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第四十八話 論功行賞前夜祭

 やはりそうは問屋が卸さないか……。

 もしかしたら有り得ると頭の片隅には入れていたが、実現する可能性は極めて低いと思っていた。

 それは無理も無いだろう。エロシン家とバロシュ家は不倶戴天の敵同士なのだから。

 

 そのような両家の関係を考慮に入れると、たとえ話が纏まるにしても暫く時を要するのではないかと推測していたのだ。

 しかしロジオンが己の身を賭けてまで、エロシン家の存続に闘志を燃やすとは想定外だった。

 実質エロシン家を操縦している彼が、ピアジンスキー家に人質になると言えば、あちらの首を横に振ることはできないだろう。

 それはエロシン家がピアジンスキー家に従属することになるのだから。

 

 ここでピアジンスキー家について触れておきたい。

 ピジンスキー家はナヴァール東部の土豪達の頭領的な存在である。

 現在も土豪らを纏め上げ国力に勝るホフマン家、ドン家、と遣り合っている。

 その遣り合う相手の中に、以前はエロシン家も入っていたのだが、今は昔だ。


 ピアジンスキー家は国力は低いものの、あることに秀でているために、ナヴァール東部に於いて頭領たる地位を占めている。

 それは豊富な騎馬である。

 ピアジンスキー領は北部の森から流れ出る栄養豊富な水資源の影響で、領内は牧草が所狭しと生えている。

 そのため、彼の地には古くから野生馬が多く暮らしていたらしい。

 そこに目を付けたピアジンスキー家の何代か前の当主は、馬を捕まえては囲い込み、繁殖を試みたそうだ。

 そして代を重ねるごとにそれが形を成し、今ではピアジンスキー家の屋台骨を支えるまでに成長したらしい。

 現在ナヴァール東部の土豪達は良質な馬を安価で提供されており、戦力の底上げに繋がっている。

 勿論、自身も良馬の恩恵を多分に受けており、彼の家の騎馬隊は平野部では無類の強さを誇るらしい。


 ピアジンスキー家に関してはこの位に留めておこう。

 近い将来には、嫌でも戦うのだろうから、そのときに詳細は残しておく。


 さて、また戦略を考え直さなければならないな。

 ピアジンスキー家の後ろ盾があるとなったら、エロシン家を滅ぼすことは容易では無くなった。

 

「ふう、これで一からやり直しだ。少し間を置こうか……」


 これは流石にコンチンにとっても想定外だったようで、黙りこくっている。

 今は頭をフル稼働させて、次なる手を考えているのだろう。

 

「ヒデオー、バラキンを攻めたらいいんじゃないのー?」


 するとリリが沈黙を破った。

 珍しい、妖精の直感かな。

 俺も地図を見た限りではバラキンを攻めるべきかとは思っている。


「リリが意見を言うなんて珍しいな。何か理由でもあるのかい?」

「うーん、山は馬が通れないから、援軍はこないんじゃないかなーって」


 なる程それは一理あるな。

 ピアジンスキー家の主力は騎馬隊だ。

 バラキン領もやはり大山脈に近いだけあり起伏が激しい。

 いくら良馬揃いと言えども、進軍速度はかなり落ちるだろう。

 そうしなければ馬を潰してしまうからな。 


「それは良い所に目を付けたな。えらいぞリリ」

「えへへー。そうでもあるかなー」


 俺はリリの頭を撫でてやる。

 マルティナが羨ましそうにこちらを見つめているな。

 仕方無い、今夜は急遽ねじ込むとしよう。

 

「えー、私もリリ様の提案に賛同します。付け加えるならば、バラキンを倒した後はチェルニー、チュルノフを何らかの手でこちらに引き込むが得策かと……。ガチンスキーに関しては、クリコフ家とバロシュ家が控えてますので攻めにくいかと思われます」  


 まあそれが無難だよな。 

 ガチンスキーを攻めるという手もあるが、そうするとバロシュ家からの援軍が厄介だ。

  

「お前もそう思うか。ならば次はバラキンだな。しかし今は旧エロシン領をまとめるので手一杯だ。三百程なら何とか出せるが、これだけでは援軍を考えると心許無い。とりあえずバラキンとガチンスキーには使者を立て従属を促してみよう」


 するとコンチンは無言で頷く。

 マルティナは特に何も言わないので問題無いだろう。

 リリは私の仕事は終えたとばかりに、俺の頭の上で寝転がっている。

 サーラはおろおろしているだけだ。


「特に意見も無いようなので、今日はここまでにしよう。詳細は皆が戻ってからだ」

 

 そういい残し、俺は部屋から退出する。


 コンチンはまだ部屋に残り、地図を見つめながらブツブツ呟いていた。

 こいつには世話になっているから、後で美味い物でも差し入れしてやろう。 



---



 エロシン家がピアジンスキー家と結んだため、進軍は中止になった。

 三太夫には悪いが、再び敵地に飛んでもらい情報収集をしてもらっている。

 バレスらが戻るまではもう暫くかかるだろう。

 

 その間にバラキン家とガチンスキー家へと送った使者が帰ってきた。

 結果から言うと駄目だった。

 既にピアジンスキー家からの根回しが済んでいたようだ。

 地理的にバラキン家に関しては芽があると思っていたのだが、門前払いされてしまった。

 恐らくシチョフ家に対する仕打ちが気に食わなかったのだろうか。

 少なからず、当家に恨みを持っているようである。

 

 またスラム街の亜人達の対策も目処が立った。

 彼等には旧クレンコフ領へ移ってもらう事にした。三太夫に与えた知行地である。

 現在松永家に忍は五人しかいない。

 三太夫のつてを頼って、近い内にさらに数人は加入する予定ではいるが、既に五人では回らなくなってきている。

 そのため、将来を見据えて身体能力の高い獣人達を忍として育成することにしたのだ。 

 

 勿論強制はしない。

 彼等に俺から直接話し通し、納得してもらった上でのことだ。

 子供達からは殆ど同意してもらっている。

 

 非力で力仕事が向かない女性には、別の職を斡旋するつもりだ。

 既に何人かのお姉さんには同意を取り付けている。

 ふふふ、どんな仕事か気になるだろう。

 彼女達は温泉街で働いて貰う予定になっている。

 所謂コンパニオンと言う奴だ。

 あくまでコンパニオンであって、スーパーとかは付かないから安心してくれ。

 これは俺が考える温泉街の観光地化計画には不可欠な事項なのだ。

 

 スラムの住民に関してはこんなところである。



---



 十日が経過した。

 その間、エロシン家やピアジンスキー家に目立った動きは無い。

 

 既に領内の村々も松永家に帰属を誓い、主だった面子もマツナガグラードへと戻ってきた。

 最終的にエロシン家を滅ぼすことはできなかったが、旧エロシングラードを奪取したのだから上々の結果だろう。


 明日はロマノフ家からエゴール、アキモフ家からはボリスを呼び寄せて論功行賞を行う予定である。

 二家は素直に召集に応じた。

 ということは松永家を格上として認めたことにもなるだろう。

 

 今夜は前夜祭を行う予定だ。

 参加者は主だった家臣に、今回手柄を立てた面々である。

 

 既に会場には出席者が到着しているようである。

 後は俺が最後に入場し、挨拶を行う予定である。

 そろそろ出番のはずだ。


「皆さんお待たせ致しました。これから松永家当主、秀雄様からご挨拶があります」


 司会のコンチンが俺を紹介する。

 すると緞帳が上がり俺の姿が顕になる。

 恥ずかしいが、これも必要な演出なのでしょうがない。

 

「皆さん今晩は、松永秀雄でございます。此度の戦は皆の奮闘があり勝利を勝ち取ることができました。それを労い、ささやかですが御持て成しの用意をさせていただきました。今日は存分にお楽しみ下さい。では今後の三家の繁栄を祈り、乾杯!!」


『乾杯!!』


 無駄な演説は不要とばかりに、早めに演説を切り上げる。

 今回は全員に挨拶回りはしない。

 まずは手柄を立てた家臣にのみ労いの言葉を掛ける。

 その後で、ロマノフ家とアキモフ家に話に行こう。

 

 まず俺が向ったのがツツーイ一族だ。

 家長のアレクセイは腕を失ってまで俺に忠誠を示した。

 それに報いてやらねば酷ってもんだろう。


「久しぶりだな。後方からお前達の活躍は十分見させて貰った」


 外様のため、会場の隅で一族で固まっている彼等に、わざわざ声を掛ける。


「ありがたき幸せ。秀雄様の温情に報いるべく死力を尽くした次第であります」


 ツツーイ達は俺の来訪に驚きを隠せずに、頭を下げ口上を述べる。


「うん。お前達はこれで晴れて松永家の一員と成った。今後の活躍に期待する。明日は期待してくれ」


 微笑を浮かべながらアレクセイの肩を叩く。


「有難う御座いますっ……」


 彼は感極まって前を向けないようだ。


「これからも精進するように。ではな」


 下を向くアレクセイに別れを告げ、俺は他の面々に労いの言葉を掛ける。

 一通り話し終えたら席に戻る。


 しばらくしたら、エゴールが俺よりも先に挨拶にやってきた。

 彼はプライドは高いが理知的な面があるからな。

 これは松永家が格上だと認められたと思ってもいいのではなかろうか。


 すると少し遅れてボリスもやって来た。

 やはり渋々と言った面はあるが、そこは我慢する事にしよう。


 その後はちびちびと酒を呷りながら、エゴールとボリスに家臣達を挨拶に行かせる。

 遠目から観察し性分を見極める為に。


 その結果ボリスは特に何も無かったが、エゴールには面白い所が見つかった。

 マリアを挨拶に行かせたときのことである。

 彼女は人族なので、エゴールも気兼ねなく話せるだろうと思っていた。

 しかし彼はマルティナらと同じように、なかなか喋らない。

 偶に話す時も、どもったりと、会話に苦心しているようだった。


 もしかしたら、エゴールは女性と接するのが苦手なだけではないのだろうか。

 ぜひ今度フェニックスの間に招待して、コンパニオンを沢山付けてやろう。

 これで奴の慌てる姿が見れたら、いい話の種になりそうだからな。


 はっきり言って今日の晩餐会は退屈だったが、最後に良い物が見られたな。

 収穫ありだった。

 

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