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翔龍機神ゴーライガー  作者: 石田 昌行
第四話:墓前の花は、獣の臭い
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墓前の花は、獣の臭い4-3

 「タマおいで~。ご飯だよ~」というシーラの呼びかけに応じていそいそと姿を現したのは、大きな瞳をくりくりと輝かせた一匹のオス猫だった。

 どうやらアメショーアメリカンショートヘアの雑種らしい。

 それは長い尻尾をまっすぐ上にぴんと立てつつ、少女の足元めがけて足早に駆け寄ってくる。

 シーラの自宅のLD(リビングダイニング)

 その一角でしゃがみ込んだ金髪姫が、彼の来訪を満面の笑みで迎撃した。

 伸ばした右手で、その喉元をくすぐるように愛撫する。

 ごろりと仰向けに転がって、オス猫は気持ちよさそうに目を細めた。

 喉を鳴らして愛嬌を振りまく。

 それを認めたシーラもまた、にんまりと頬を緩めて彼に応えた。

 猫缶をあけたプラスチックの容器を、もう一方の手で床上に置く。

 跳ね起きたオス猫が、彼女の手を振り切るようにして器の側へと突進した。

 製品キャットフードに与えられた「猫まっしぐら」という宣伝文句に嘘偽りなどはなさそうだった。


 ◆◆◆


 冷たい小雨が降りしきる一昨日の夕暮れ時。

 玄関先でずぶ濡れになっていたオスの野良猫に「タマ」というベタな名前を授けたのは、学校から帰宅したばかりのシーラだった。

 その日、人肌のミルクと乾いたタオルでこの小さな客人をもてなしながら、恩着せがましく彼女は告げる。

「タマ~。タマタマタマタマタマ~。おまえの名前はタマだぞ~。今日からわたしが、おまえのご主人さまよ。おまえのご飯も住むところもこのわたしがちゃ~んと面倒見てあげるんだから、おまえはそれに心から感謝して、きちんとお利口さんにしていないと駄目なんだからね。わかった? わかったら返事! ほら、『にゃ~』は? 『にゃ~』って言いなさい、タマ!」

 そんなシーラの無理強いに、思わず突っ込みを入れたのは雷牙だった。

「シーラさん、あんまり無茶振りはしないほうが──…」

 炊事に勤しむエプロン姿の宇宙刑事が、包丁を操りながらそう言った。

「その子の側にだっていろいろ都合があるでしょうし、こちらの意志を一方的に強要するのはあまり好ましくない行為だと思いますよ」

「う~ん、意思の疎通ぐらいはなんとかなるって思ったんだけど、甘かったか~」

 どこか本質のずれた雷牙の発言を、しかしシーラはあたりまえのように受け止めた。

 わざとらしく口先を尖らせ、冗談めいたぼやきの言葉を口にする。

「この子さ、見た目よりずっと賢そうな感じじゃない。だから上手に躾けたら、お互いコミュニケーションを取れる間柄になれるかもって考えたのよ。そしたらさ、番犬ならぬ番猫としてウチの防犯を任せられるし、場合によっては、本当に『猫の手を借りる』ことだってできるかもしれないでしょ?

 だから、唐突にチャレンジしてみたくなったの。もちろん、駄目で元々って奴で。

 一応、わたしだって二十一世紀に生きる文明人だから、動物たちと普通に会話するのが難しいってことぐらい、ちゃんと自覚してるわよ。

 でもさ、いざとなったらなかなか認めたくなくなるじゃない。自らの若さゆえの過ちって奴を」

「まあ、いろいろ無謀なチャレンジに挑むのはシーラさんの自由ですが」

 苦笑しながら青年が応えた。

「でも今回はそういった実用的な役割を振るんじゃなくって、もう少し彼に相応しい柔らかめの立場を与えたほうがいいんじゃないかって、僕なんかは思ってしまうんですけど」

「柔らかめって、例えば?」

「そうですねェ」

 少しだけ小首をかしげて雷牙は言った。

「いまシーラさんが口にした役目を現実の警備員や便利屋さんの仕事になぞらえたとしたら、歌手とか俳優さんみたいに誰かを楽しませたり和ませたりする仕事なんかがそれに当たるんじゃないでしょうか」

「わかった。要するにあなたは、この子を癒やし系のペットとして扱うべしって言いたいわけね」

「平たく言えばそうなります」

「平たく言わなくてもそうなるわよ」

 ミルクを飲み終えたオス猫が、「な~」と甘えた鳴き声をシーラに向かってに投げかけてきた。

 おかわりを要求しているのだろうか。

 その狭い額を指先でなでながら、確かめるように彼女は言った。

「つまりあなたの言葉に従えば、この子は、この家の世帯主であるわたしにとって直接雇用の正社員って立場になっちゃうわけか。それっていわば、家族と同様ってことよね」

 小悪魔的な表情が、その相好をたちまちのうちに支配する。

 唐突に破顔したシーラが、オス猫に向かってこれみよがしに語りかけた。

「いや~、いきなり偉くなっちゃったね~、タマ。わたしの家族になったってことは、この家の立場的には、わたしに続くナンバー・ツーになっちゃったってことだぞ。上から数えて、ワン(わたし)ツー(おまえ)スリー(あいつ)。どうやら言い出した本人も納得してるみたいだし、これからは思う存分、あそこにいる居候の非正規社員をこき使ってやりなさいな」

「シーラさんの中のヒエラルキーでは、僕は愛玩動物以下なんですね……トホホ」


 ◆◆◆


「シーラさん。出発の準備ができましたよ」

 轟雷牙がシーラのいるLDに入ってきたのは、タマが与えられた餌にかぶりついた、

 まさにその瞬間の出来事だった。

 おもむろに立ち上がった少女が、振り向きざまに返事する。

「うん。じゃあ、いますぐ着替えてくるから、先にガレージのところで待っててちょうだい」

 そう告げた彼女が雷牙の待つガレージにやってきたのは、それからおよそ数分後の出来事だった。

 学舎に向かうわけでもないのに、なぜか学園指定のセーラー服を身にまとっている。

 疑問に思った宇宙刑事が、ひねりのない質問を発した。

「あれ? ひょっとして目的地は学校なんですか?」

「違うわよ」

 シーラがすぱっと即答する。

「とにかくあなたは、黙ってわたしに付いてくればいいのッ」

 雪姫シーラが遠出の意志を表明したのは、先週末の夕方だった。

 期日は、その日から見て次の週の土曜日に当たる日。

 「あなたにも付き合ってもらうから、そのつもりでいてちょうだい」と、彼女は雷牙に対して同行を求めた。

 およそそれは、有無を言わせぬ口振りであった。

 彼女の口から具体的な目的地は告げられなかった。

 が、雷牙のほうからそれを詰問することもなかった。

 秋晴れの空が広がる当日。

 シーラの運転するスポーツカーに乗ったふたりは、タマに留守居を任せたまま雪姫邸をあとにした。

 それは、午前中の早い時間帯のことであった。

 その足ですぐさま高速道路に乗り、いくつかの県境を跨いだのちに、ふたりを乗せたスポーツカーはN県N市に到着する。

 途中のサービスエリアで簡単な食事を済ませ、インターチェンジを降りた頃、時刻はもうお昼近くになっていた。

 運転中のシーラは、なぜかほとんど口を開くことがなかった。

 どこか遠くを見ているような眼差しで、黙々と運転操作に従事していた。

 何か理由があるのだろうな。

 いつもの彼女とは明確に違うその雰囲気に何か感じるものがあった雷牙も、意識してその姿勢に同調することにした。

 だから、サービスエリアでの食事の際、少女が小さく「ありがとう」と感謝の言葉を口にした時も、あえて必要以上の反応を返す素振りは見せなかった。

 一般道を走ること、さらに一時間余り。

 シーラの駆るスポーツカーは、市街地を遠く離れた山間の一角に到着した。

 山村というのもおこがましい、野山に囲まれた緑の僻地だ。

 かろうじて舗装が成されてある細い道をなおも行くと、その突き当たりに場違いとも思える建物が見えてきた。

 年代物の洋館。

 いや、あれは古びた教会のそれに間違いない。

「ここよ」

 何時間ぶりであろうか。

 未舗装の空き地に愛車を停めた美少女は、助手席に座る居候に向け会話らしい会話を振った。

 そのままクルマから降り、トランクから白百合の花束を取り出した彼女は、「付いてきて」と短く雷牙を促すと教会の裏手のほうへ足を向ける。

 シーラに追従した彼がそこで目の当たりとしたものは、広葉樹林を切り開いて作られたと思われるこぢんまりした広場だった。

 よく手入れされているのがひと目でわかるその場所には、二桁を超える墓石が実に整然と並べられている。

 そう、そこは墓所──教会の管理する霊園であったのだ。

 静寂の支配する空間に足を踏み入れたシーラは、そのまま歩みを止めることなく、とある墓石の前までやってきた。

 大理石で作られたプレート型のそれには、マタイによる福音書・第五章にある一節が故人の名前とともに刻まれてある。

 俗に「山上の垂訓」とも呼ばれているイエスの言葉だ。

 少女はその場で膝を折り、携えてきた白百合の束を墓石に添えた。

 だが、祈りの言葉を口にはしない。

 故人の冥福を願うのではなく、あくまでも神に対して祈りを捧げるを目的としたキリスト者の墓参りとして、それは明らかに異端の姿勢にほかならなかった。

 そんな彼女に向かって、雷牙が尋ねた。

「シーラさん、このお墓はいったい?」

「わたしのパパとママのものよ」

 振り向きもせずシーラは答えた。

「もう十年も前になるわ。夫婦水入らずで旅行に行くって出かけたっきり、パパも、ママも、わたしの前からそろって姿を消しちゃったんだ。まだ小さかったわたしを置いて、ふたりとも、夜空の星になっちゃった。飛行機事故だって聞いたわ。場所はね、海の上だったんだって。だから、あのひとたちの亡骸があの家に戻ってくることもなかったわ。

 パパはね、ママの再婚相手だったんだ。

 いまでもおぼえてる。血縁上のわたしの父は、年中酒浸りで働きもしない、正真正銘のろくでなしだった。朝から晩までママを働きづめにしておいて、そのくせ何か気に食わないことがあったらすぐ暴力を振るう、そんな最低中の最低男だった。

 あのひと(パパ)は、そんな地獄からわたしとママを救い出してくれた。

 わたしたち親子に新しい家と新しい家族と新しい未来とを与えてくれたうえに、惜しみない愛情まで注いでくれた。

 家族みんなでこの国に移り住んで、生まれて初めて幸せってものを感じた。

 幸せって本当にあるんだなって、子供心に本気で思った。

 優しいパパにぎゅってしてもらって、その傍らでママが笑いながらご飯の用意なんかしちゃってる──そんなどこにでもある幸せな家庭を実感できるんだから、言葉の壁なんてどうってことはなかった。苦にも思わなかった。むしろ、この国の言葉をどんどん使えるようになっていくのが本当の意味であのひとの娘になって行けてる証みたいな気がして、そのことがもう嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

 一年も経たないうちに、もう血縁上の父親なんてどうでもよくなってたわ。

 わたしがこの世で父親と呼べる男の人は、あのひとだけでいいと思ってた。

 いまのこの関係こそが真実であって、それがこれからもずっと続いていくものなんだって、なんの根拠もなく信じ切ってた。

 でも神さまは、そんなわたしをこっぴどく裏切った。わたしの人生から、あのひとを、かけがえのない本当のパパを奪った。あのひとだけじゃないわ。苦しい生活のなか、必死になってわたしを護って育ててくれた大切なママまで奪った。

 とある偉い神父さんから、『これは試練なんだ』って言われたわ。これは、わたしが人間としてステップアップするために主が与えたもうた試練なんだって。

 そのひとは言ったわ。

 神さまは、乗り越えられるだけの試練ハードルしか与えない。だから、愛するひとを失ったことをただただ嘆き悲しむのではなく、その哀しみを、苦しみを授けてくださった主の御心をまっすぐ信じ、決して疑わず、前向きに人生を歩いて行かなくちゃいけないんだって。

 でもさ、それって言っちゃ悪いけど、綺麗事以外の何物でもないよね。こんなこと言うと樹先生からは『もう尼僧院に来なくていい!』なんて言われちゃいそうだけど、わたし、心の底からこう思うの。神さまっていうのは、わたしたち人間に意地悪しかしてくれない存在なんだって。

 だってそうでしょ? 神さまが、もし本当に全知全能の存在だったとしたら、どうしてわたしのパパとママを助けてくれなかったの? どうしてわたしの大切なふたりを天に召されたりしたの?

 それがわたしに対する試練なんだって言うのなら、わたし、そんな試練なんていらなかった。

 それがわたしの成長の糧なんだって言うのなら、わたし、そんな思いしてまで成長なんかしたくなかった。

 もちろん、カトリックの精神が間違ってるとは思わない。むしろ、ひとというものを活かすための、とっても素敵な戒めだと思う。誰かに勧めて悔いのない、恵みに満ちた素晴らしい教えだと思う。

 でも、それとこれとは話が別なの!

 わたしはね、キリストの教義自体には、はっきりと敬意を捧げるわ。必要とあれば、いくらだって祈りの言葉を送らせてもらう。

 だけど、神さまを好きになることだけはできない! 絶対にできない!

 それをしちゃうと、パパとママの死が正しかったってことを、わたし自身が認めることになっちゃうから!

 だからわたしは、この場所に来るのが嫌いだった。ここは、逝ってしまったパパとママとを悼む場所なんかじゃなく、大嫌いな神さまに感謝の祈りを捧げる場所にほかならないから──」

 そんな彼女に雷牙が語りかけたのは、それより少しだけ間を置いてからのことだった。

 「じゃあ」という接続詞を皮切りに、青年は少女に向かって問いかける。

「今日はどうしてこの場所へ?」

「あ……あなたを紹介するために決まってるじゃない……」

 ぼそりとシーラは言い切った。

 「えっ?」と再確認を試みた雷牙の声に反応して、彼女はさっと立ち上がる。

「か、勘違いしないでよねッ!」

 振り向きざまにシーラは叫んだ。

 顔中を真っ赤に染めながら、胸付き合わせるように雷牙へ迫る。

「べ、別に変な意味で言ってるわけじゃないからッ! ただ、一緒に暮らしてるのは事実だし、これまでいろいろ助けてもらった恩があるのも事実だから、天国のパパとママにあなたのことを紹介するのが筋だと思っただけなんだからッ! そ、そこに特別な意味なんてないんだから、誤解して変な想像するのはやめてよねッ! わかった!? わかったら返事ッ! 三秒以内に返しなさいッ!! ひとつ!、ふたつ!、みっ──」

 けたたましくもある金髪娘の剣幕に、轟雷牙は思わず怯んだ。

 SS級の宇宙刑事ともあろう者が、「わかりました。わかりましたから、そんなに興奮しないでください」と宥和の言葉を口にする。

「わかればいいのよ!」

 興奮気味にシーラは言った。

「わたし、これから神父さんのところ行って掃除道具借りてくるから、それまでここで待っててちょうだい。いいことッ! 変なこと考えちゃ駄目なんだからねッ! あなたのことは信じてるけど、一応釘だけ刺しとくからッ!」

 一方的に言いたいことだけ言って踵を返したシーラの背中に、雷牙は「やれやれ」と言わんばかりの表情を向けた。

 片手で頭をかきながら、大股で歩み去って行く美少女の姿をしばらく見送る。

 その柔和な顔付きが不意に崩れたのは、少女の姿が彼の視界から消え失せた、まさにその矢先でのことだった。

 雷牙は、おもむろに身体の向きを変えると、足元に鎮座する墓石の表面に視線を落とした。

 そこに刻まれた男女の名前を声に出さずに読み上げる。

 雪姫悠馬(ゆうま)

 雪姫アリサ。

 言うまでもなくそれは、故人となったシーラの両親の名だ。

 その一方に向け、青年は呟くように語りかけた。

「お久しぶりです、隊長。こんなところにおられたんですね」

 雷牙の眼差しがゆっくりと曇った。

 唇が真一文字に引き締められる。

 その直後だった。

 忘れようにも忘れられないいくつもの言葉が、彼の脳裏で鮮明に蘇ってきたのは──…


『雷牙ッ! 宇宙刑事警察機構があくまでもおのれの正義を曲げぬというなら、この私もまた、自らの正義に殉じて妻と娘を護ってみせる! たとえ……たとえこの肉体が砕け散ろうともだッ! 龍神変ッッッ!!!』


『アリサッ! アリサ、アリサ、アリサ……アリサァァァァァァッッ!!!

 どうだッ! これで満足かッ! これがッ、これが、おまえの信じる正義だというのかッ! ただその縁者に忌まわしき血が流れているという理由だけで、罪なき者の命まで奪う。それがッ、それが、おまえの信じる正義だというのかッ! 答えろ雷牙ッ! 答えろォォォッ!!!』


『雷牙……もし、もしもだ。まだ私のことを隊長と呼んでくれる気持ちが残っているのなら、おまえに、いま一期の頼みがある。あの子を……あの子の未来を……あの子が健やかな明日を過ごすべきこの星を……おまえの手で、護ってやって欲しい。おまえなら……できるはずだ……』


 鉛の塊にも似た重量感が、雷牙の胸中を圧迫した。

 指先が食い込むほどの強さで両の拳が握り締められる。

 その片方、右手のそれからゆるりと力が抜けたのは、数秒が経ってからのことだ。

 彼は胸の高さでその手を開き、重い目線をそちらに向けた。

「隊長……いまも、むかしも、そしてたぶんこれからも、僕はずっとあなたの部下です」

 じっと掌を凝視しながら青年は呟く。

「だからなんでしょうね。僕もいま、あなたと同じ道を歩き出そうとしています。それが本当に正しい道なのかは、莫迦な僕にはわかりません。でも莫迦は莫迦なりに、僕はその道が正しい道だと信じています。あなたと同じ決断をした自分を、いま誇らしいとすら思っています。

 隊長。これが贖罪になるとは思っていません。こんなことで自分の罪が償われるとは思っていません。だけど、できれば奥さまとともに見守っていてください。あなたたちがいる、その星空の彼方から──」

 そんな雷牙を現実世界に呼び戻したのは、雪姫シーラの放つ斬り落としたようなひと言だった。

「何黄昏れてるのよ、雷牙」

 はっと我に返った青年が肩越しに振り向いたその先で、金髪の美少女はつんと口先を尖らせて立っていた。

 その手には、タオルやスポンジ、ゴミ袋などの入った青いポリバケツがぶら下げられている。

 さほどの重量ではないのだろうが、それでも結構な()()にはなっているようだ。

 シーラが不機嫌そうに見えるのも、おそらくそれが原因であろう。

 命令口調で彼女は言った。

「わたし、これからお墓の水洗いするから、あなたはこのバケツに水汲んできて。で、それが終わったら、このあたりのゴミ拾いをお願いするわ。周りの林から落ち葉とかたくさん飛んできてるから、大変だろうけど気張ってやってね」

「あ、はい。いますぐ!」

 いそいそとバケツを受け取り、敷地外れの蛇口へと雷牙は向かった。

 両手を腰にそのさまを眺めていたシーラの視界の片隅で大きな何かがもそりと動いてみせたのは、ちょうどそんなおりの出来事だった。

「何かしら?」

 無性にその存在が気になった彼女は、改めてそちらのほうに目を懲らす。

 墓地を囲む広葉樹林。

 その木々の向こうにそれはいた。

 ただし、この場所からはその全体像をうかがい知ることはできない。

 狸かな?

 それとも狐?

 でも、その割りにはちょっと大きすぎるかも。

 まさか熊?

 まさかね。

 このあたりに熊が出るなんて聞いたことないし。

 好奇心に突き動かされ、シーラは林の縁に向かって歩を進めた。

 ここは日本だ。

 よもや人間を害するほどの生き物と出くわすことなどまずあるまい。

 そんな先入観が彼女の行動を裏打ちしていたことに間違いなかった。

 だがそんな少女の常識は、次の瞬間、木っ端微塵に打ち砕かれた。

 近付くシーラの歩みに応じて木々の間からぬっとその姿を現したもの。

 それは紛うことなき、一頭の虎であったからだった。

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