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伝言
作:いえやす


 久しぶりの酒の席。
 隣に座っていた同期の三沢がふと思い出したように口にした。

 「そういえばさ。知ってるか?
 営業2課の鈴木のこと」

 ああ、とおれは軽くうなずいた。
 名前と顔ぐらいは知っている。
 ろくに話したことのないヤツだった。
 たしか一月前くらいに亡くなったと聞いた。

 「交通事故だったってな」

 「ああ。
 そういえば、鈴木が死ぬ前に妙なことを言ってたってこと思い出したよ」

 「妙なこと? 」

 三沢はその後しばらく黙り込んだが、また急にしゃべりだした。

 「鈴木の友達に医者がいて、そいつの話なんだ。
 その医者が急に仕事を休んで家に引き篭もり始めたらしい。
 鈴木が様子を見に行ったとき、医者が理由を教えてくれたんだと。
 ある日、医者がたまたま身寄りの無い百歳超えた老人の臨終に立ちあった時。
 臨終の瞬間、それまでまったく意識がなかったその老人が、急に目をカッと開いて、ものすごい力で医者の腕をつかんだんだって。
 医者はとっさのことで抵抗できなかったらしい。
 老人は自分の口のところい医者の耳を持ってきて、最後に一言つぶやいたらしいんだ。
 その一言がどうしても忘れられないんだとさ。
 そのうち夜も眠れなくなって、仕事もできなくなったらしい」

 「なんて言われたんだ? その医者」

 「それが、どんなに聞いても医者はその一言を教えてくれなかったらしい」

 「なんで? 」

 「さあ?
 鈴木もしつこく尋ねたんだが、医者は頑としてしゃべらなかったそうだ」

 「へえ」

 他に言葉も浮かばない。

 「つまらないか?
 この話には続きがあるんだよ。
 それで、その後、その医者自身も病気だか事故だかで死んだらしいんだ。
 たまたまそのとき鈴木がその場に居合わせたんだと。
 医者が死ぬ間際に口をパクパクさせてて、鈴木が耳を近づけてみたら。
 そしたら最後に一言、しゃべったそうだ」

 「そしたら? 」

 「いや、話はそれで終わり。
 鈴木が言うには、医者が残した一言は例の老人から聞いた一言に違いないってことなんだが。
 内容については教えたくないって」

 「なんだそれ? 」

 「さあな。
 聞かない方がいいとも言ってたな。
 それでそのまま死んじまった」

 「本当か? その話? 」

 「ああ、もちろん。
 でも、俺が直接聞いたわけじゃない。
 川口から聞いたんだ」

 「川口から? 」

 川口は三沢と同じく俺の同期だった。

 「ああ、川口がやけにこの話を気にしていたなって思い出してね」

 「そういえば……」

 俺はふと思い出した。
 鈴木が交通事故にあったとき、それを通報したのが川口だと聞いた気がする。
 
 「鈴木は即死だったのかな? 」

 「どういうことだ? 」

 「いや、川口は鈴木の最後に居合わせたんだろう? 
 だったら、最後になにか聞いたのかなと思ってね」

 「さあな。
 川口に聞いてみろよ」
 
 三沢に促され、俺は遠くに飾られていた川口の写真を見た。
 モノクロの黒服を着た川口の写真。
 川口は数日前の夜に通り魔に刺されて死んでいた。
 今日はその通夜。
 弔問客たちは少しずつ帰り始め、人もまばらになって来ている。

 「絶対になにか聞いたよな」

 「さあ、知らねえよ」

 「お前気にならないのか? 」

 「別に。もう……」

 「もう? もうってどういう意味だ? 」

 「…………」

 三沢は言葉を濁した。

 「待てよ。お前。
 お前、まさか聞いたのか? 川口から」

 老人から医者に、医者から鈴木に、鈴木から川口に伝言された一言。
 他の奴らと同じように、川口も教えてくれなかったはず。
 それが次の人に伝えられるのは、その人が死ぬ時。
 川口も死に際でなければ、その言葉を教えてくれなかったはず。
 通り魔に襲われた川口の最後の言葉を聞けた人物は、通り魔だけ。

 「お前、まさか……。
 お前が川口を……」

 三沢は一気に表情を険しくした。

 「なに言ってるんだ。
 馬鹿じゃないのか? お前。
 俺が川口を?
 ふざけんな! 」

 急に声を荒げた三沢に周囲にいた通夜の客がいぶかしげに振り返る。

 「いいや。
 お前だ。お前が川口殺したんだ。
 あの一言を聞くためにな」

 「話にならん! 」

 三沢はそう言って席を立った。
 俺は慌てて三沢を追いかけ、耳元にこっそりつぶやいた。

 「おい、大丈夫だよ。
 俺は誰にも言わないから。
 だから、なあ。
 なあ。
 俺にだけは教えてくれよ。
 川口は、あいつらは何を言ったんだ?
 なにを一言言い残したんだ? 」

 「……ふざけるな! 」

 振り返った三沢の顔は真っ赤だった。
 そう思った次の瞬間、俺は顔の右に衝撃を食らった。
 三沢に殴られた。
 そう思ったとき、頭の中でなにかが切れ、俺は三沢に飛び掛った。
 悲鳴が上がり、黒服の男達が慌てて止めに入るのが視界の端に見えた。



 それから先のことはあまり覚えていない。
 床に倒れてぐったりとした三沢。
 三沢の頭からは大量の血が流れ出していた。
 俺は黒服の男達に押さえつけられ、叫んでいた。

 「離せ!
 離してくれ! 頼む!
 見ろ。三沢の口が動いてる。
 何か言うぞ。何か言うんだ。きっと。
 聞かせてくれ!
 一言なんだ!
 一言だけなんだ!
 あの一言を俺に聞かせてくれ!
 聞かなきゃいけないんだ! 
 離せ! 離せ! 」














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