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第三十八話 ロマノフ家と会談

 ロマノフ家の本拠地ロマノヴォは、ガチンスキー家との領境からそう遠く無い位置にある。

 俺達は最短ルートを進む為に、キローフ村を中継してロマノヴォへと向う旅路を行く。

 

 また使者はコンチンが姿を見せた事に、予想通り大変驚いていた。

 それはそうだろう。

 コンチンが俺に接触してる事はエゴール方には知られて居ない筈だからな。

 

「だよな茜さん」

「はい秀雄様」


 俺が何気なしに名を呼ぶと、木陰から全身黒ずくめの忍装束を着た女の子がシュシュッと参上した。

 

「一応確認するが、俺はまだ何も言ってないぞ」

「私は人の息遣いで、その人が考えている事が解るのです」


 んな訳無いだろと思ったら、コツンと茜の頭にげんこつが落ちる。


「嘘は良くないぞ茜」


 げんこつの主はコンチンである。

 

「ごめんなさぁい、コースチャ様」


 茜はペロッと舌を出しながら、心にも思っていない謝罪を入れる。


「今後は気を付けて下さいね」

「はーぁい」


 彼女はコンチンに使えているくのいちで、彼の恋人も兼ねている。

 東方の旭国生まれの忍の一族らしく、訳あってコンチンと出会い共に行動しているらしい。

 彼女はどこかのダメ忍者とは反対で、中々有能なようだ。

 コンチンの豊富な情報量はすべて彼女のお陰らしい。


 俺はコンチンを心配して、気になった事を一つ質問をしてみる。


「くのいちって寿命が短いって本当なのかい? どこかの話だと色々毒とか飲まされて、二十歳位で死ぬって聞いたんだけどな」

 

 あえて情報源は言わない事にする。

 察してくれ。

 もし早死にするようならコンチンが可哀相だから聞いた迄だ。


「それ何処で聞いたんですか? 実家のひいおばあちゃんなんか九十近いのにピンピンしてますよー」

「いや、以前ちょっとな……、それよりも早死にしないなら安心した。恋人に先立たれてはコンチンが不憫だからな」


 ここは上手くコンチンを使ってはぐらかしておく事にしよう。


「そっそうだったんですかー。ですってよ、コースチャ様」


 茜は照れくさそうにコンチンに視線を遣る。


「秀雄様、あまり焚きつけないで下さいよ。茜は仕事中なんですから」


 とは言うのは照れ隠しに見えるのは俺だけでは無いだろう。


「わかった、わかった。そう言う事にしておくよ。茜もそろそろ任務に戻りなさい。わざわざ呼び出して悪かったな」

「はーぁい。ではではー、ニンニン!」


 すると茜はドロンと姿を消し再び木陰へと戻ったようだ。

 これは忍び一族の固有魔法なのか。

 いきなり煙と共にいなくなったぞ。

 後で聞いてみる事にしよう。


 しかしこの世界にも忍がいたとは驚きだ。

 出来る事ならば俺も欲しい。

 現在使える斥候役はリリとチカ位しかいないので、明らかに情報戦における人手が不足しているからである。 


 茜の話だと、忍びは金で雇われてるらしい。

 旭国では日本の戦国時代と同様に、あまり忍の扱いは良くないようである。

 その為、有能な者は積極的に仕官し、そこで出世を図る者が多いらしい。

 滝川一益みたいに出世を狙う奴が、沢山居ると言う訳だな。


 だが仕官先は殆どが旭国内で納まるようなので、茜のような存在は稀である。 

 彼女は普通に旅行をしていただけなので、仕官など全く考えていなかったそうだが。


 それでも俺は忍が欲しい。

 既に茜の故郷である戸隠衆の里に手紙は出しておいた。

 その中には、「契約金も給料も一杯出すし、手柄を上げれば領地も上げるよ」と言う破格の条件を書いておいた。

 これならば、もしかしたら遠路遥々来てくれる可能性もあるかもしれないと。


 忍の話はこれくらいにして、そろそろ中継点のキローフ村へと到着した。

 ここに来たのは追撃戦以来だが、以前より遥に村には活気があるな。

 

「ようこそ秀雄様ー!」

「税金を下げてくれて有難うございますー!」

「あたしを掘っていいのよー!」


 村の中に入るとここでも早速の大歓迎を受けた。

 最後のおっさんの言葉は聞かなかった事にしよう。


 やはり減税の威力は絶大のようだな。

 北条早雲も伊豆に討ち入りし、足利茶々丸から国盗りをした際には、すぐに税制を四公六民にして瞬く間に人心を掌握したと言うからな。


 松永領も近い内に人頭税を減税し、後北条家にならい四公六民にするつもりだ。

 人頭税は領民の所得管理が出来ない以上、廃止することは出来ない。

 しかしこの税目は人口増加を抑制する為、俺はあまり好きではない。 

 経済成長論のソロー・スワンモデルでも、方程式の中に変数として人口が組み込まれている程だから、人口は最も大事な要素だと俺は考えている。

 一応経済学部出身の身としては、松永家は人口を抑制する施策は徐々に減らすつもりではいる。

 もちろん食糧の増産が前提ではあるが。

 

 それはさて置き、村民の熱烈な歓待を受けた俺達は村長家で昼食をご馳走になると、軽く世間話をしてからロマノフ領へ向け再び出立する。

 

 目的地のロマノヴォはロマノフ領内でも開かれた場所に位置している為、道中は特に苦も無く進む事が出来た。

 そして数時間後、俺達は無事ロマノヴォへと到着したのである。


 会談は夕食を兼ねて行われるそうなので、しばし俺達は応接室で待機する事となる。 

 一時間程待たされただろうか、皆とじゃれあっていたので手持ち無沙汰になる事も無かった。


 メイドに案内されて俺達は会場へと足を運ぶ。

 コンチンはこっち側で参加してもらう予定だ。

 形式的には俺の客将と言う扱いにしている。


 会場へ入るとマルクと思われる老人と、エゴールと見られる壮年の男の他に、数人の家臣が出迎えてくれた。


「あなたが秀雄殿かね。それにマルティナさんも。皆さん態々こちらまで足を運んでくれて礼を言う。わしは体力が衰えて遠出を出来んでな。わしはロマノフ家の当主マルク――じゃ。今は当主とは名ばかりの隠居の身じゃ」

 

 もうマルクと言う事にしておこう。

 どうせ名前しか覚えないのだからな。


 マルクが名乗り終えると、そのままエゴール、そして他の家臣達と同じ流れが続いた。

 

 ロマノフ陣営の自己紹介が終わったので、俺を始めにマルティナやその他の面々を紹介する。

 その最中で気になった事ががあった。

 マルクは笑顔で対応してくれたのだが、エゴールはマルティナ、ビアンカ、チカに対しては何か避けているような感じであった。

 表情には出していなかったが、明らかにマルクと比べると態度が違う。

 俺やクラリスには至って普通な対応だったので、恐らく亜人に対する差別があるのだろうか。


 だが態度に出していないだけならば、上手く付き合っていく事も十分可能だ。

 


 コンチンに関しては使者が前もって耳に入れておいたのだろう。

 特に驚いた風でもなく普通に挨拶を交わしていた。

 他家の面々が居る前で喧嘩を売って来たら、逆に笑えるけどな。


 さて、お互いの顔合わせも済んだ所でそろそろ本番だな。

 俺達はマルクに着席を促され椅子に腰掛ける。

 そして運ばれて来た料理を口に入れながら、談笑を始める。


 暫くは当たり障りのない会話に終始していたが、時も経つにつれて場の雰囲気も和んで来た。

 俺はそろそろかと思い話を切り出す。


「今回、こうやって両家の友誼を深められ事を大変嬉しく思います。今後は両家は有事の際には手を取り合って行ければ幸いです」

  

 まずはこんな感じか。

 

「もちろんじゃとも。近い将来松永家とクレンコフ家は一つになるのだから、クレンコフ家を継承した松永家と同盟関係を継続するのは当然の流れであるな」


 マルクに続いてエゴールも隣で頷く。

 既に婚約の件は伝えてあるので、両家が合併する事はあちらも知っている。


「その言葉を聞いて安心しました。では今後エロシン領に攻め入る時はご協力をお願いしても宜しいでしょうか。もちろん礼はいたしますよ……」


 俺は少し悪そうな笑みを浮かべながら、二人を見回す。

 するとエゴールがマルクの耳元でひそひそと何かを呟やくと、マルクが首肯した。

 

 それからしばらくエゴールは考え込むような素振りをしていたが、おもむろに口を開く。


「父に代わり私が答えよう。もちろんその際は協力させてもらう。だがロマノフ家にはガチンスキーという宿敵がいる。エロシンを討伐した暁には、ガチンスキー領を我々に譲って頂たいのだ」


 後でうやむやにされないように、先に約束手形を要求して来た訳か。

 ガチンスキー家の国力はロマノフ家と同等。

 ロマノフ家の働きにもよるが、エロシンを滅ぼした際ならば、なんとか許容出来る範囲かもしれない。

 

 ……エゴールは中々したたかな男のようだな。

 だがここで二つ返事をしても、松永家は取り組み易しと思われそうだ。

 考えていた事だが、あれで行こう。


「はい。それで結構です。ただ一つだけ条件を付けさせて頂きたい。現在私が客将として招いているコンスタンチン殿に、今後特段の配慮をお願いできませんか。彼とは馬が合いまして、個人的に手助けをしてやりたいのです」


 この条件ならば、以降命を狙われる事は無くなるだろうし、ガチンスキー領の幾許かはコンチンに与えられる事になるだろう。

 するとエゴールは一瞬悩んだようだが、すぐに返答をする。


「そのような事は条件を付さずとも、我が弟には今後一門の重鎮として相応な配慮を加えるつもりだ」


 ここで断れる訳はないよな。

 もし断ったら、一族の醜聞を晒すようなものだからな。

 それにエゴールもガチンスキー領を得ることによる利得と、コンチンを粛清した時の利得を比較したのだろう。

 その結果がコンチンを生かしておいてでも、ガチンスキー領を得たほうが良いと思ったのだろう。

 やはりエゴールは侮れない。


「その言葉を聞いて安心しました。コンスタンチンには世話になってますので、何か形ある物で返さないといけないと思っておりました。今回エゴール殿がそう言ってくれたので、彼も喜んでいる事でしょう」


 コンチンをふと見遣ると軽く首を振ってくれた。

 満足してくれているようだ。


「私からの話は以上です。ロマノフ家の方からは何かございますか?」

「いや、我々もこれ以上言う事は無い。さあ、堅苦しい話は終わりにして場を楽しもうじゃないか」


 エゴールもこれで満足したようで、話を切り替えようとしてきた。

 後はお互い重荷が取れた為、なごやかな空気のまま会談を終える事が出来た。

   

 そして俺達はロマノフ領で一泊してから、翌朝ヤコブーツクへの帰路に就いた。 


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