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翔龍機神ゴーライガー  作者: 石田 昌行
第五話:サミット制圧五分前!
33/63

サミット制圧五分前!5-3

 「失礼します」と一礼した雪姫シーラが職員室の門を潜ったのは、お昼休みも残すところあと十分といったあたりの出来事だった。

 その手の中には、学級委員長・白城葉子より託された黒表紙の綴りが保持されている。

 「あら、雪姫さん。何か御用かしら?」と修道服の女性教諭がシーラに歩み寄って声を掛けた。

 一見して教師然としていない女性だが、驚くべきことにこれでも世界史の先生である。

 そんな彼女にシーラは尋ねた。

「あの、らい……轟先生はおられるでしょうか? 忘れ物を届けにうかがったのですが」

「ああ、先生ならあそこに」

 女教師が目線で示した先──個人個人に与えられた事務机の前で、セントジョージ女学院の臨時講師・轟雷牙はまさに食事の真っ最中だった。

 それも一心不乱に。

 周りのことなど顧みることなく。

「な、何やってんですか、あのひとは?」

 金髪娘が目を丸くしたのには理由がある。

 ただし、昼休みが終わろうとするこの時間帯になって彼がまだ食事を終えていないという事実、それ自体が謂われというわけでは決してない。

 それは、彼の机に山と積まれた弁当箱を、その直接の由来としていた。

 ぱっと見だけでも到底ありえない物量だった。

 少なくとも、ひとりの人間が一回の昼食に消費できる数とは思えない。

「ああ、あれね」

 女教師が微笑ましそうにシーラへ告げた。

例の事件(ブンドールの襲撃)があってからずっとああなのよ。一年生と二年生の生徒たちが、毎日毎日手製のお弁当を持ち込んでくるの。轟先生もおひとがよろしいから、それら全部を一切合切受け取って、ああやっていつもひとつ残さず平らげていらっしゃるのよ。

 やっぱり、私たち地球の人間とは身体の造りが違ってらっしゃるのかしらねェ。でも、私たちのほうから『食べ過ぎはお身体に良くないからお止めになっては?』と言えるような筋合いでもないし──」

 金髪娘がそんな雷牙に歩み寄っていったのは、それからすぐの出来事だった。

 近付くにつれ、この宇宙刑事がこなしてきた具体的な作業量が、主にビジュアル面から明らかとなっていく。

 机上に重ねられた弁当箱の大半が、なんとすでに完食済みとされていたのである。

 それらの容量が成人男子の食事量と比較してかなりこぢんまりしたものであったことを換算に入れても、その総計はおよそ尋常な体積ではあるまい。

 人外の胃袋とはまさしくこのことである。

 世界レベルのフードファイターであっても青冷めること疑いなしの戦闘力だ。

「ちょっと、何やってんのよ、雷牙」

 責め立てるような口振りでシーラは尋ねた。

 もちろん、その言い様をほかの教師陣に聞かれないよう、声のトーンは何段階も落としてある。

 問いかけられたことで彼女の来訪に気付いた雷牙が、「ああ、シーラさん」と箸を休めて振り向いた。

 「見ての通り、お弁当をいただいてます」などと、こちらはかなり天然めいた回答を口にする。

「いや、そうじゃなくってさ」

 それを聞いたシーラが、苛立ち気味に詰問した。

「なんでまた、莫迦正直にもらったもの全部食べようとしてるのかって聞いてるの」

「どこかおかしいですか?」

「おかしいとかおかしくないとかそういうの以前に、そこまでしてあげる必要なんてないんじゃない?」

 持ってきた出席簿を無造作に机上へと置き、少女はすとんと肩を落とした。

「そりゃあ食べ物を粗末にするのは良くないことだけどさ、いくらなんでも限度ってものがあるでしょ。少しは自分の胃袋と相談して、きっぱりともらうの断るなり、ほかのひとと分けて食べたりするなり、もう少し賢く対処したほうがいいと思うんだけどな」

「う~ん、確かにシーラさんの言うことには一理も二理もあるんですが──でもやっぱり、僕の選択肢はこれしかないです」

 苦笑いを浮かべつつ彼は言った。

「だってこれ、プレゼントですよ」

「そうね。見ればわかるわ」

「だったらシーラさんにも理解できるでしょう?」

 柔和に微笑み雷牙は語った。

「考え違いしてるひとも多いんでしょうけど、プレゼントというものは、本来誰かの機嫌を取るためにするようなものじゃないんですよ。プレゼントというものは、自分の心を贈る物に託して直接相手に渡す行為……つまり、おのれの想いを形にして、そのまま誰かにぶつける行為にほかならないんです。

 もちろん、このお弁当を贈ってくれたたちがそこまでのことを考えてくれているかと言えば、おそらくそうでないのが実情でしょう。その点につきましては、僕も重々承知しているつもりです。

 でも……でもそれでも、僕は彼女たちからの贈り物を無為にすることはできません。彼女たちが思いをこめてくれたかもしれないこのお弁当を、たとえ米粒ひとつといえど粗末にすることはできないんです。その思いの丈を断ったり、ましてやそれをほかの誰かと分け合ったりすることなどは、もはや言語道断。それは、彼女たちが僕にくれた純粋な感情を踏みにじり、辱める行為に違いないものなのですから」

「重ッ!」

 仰け反りながらシーラは言った。

「雷牙。それいくらなんでも深読みしすぎ。明治時代の大和撫子じゃあるまいし、いまどきの女子校生は、たかだかお弁当にそこまで重い意味持たせたりしないわよ」

「そんなものなんですかね」

「そんなものだって。現代っは、あなたたちオトコが思ってる以上にドライで計算高いのよ。あなたにお弁当攻撃しかけてる女の子たちだってどうせ近場の珍獣に餌あげてるぐらいの気持ちでいるんだからさ、もらうほうも気を使って、もっとライトな受け取り方してあげないと」

「僕の立ち位置は『珍獣』ですか」

 突き上げてくる笑いを、思わず雷牙は噛み殺す。

「じゃあ、シーラさんも本音の部分ではそうなんですね。あなただって、いわばあのたちと同じ世代の女性なんですから」

「わたしは古いオンナだもん」

 わざとらしく髪をかき上げ彼女は答えた。

「このシーラさんは、気持ちの入ってないオトコにお弁当なんて作ってあげないわよ。わたしが手料理振る舞うのはね、家族とお客さま以外は未来の旦那さまだけだってずっとむかしから決めてるの。だから、もしそんな栄誉にあずかる男性が今後わたしの前に現れたとしたら、そのひとにはもう心の底から感謝してもらわないといけないわね」

「それだったら、僕もあなたに感謝しなければいけませんね」

「?」

「だって初めて会った時、シーラさん、僕に朝ご飯作ってくれたじゃないですか」

「あ……あ、あれはッ!」

 シーラの頬が朱に染まる。

「状況が状況だったじゃない! それにあの場合だと、あなたはれっきとした『お客さん』だったでしょ。だ、だから別に、わたしの態度に変なところはなかったわよ。うぬぼれるのも大概にしなさいよねッ!」

 そう言いたいことだけ一気に言い放つと、少女はぷいっとそっぽを向いた。

 頬を膨らまし口先を尖らせたその表情が、なんとも子供じみていて可愛らしい。

 そんな彼女の反応を真に受けた雷牙のほうも、「困ったなぁ」と言いたげな風に微笑みながら頭をかいた。

 とりあえず話題でも変えてみようかとばかりに、部屋の片隅へと視線を投げる。

 雷牙が目を向けた先には、さほど大きいとは言えない液晶テレビの画面があった。

 壁掛けの形で設けられているSサイズ(三十二インチ)のそれには、いま現在、公共放送による昼のドラマが映し出されている。

 音声のボリュームこそ絞られているが、番組を観賞している教師たちもそれなりの数いるようだ。

 もっとも、職員室にテレビが置かれた理由については、教師陣へのレクリエーションが目的というわけではない。

 率直に言ってしまえば、災害発生時の緊急警報を視聴するためにこそ設置されているのである。

 まあ、だからといってそれが娯楽の一環に使用されていないかと言えばそうでもなく、むしろそちらの役割のほうがメインとなっていることは否めない事実だったから、そうした建前について日頃何かと口うるさい教頭らも、あえて堅苦しい原則論を口にしたりはしなかった。

 ややあってドラマが終わり、切り替わった画面の先で今度は真面目そうな男性アナウンサーが報道番組の開始を告げた。

 午後一時。

 おりしもチャイムの音がそれに重なり、休憩時間の終了を学園内の皆々に伝える。

「やばッ! もうそんな時間!」

 シーラが思わず声を上げたのも当然と言えるタイミングだった。

 午後一の授業は英語のリーダー。

 担当教諭は、四角四面でやかましい定年間際のオールドミスだ。

 出欠に遅れようものなら、放課後にどんな説教を垂れられるかわかったものではない。

 彼女は慌てて踵を返した。

 長い金髪が弧を描く。

 だが次の瞬間、この場を去ろうとする金髪娘の右の手首を、轟雷牙がむんずと掴んだ。

 明らかに、少女の離脱を妨げんとした動きだ。

「何よ。なんか用?」

 半ば怒声に近い言葉を返したシーラに向かって、青年はテレビの画面を指さしながら「あれはいったいなんですか?」と唐突極まる質問をする。

 「あん?」と不機嫌そうな声を上げて画面を見たシーラの目に、報道番組の一場面が映り込んだ。

 それは、カメラのフラッシュを浴びながら横並びになって手を取り合う、先進国首脳陣たちの姿だった。

 おそらくは生中継なのであろう。

 実況中継に近いアナウンサーの声が、会場を満たすさまざまな雑音に重なりながら入ってくる。

 その場には、国際政治に興味を持つ人間であれば一目瞭然の顔ぶれが、ほぼ一堂に会していた。

 G8──日本・アメリカ・フランス・イギリス・ドイツ・イタリア・カナダ・ロシアという主要八カ国の代表に加え、国連の常任理事国である中国の国家主席も彼らとくつわを並べている。

 それはまさに、世界を動かすトップパワーの頂点たちだと言って良かった。

「ああ、あれはサミットよ」

「サミット?」

「そう」

 軽く頷きシーラは答えた。

「大っきな国の偉いひとたちがこの世界をどういう風に持って行くかを話し合う、国際的な会議の場よ。小っちゃな国の都合なんかはあまり考慮されないからいろいろ問題ありって言われてるけど、いまのところは国連の会議なんかよりずっと力のある集まりなんじゃないかしら」

「へェ」

 雷牙の声は、半ば感心、半ば呆れの双方で構成されていた。

「この惑星ほしは、いまだ統一政府が活動しているわけではないんですね。ちょっとだけ驚きました。利害関係の入り交じった勢力がたくさんあったら、効率的な組織運営なんてとても望めないでしょうに。話し合いで物事を決める以上、どうやっても出された結果に不満を持つ一派は払拭できませんからね」

「う~ん、そのあたりはなんとも言えないなァ」

 少女は言った。

「いまのところ、わたしたちの世界では『独裁は悪』ってのが常識みたいに考えられてるからね。どんな分野でも、『みんなで話し合って解決しましょ』が錦の御旗になっちゃってるというか、そんな感じで」

「平和なんですね」

 苦笑しながら青年は言った。

「責任を持つ政治勢力が強い権力で人々を導かなくても社会秩序が成り立っているなんて、正直どこか羨ましくもあります。僕らの世界でそんな悠長なことをしようものなら、悪い奴らの手によってどれだけの損害が出るかわかったものじゃないですから」

「こっちだって似たようなものよ」

 シーラも雷牙に同調する。

「事実、悪い奴らが悪いことするのをモグラ叩きしているのが現状だしね。五十歩百歩ってところじゃない?」

 異変が生じたのは、彼女がそう言って肩をすくめた、まさにその時のことだった。

 テレビの画面の向こう側が、にわかにざわめき出したのだ。

 それまでにこやかな笑みを浮かべていた各国首脳の表情が、一気に険しいものへと変化する。

 撮影機器を構えていたカメラマンが体勢を崩したのであろうか。

 大きく揺れる映像の中、黒服を来た無骨なガードマンたちが、おのれの主を護るべく拳銃を手に壁を作った。

 一瞬ののち、何者かがそんな彼らへと襲いかかった。

 全身を黒いタイツに包み込んだ、異様とも思える怪人たちだ。

 人数は軽く二十を超えていようか。

 彼らは甲高い奇声を発しながら、潮のように首脳陣へ迫った。

 ガードマンたちは押し寄せてくるそれらに向かって、警告なしに引き金を引いた。

 まさしくプロフェッショナルと言うに相応しい淀みのない動きだった。

 だがその銃撃は、黒尽くめの怪人どもをひるませることさえできなかった。

 銃弾は確実に彼らの肉体を捉えているにもかかわらず、である。

 それから先の抵抗は、まったく無意味と言っていいものだった。

 選び抜かれた屈強のガードマンたちは、しかし文字どおり赤子の手を捻るようにして粉砕され、一矢報いることもなくひとり残らず打ち倒された。

 分を待たずして会場は完全に制圧され、集まった首脳陣たちは黒尽くめの怪人どもによって十重二十重にと取り囲まれた。

 いったい何が起こったのだ!?

 周囲に陣取る報道関係者がことごとく狼狽するなか、ひとりの威丈夫が包囲された首脳陣の眼前に進み出てきた。

 あたかも高級軍人のような身形をした、サディスティックな印象を与える長身の男性だ。

 片手に持った鞭をもう一方の掌で打ち鳴らしながら、その男はなんとも高圧的な口調でもって第一声を放った。

『ごきげんよう、諸君! いかにムシケラどものかしらとはいえ、こうして諸君らと顔を合わせることができたのは、我が輩にとって光栄の極みだ!』

 その傲慢な言い様を耳にした雷牙の顔が、憤りの余り激しく歪んだ。

 強く唇をかみ締めたのち、青年は振り絞るように男の名前を口にする。

「あいつは……カーネル=ザンコック!」

 彼は叫んだ。

「なぜ奴があそこに!?」

 そう!

 画面の中で居丈高に屹立するその人物こそ、ブンドール帝国の大幹部、「残酷将軍」カーネル=ザンコックそのひとであったのだ!

 『何者だ、君は!? この警備の厳重な会場に、いったいどうやって入り込んだのだ!?』というアメリカ合衆国大統領、バルク=オズマ氏の詰問に、この宇宙から来た威丈夫は嘲りをもって回答した。

『警備が厳重だと? ふッ、笑わせるではないか原住民。この程度の警備陣など、我らにとっては自宅の門を潜るようなものだ』

 口の端を吊り上げ彼は言った。

 そして、ひと呼吸置いて言葉を続ける。

『だが、問われたからには答えねばなるまい。我が輩の名はカーネル=ザンコック! 偉大なるブンドール帝国の幹部、「残酷将軍」カーネル=ザンコックである!』

『ブンドール帝国のカーネル=ザンコック、だと?』

『聞いたこともない!』

『いったいどこのテロリストだ!』

 ザンコックの名乗りを受けて、勢い首脳陣たちは困惑した。

 当然だろう。

 彼と彼の属する集団を単なる武装テロリストとしてしか認識できていない政治家にとり、その名はまったく未知なる勢力のそれであったのだからだ。

 そして、そんな硬直した思考の首脳陣に向け、カーネル=ザンコックは畳みかけるように言い放つ。

『我が輩はこの度、諸君ら救いようのない劣等種に対し、遅ればせながら救済の道を授けに来た!』

『救済だと?』

『そうだ』

 傲然と胸を張り、彼は語った。

『諸君らの築き上げた文明は、しょせんこの惑星上に生じた癌細胞のようなものだ。いずれ必ず宿主たるこの惑星ほしを食い殺し、それにより、自身もまた滅びの道を転がり落ちることとなるだろう。

 しかし、しかしである! それを哀れんだ我らが主、総統エビルは、左様愚かな諸君らにあえて生き残る機会を与えるようこの我が輩に命じられたのだ!

 聞くがいい、劣等種の長どもよ!

 諸君らがなお明日を生きんと欲するなら、いまこの場において我らブンドールの命に従い、その威光に膝を屈する旨を宣誓するのだ! その領土における統治の権利を、その膝下に住まう民草の生命を、余すことなく我々の手に委ねる旨を謳いあげるのだ!

 さすればだ。もはや諸君らが日々のことに心砕く必要などどこにもなくなる。諸君ら無能な為政者に成り代わり、すべては我らブンドールが決定し、実力をもってそれを執行することとなるからだ。

 従属か、滅亡か。その決断の如何によってのみ、諸君ら原住民の未来は定まる。我らブンドール帝国の栄えある同志としての名誉か。さもなくば愚かな劣等種としての恥辱か。さあ、諸君らの望むほうを決然として選ぶがいい!』

『ブンドール帝国? 総統エビル?』

 その大仰な宣告を耳にした首脳陣のうち、最も早く反応を返したのは日本国首相・矢部やべ新蔵しんぞう氏であった。

 国内外を問わず強気のタカ派として知られている彼は、その柔和な眼差しとは裏腹な強い言葉を投げ付けた。

『いったい君は何を言っているのだ! どこのテロリスト集団かは知らないが、悪いことは言わない。莫迦な真似はやめて、ただちに武器を置いて投降したまえ!』

『まだ自分たちの置かれた立場がわかっていないようだな、原住民』

 ふん、と鼻を鳴らしてザンコックは言った。

『諸君らに余計な選択肢など与えたつもりはない。選ぶべき道はすでに申した通りだ。従属か? はたまた滅亡か? 力による抵抗が無意味なことはすでに承知していよう。いま諸君らがその眼で見たとおり、この惑星ほしの文明レベルでは我らが下級戦闘員をすら阻止することが困難だ。よって抵抗などまったくの無意味ッ! 無意味ッ! 無意味ッ! 無意味ッ! 無意味ィィィッ!』

 膨れあがった独特の威圧感が、一時だけだが首脳陣たちの心根を圧倒した。

 そのどれもがひと筋縄ではいかない、練達の政治家である彼らをである。

 やにわに現出した思考の隙間に付け入って、威丈夫は首脳陣たちに最後通告を行った。

『三時間だ』

 彼は言った。

『諸君らの時間で言う三時間で自らの未来を定めるがいい。総統エビルは底なしに寛大な御方だ。諸君らのような愚劣な者たちであろうとも、決してその未来を強制したりはなさらぬ。さあ、選ぶのだ! おのれの行く道を! 我らブンドールはその選択をもってして、次なる行動の指針を下達することとなるだろう』

 現地からの映像はそこで途切れた。

 矛先を変えた一部の下級戦闘員・ザッコスどもが、今度は報道関係者に襲いかかったからだ。

 撮影機器から最後にもたらされた情報は、無数の男女が放つ悲鳴と何かが壊れる耳障りな音、ただそれだけであった。

 誰も予期せぬ突然の事態に、切り替わったテレビ画面の向こう側は完全なパニック状態に陥っていた。

 おそらくは、何をどのように報道して良いのやら、上も下もさっぱり判断がつかないのだ。

 しかしながら、そんな彼らを責めることはできまい。

 前例のまったくない出来事に即時対応できるほどの個人や組織というものは、それなりに貴重な存在であるからだった。

 だが、ここにその数少ない実例がいた。

 轟雷牙である。

 SS級の宇宙刑事であるこの青年は、こうした異常事態に対する豊富な対処経験を有していた。

 そのレベルは、おそらくいまの地球上においては屈指のものであったろう。

 だからこそ、彼の決断は常識離れに素早かった。

 弾かれたように立ち上がった雷牙は、「ちょちょ、ちょっと! どこ行く気なのよ!」というシーラの制止を振り切り、窓際に向かって一目散に走り寄っていく。

 そして次の瞬間、がらりとガラス窓を引き開けた彼はそのまま窓枠へと足を掛け、シーラを初めとする周囲の者たちが奇異の眼差しを向けるなか、階下めがけて迷わずその身を躍らせたのだった。

「ここ二階よッ!」

 仰天したシーラの叫びが、続けざまにそのあとを追う。

 セントジョージ女学院の職員室は、三階建て校舎の二階部分に存在していた。

 地表から数えてその外窓までは、余裕で数メートルの高さがある。

 例え空挺部隊の隊員(その筋の玄人)であっても、この場からの飛び降りにはそれなりの危険を覚悟しなければならなかっただろう。

 だがこの時、彼女の心配はまったくの杞憂に終わった。

 シーラやほかの教師たちが窓際へと殺到するのを尻目に、雷牙は、まるで何事もなかったように鮮やかな着地を遂げてみせたのだ。

 この程度のことは、宇宙刑事である彼にとってあるいは嗜みのレベルに過ぎないのだろうか。

 その場で素早く膝を伸ばした青年は自身に向けられた視線の色など一顧だにせず、駆け行った先の校庭中央にて天を仰いで獅子吼する。

「オウリュウ!!!」

 裂帛の叫びが空の彼方へ吸い込まれていった直後、それと入れ替わるようにして天狼星の輝きが(雷牙)の頭上に飛来してきた。

 どこか神々しい顔付きを持つ、それは紛うことなき「巨人」であった。

 ゴーライガーを形成する七体の翔龍機神、その一柱たる「オウリュウ」である。

 普段は太平洋の深海に眠っているその存在が、主たる宇宙刑事の召還に応じ、文字どおり光の速さでもって駆け付けてきたのである!

 そんな忠実な下僕しもべに対し、轟雷牙は続けて命じる。

「オウリュウ! ブラスターシンクロンアルファ!」

 人型の機神が変形を開始した。

 およそ人類の機械工学では考えられない動きでもって、見る見るうちにその様相を違えていく。

 それが身をもって成したのは、クリップトデルタの翼を持つ大型の航空機であった。

 前方に長く突き出た機首の上部に、窓枠のない水滴型キャノピーを有している。

 座席はふたつ。

 タンデム複座のコックピットだ。

 始まったばかりの授業をよそに校舎の窓際へと集まってきた学園生徒が見守るなか、その大型の航空機は空中に静止。

 機体下部のスラスターから盛大な噴射を行いながら、校庭中央への着陸を試み出した。

 吐き出されたジェット噴流がもうもうと地表の砂塵を舞い上げ、下方に伸びた降着装置がひと呼吸後に大地を掴む。

 続けざまにキャノピーが真上へと開き、我が胎内に主の身体を招かんと無言の意思を表示した。

 下僕の思惑に応えるがごとく、機種側面のタラップをよじ登った雷牙はコックピットにその身を沈めた。

 足元に置いてあったヘルメットを被り、てきぱきと再発進のシークエンスを整えていく。

「待ちなさいよッ!」

 そんな彼を制止の声が打ち据えたのは、それから数秒も経たないうちの出来事だった。

 発言者はシーラだ。

 雷牙のあとを追って校舎の中を駆けてきたのであろう。

 激しく息を切らせながら、叩き付けるように彼女は叫んだ。

「あなた、ひとりでどこ行こうっていうのッ!」

「言うまでもありません。サミットの会場です」

 単刀直入に青年が応える。

「奴らはああやって各国首脳を脅迫することで、地球人の心に直接挑戦しているんです。銀河を守護する宇宙刑事として、そんな非道を許すわけにはいきませんよ!」

「だーかーらー」

 しかしシーラは納得しない。

 遮二無二タラップを這い上がり、鋭い目線で雷牙に詰め寄る。

 身を乗り出して彼女は問うた。

「そもそもサミットの会場がどこにあるかも知らないくせに、いったいどこで何しようっていうのよッ!?」

 「うッ! それは──」と、咄嗟に青年は口籠もった。

 彼女の主張が、まったく非の打ち所のない正論だったからだ。

 一瞬とはいえ思考が止まる。

 それは、明晰な頭脳を持つ若き宇宙刑事をして、「希有なこと」と言わしめるだけの間隙だった。

 そして、そのわずかな機会に金髪娘はつけ込んだ。

 機長(雷牙)の意思などおかまいなしに座席へ乗り込む。

 タンデム複座の後部座席だ。

 有無を言わせずヘルメットを被り、ハーネスでおのれの身柄を固定する。

 それら一連の動作に要した時間はわずか十余秒。

 予期せず発生したこの状況変化に、さすがの雷牙もはほとんど反応できなかった。

 ただ驚きの感情をその相好に表すのみだ。

 腰を捻って座席越しに対峙しながら、疑問の言葉を彼は放った。

「ちょ──シーラさん! いったいそれは何のつもりですかッ!?」

「なんのつもりもへったくれもないわよ。わたしも一緒に行ってあげるって言ってんのッ!」

「なんですってェェェッ!」

 驚声が彼の口から迸った。

 目を見開きつつ、発言の主を詰問する。

「正気ですか!? 遊びに行くんじゃないんですよッ!?」

「正気かどうかは自信ないけど、自分が何しようとしているかはわかってるつもりよ」

 シーラはあっさり言い切った。

 その答えに対し「はァ!?」と唖然とした声を上げる居候に向かって、彼女はなおも言葉を続ける。

「雷牙。あなた、『郷導者』って知ってる?」

「ええ、いわゆる案内役のことですよね」

「そ・の・と・お・り!」

 なぜか自慢げにシーラは応えた。

「でね、むかしの軍隊は見知らぬ土地を進軍する時、その土地のことをよく知る地元のひとを郷導者、要するにガイドとして雇うことが多かったの。有名な孫子の兵法にも『郷導を用いざる者は地の利を得ること能わず』ってあるくらいに、その役目はとっても重要なものだったわけ。そりゃそうよね。導き手なしで知らない土地に足を踏み込むなんて、灯火なしで暗い夜道を行くようなものだもの」

「あらら。これはまた随分とお詳しいんですね。正直、意外でした」

「これでも立派な三国歴女だったのよ。六十巻あるコミックスも、子供の頃からすり切れるほど読んだんだから。ちなみにわたしは蜀の牙門将軍・王平のファンでね。あの実直でプロフェッショナルな雰囲気がもうたまらなくてたまらなくて──って、なんでわたしこんな話しちゃってるわけ! 不意打ちで誘導尋問仕掛けるなんて卑怯よ、雷牙ッ!」

「えッ! シーラさん、それってあんまりな言いがかり……」

「うるさいッ! 言い訳無用!」

 脱線の顛末を逆ギレで粉砕したシーラは、わざとらしく咳払いをひとつしたのち、話題を本筋に引き戻した。

 しらっと体裁を整えつつ、努めて平然と自論を説く。

「え~、つまりね。今回のミッションの場合、知らない土地に赴こうとしているあなたにも、ちゃんとした郷導者が必要なんじゃないかって考えたわけ。でね──」

「その役目をあなたが引き受けようってことですか?」

「そ」

 シーラは大きく頷いた。

「いまから適任を探すのなんてどうせ不可能だし、これがベストとは言えなくても、よりベターな選択ではあるでしょ?」

「危険すぎます!」

 一刀両断に雷牙が応じる。

「もしあなたの身に何かあったら、僕はいったいどうすればいいんですか? 一方的なこちらの都合にシーラさんを巻き込むなんて絶対にできませんよ!」

「もうとっくのむかしに巻き込まれちゃってるわよ。な~にをいまさら」

 しらけた口調で少女は言った。

「それにさッ、地球を守るあなたの手助けをするっていうことは、早い話がこの惑星ほしを守ることとイコールってことになるわけじゃない。このシーラさんはね、あなた(宇宙刑事)に守られてる当事者(地球人)の一員として、単なる傍観者のままでいられるほど図々しくできてないの。どうせ危ない目に遭わなきゃいけないのなら、せめてそのきっかけぐらいは自分の意志で作りたいのよ」

「……」

「どう? 何か言いたいことある?」

「ありません」

 深々とため息を吐き雷牙は答えた。

「ここで僕が何を言っても、いまのあなたが聞き入れてくれるとは思えなくなってきました。ひとまずは前向きに考えることにします」

「そうこなくっちゃ!」

 ぱちんと指を鳴らすシーラの態度に、青年はがくりと肩を落とすしかなかった。

 「トホホ……」という嘆きの声が、ずるりとその口腔から漏れ出してくる。

 だがこの若き宇宙刑事が嘆息していたのは、ちょうどその瞬間までだった。

 意志の力で自らを立ち直らせた彼は、語り口を改めシーラに告げる。

「シーラさん」

 強い口調で雷牙は言った。

「これよりあなたを、僕の名において『宇宙刑事補佐』に任命します」

「宇宙刑事……補佐?」

「はい」

 青年は答えた。

「危ない場所への同行は許容します。ただし、その交換条件として、あなたには僕の指揮下に入っていただきます。それが認められなければ、この話はなし。すぐにこのオウリュウから降りてください。宜しいですね?」

「妥当なところね。了解したわ」

 満足げに少女は笑った。

「で、具体的に何をすればいいわけ?」

「まずは、これを受け取ってください」

 そう言って雷牙が取り出してきたもの。

 それは、全長にして三十センチはありそうな、無骨で黒い自動拳銃だった。

 あまりの大きさに、シーラはそれが人間の用いるものではないような気がした。

 軽く息を飲んでから彼女は尋ねる。

「これは?」

「宇宙刑事の標準兵装、個人携行型汎用砲・ファイヤーマグナムです」

 銃身のほうを握ったそれをシーラに向かって差し出しながら、真顔になって雷牙は告げた。

「総弾数は七発。使用される専用爆裂徹甲弾は、装甲目標以外の大半を撃破可能です。機界獣に対してならともかく、ザッコスどもが相手なら十分以上に効果的でしょう。大事に使ってください」

「う、うん」

 恐る恐る銃を受け取った少女の手中に、そのサイズからは想像もしていなかった異様な軽さが来訪した。

 それは、地球上の物体ではおよそ考えられないほどの違和感だった。

 たとえ子供用のおもちゃであっても、到底このレベルには及ぶまい。

 感触自体は間違いなく金属のそれなのに、実際は何でできているというのだろう。

 宇宙刑事の説明によれば、グリップの根元にあるボタンを押すことでこの大型の拳銃は格納モードという形態に変化するらしい。

 さっそくその機能を試したシーラの目の前で、ファイアーマグナムは数センチ四方の立方体へと姿を変えた。

 なるほど。この程度の大きさなら、スカートのポケットに忍ばせておくことも十分可能だ。

「それともうひとつ」

「まだあるの?」

「こちらのほうが重要です」

 続いて雷牙が手渡してきたのは、手首に着用する形の装身具であった。

 いや、形状だけ見ると、装身具と言うよりは手甲のほうに近いかもしれない。

 言われるがまま左のリストにそれをはめると、白銀色の金属部分が手の甲をすっぽりと覆ってしまう。

 その中央には、ルビー色に輝く立派なクリスタルが填まっていた。

「綺麗ね。なんのお守りかしら?」

「それは、僕のドラゴクリスタルを複製したダミークリスタルです」

 雷牙は言った。

「それを身に着けてさえいれば、あなたも僕と同じようにブーストアーマーを召喚する権利を与えられます。もちろん、呼び出せるのはフルスペックのものではなく、あくまで限定的な能力を持ったモンキーモデルではありますが」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!」

 シーラが突然顔色を変えた。

「それってつまり、これを持ってると、あなたみたいに『龍神変ッ!』って変身することができるようになるってわけ?」

「平たく言えばそうなります」

 その問いかけに青年は答えた。

「僕も一緒に行っている以上、決して危ない目に遭わせるつもりはありませんが、それでもいざという時には、シーラさん自身で自分の身を守ってもらわなくてはならないこともあるでしょう。いったん宇宙刑事補佐の身分を受け入れた限りは、あなたのほうでもそれなりの覚悟をしておいてください」

「う、う~ん……そういうのは重々わかってるつもりなんだけど」

「何か不安でも? なんならいまからでも遅くはありません。オウリュウから降りて、午後の授業に戻られてはいかがです?」

「いや、不安なのはそっちのほうじゃなくってさァ」

 唇をもごもごさせつつ、言いにくそうにシーラは告げた。

「ブーストアーマーだっけ? 場合によっては自分もあの質の悪いコスプレみたいな格好しなくちゃならないのかなって思ったらさ、なんだかこうね、無性に抵抗感が出てきちゃったというかなんというかかんというか」

「そんなことを気にする余裕があるのなら大丈夫そうですね」

 いまにも頭を抱えそうな顔付きで雷牙が言った。

「もっとも、それはそれで大問題のような気もしないではないですが……」


 ◆◆◆


 やがてふたりを乗せたオウリュウは、ジェット噴射の爆音を盛大に轟かせつつ大空めがけて舞い上がった。

 機首を巡らせた先は言うまでもない。

 サミットが開かれている北の大地だ!

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