成り、そちらで今はもう特訓中であった。
桑名は双眼鏡の倍率を最大にして、今「翠鶴」をタッチ・アンド・ゴーした96艦戦改を見た。その機体には胴体に百合の花があしらわれていた。
「女子義勇兵たちも頑張っているようだな。男顔負けの技量に達しているぞ。」
「いやはや、最初は女に戦争なんか出来るのかと心配していましたが、どうして、見くびっていましたよ。」
この近江参謀長の発言は、後の世なら立派なセクハラ発言であるが、この時代はこうした考えが常識としてまかり通っていた。もっとも、その後60年経っても差別というものは中々消えないが。
「もはや、男だの女だのと言っている時代は終わったという事だろう。温故知新という言葉があるが、まったくその通りだ。古きに拘るのもいいが、しっかり新しき物も見なければな。」
「ですね。」
2人はそう言って再び双眼鏡を上空に向けた。そこには、とても戦争をしているとは思えない、南国独特の青空が広がっていた。しかし、戦争は終わる気配を見せず、彼らは再び苛烈な戦場へと飛びこもうとしていた。
96艦戦改性能データ
全長8m 全幅11m 自重1250kg 速力495km
航続力 最大2000km 武装12,7mm機関銃2基 7,7mm機関銃2基
発動機 栄10型空冷 900馬力(離昇1000馬力)
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