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第五十一話 バラキン領侵攻準備②

 段蔵が進むはバラキン領の山中。

 大山脈に近いこの地はクレンコフとシチョフと同じく、領土の多くが山地である。

 そして男が走る所は大山脈の麓である。位置で言うとバラキン領の最東端になる。


 なぜ、わざわざこのような所を進むのか。

 端から見たら誰もがそう思うだろう。

 今彼は秀雄の特命を受け、チェルニー家、チュルノフ家へと親書を届けに向っている最中である。


 僅かに整備された街道にはもちろん関所が作られており、抜かりなく荷物が改められる。 

 そのためバラキン領を堂々と抜けることなどできるはずもない。

 

 敵国を跨ぎ使者を送る場合は大きなリスクが伴う。

 使者が捕縛されればその情報が筒抜けになるからである。

 であるから大抵は中立国を迂回して、使者を送ることになる。

 しかし今回のように、中立国を迂回するルートが採れない場合も多々ありうる。


 そういったケースでは、敵国の諜報網の強弱により多少は変化するものの、使者を送ることが難しいのが現状である。


 しかし松永家には単独でそれを可能にできる集団がいる。

 戸隠衆と呼ばれる面々だ。

 彼らは東方は旭国でも名うての忍であった。

 戸隠の里でも一握りの者しか到達できない、上忍の位に全員が到達していた。

 言い換えれば彼らは里の主力中の主力だったのである。


 しかし命を賭けて遂行した任務に与えられる報酬は微々たるもので、特に三太夫が一族は不満を溜めていた。

 全くもって割に合わないと。

 そんなとき、大陸を旅している娘の茜から文が入る。

 西方で松永秀雄という人物に仕えないかと。

 三太夫は彼が示す破格の条件を見て、初めは目を疑った。

 しかし茜が強く勧めたことと、松永という東方の生まれの者ならば、我らを理解してもらえると思い、一念発起して一族を連れ異国の地へと旅立ったのだった。

 そして無事松永家の家臣となった三太夫一族は、彼の元でその実力を思う存分に発揮しているのである。

 

 一族の継嗣である段蔵も三太夫と同様に彼に秀雄に恩義を感じており、彼の力になるべく、現在バラキン領の道なき道を前進しているのだ。


「はっ、はっ、はっ」


 段蔵は一定のリズムを刻みながら、木々の間をニュルリと滑り抜け、山林を進む。


 彼は思う。

 この程度は造作もないと。

 戸隠の里の近くには富士の樹海が広がっている。

 彼等はそこで毎日血反吐を吐くような訓練を積み重ねてきた。

 それに比べたらこの程度の山林など、片目をつぶっていでも抜けることができるのである。


 そして走ること僅か三時間程、段蔵は軽々と三十キロに及ぶ山林を走破したのである。

 

 

---

 


 段蔵がバラキン領を走っている頃、三太夫はエロシン領を抜け、コラー家、ミュラー家を迂回してドン家領へと侵入していた。

 

 三太夫が進む道のりは段蔵のそれと比べると、危険度が格別に高い。

 並みの忍ならば既に捕らえられていても不思議ではない。

 戸隠の里で一の実力持つ彼だからこそ、楽々と遂行しているように見えるのだ。

  

 彼はドン家の領都ボンに入るや否や、すぐさま使者の正装へと着替える。

 そして城へ向い、衛兵に松永家の使者であることを告げる。

 いきなりの来訪に衛士は疑いの眼差しを向けたが、三太夫は松永家の家紋である蔦紋を見せた。

 すると衛士も本物かどうかは分からないが、上に報告を入れないとまずいと思ったのだろう。


「しばし待たれよ」


 と告げ城へと入っていった。


 しばらくすると、なにやら位の高そうな人物が城から姿を現わした。

 その男は三太夫の前へと歩み寄り、自らを名乗る。


「ようこそ使者殿。私はドン家のクラマーと申す。この度は松永領からのご足労、労わりますぞ。それで使者殿はどのようなご用件で当家にこられたのだろうか」


 クラマーというなかなかの雰囲気を持つ男に対し、三太夫は秀雄から預かった親書を差し出す。


「私も殿の真意はわかりません。詳細はこちらに記されているかと存じます」


 するとクラマーは親書を受け取り、一言、


「この親書は私では開くことはできない。今から当主の下へ行き、ご判断を仰がねばならない。使者殿には部屋へとご案内するので、そこで暫し待たれよ」


 三太夫は衛士に来賓用の部屋へと案内させられ、そこで暫く時を過ごした。

 数時間は経過しただろうか、三太夫が少し待ちくたびれた頃、クラマーが戻ってきた。


「使者殿には申し訳ないが、本日はここで泊まって欲しい。今日限りでは結論が出そうにないのだ。明日には必ず何かしらの形で返事を出すので、急ぎのところ悪いが少し待って欲しい」


 と言われたので、彼は素直に受け入れることにした。

 そして翌日に、クラマーから秀雄に宛てられた親書を受け取り、城を後にした。


 しかしこのままマツナガグラードへ帰る訳ではない。

 彼はその足でホフマン家にも面会を求める予定である。


 ホフマン家はナヴァール湖西岸に位置する名家である。

 かなり前はナヴァール全域に影響力を与えられる存在だったのだが、ピアジンスキー家の台頭により、徐々にナヴァール東部の主導権を奪われていく。

 だが今においてもナヴァール西部の地盤は強固に確保している。

 そして度々、ナヴァール東部連合やドン家と小競り合いを繰り広げている。 


 ホフマン家はその歴史から他家を下に見る傾向が強い。

 そのため秀雄はあまり期待はしていなかったが、ドン家のついでに親書を送ることにした。


 三太夫はホフマン家の本拠地であるゼーヴェステン城へと到着した。

 そしてドン家と同じように、親書を携えて面会を求める。

 しかし帰ってきた言葉はあまりに横暴なものだった。


「現在我が当主は忙しい、三日後に再びくるように」


 なめられたものである。

 三太夫は何とか食い下がり、親書だけは渡すことができた。

 しかし待てども反応はない。

 予定の三日は過ぎ、五日後になってようやく返事の親書を受け取ることができたのである。

 

「早く秀雄様にご報告せねばいかん」

 

 日時を食ってしまったため、彼は親書を受け取るや否や、急ぎ秀雄の下へと駆け出した。



---


 これからバラキン家を攻めるのだが、一応チェルニー家とチュルノフ家に使者を送っておいた。

 これまで敵が間に挟まっていたため、思うように連絡を取り合うことができなかった。

 何とか事務レベルで、接触した程度である。

 

 両家は人口が少ないことと、防衛時には森に入りゲリラ戦を展開するため、他家からは旨みを感じられずに、エロシン家以外からは本格的な侵略は受けてはこなかった。

 しかし今回は違う。ウラールの情勢が変わったことで、チェルニー家とチュルノフ家は外交戦略を変えなければならないだろう。

 

 特にチェルニー家は地理的にいって、条件次第で我々に組してくれる可能性が高いと思っている。

 そのため段蔵に、バラキン家を共に攻めれば彼の地の三割を取り分として差し出す、というの破格の条件を記した親書を預けたのである。

 両家の国力から比較しても、精々二割を与えられれば御の字だと思うところを、三割というのだからぜひ受けてくれることを期待したい。

 

 またチュルノフ家にも同様に、エロシン家を共に攻め手くれればエロシン領の四分の一を譲り渡す、との親書を段蔵に送ってもらうことになっている。

 こちらも破格の条件だと思うが、チュルノフ家の置かれた状況はチェルニー家のように単純ではないので、受け入れられるかは微妙なところだろう。

 

 まあ、この二家にはあまり期待はせずに、自力でバラキン家を取ることを考えたほうが確実だろう。

 せめてチェルニーが参戦すれば儲けものだ、と思うくらいが丁度良いのだろうな。


 またそれと同時に三太夫にドン家とホフマン家に使者として向かわせることにした。

 敵領地を跨ぐため、危険な旅路となるが、今のうちに二家と連絡を取り敵対することは避けたいと思ったからである。

 追々戦うことにはなるのだろうが、今は対東ナヴァール連合との戦に集中するために、頭を下げておく必要があると感じたからだ。


 取り合えずはこちらからは、そちらに攻め込むつもりは無い、今後は仲良くしていきたい的なことを、へりくだった文章で書かせておいた。

 まずはこれで二家の反応を窺ってから、次の外交戦略を考えたいと思う。


 取り合えずその前に、バラキン家との決着を付けなければならないのだがな。

 最近、領土が急激に広がったせいか、やることも右肩上がりで増加している。

 しかしここで立ち止まる訳にはいかないと、気合を入れなおし、進軍準備を始めることにした。


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