第三十五話 内政①
五人に告白をしてから一夜が明ける。
今は五人と一緒にベッドでムフフ……、とは行かなかった。
いや、出来るわけが無いだろう。
まだマルティナら三人とは婚約を交わした状態だ。
それにリリとクラリスはどう考えても無理だろう。
領内の状況が落ち着いたら、晴れて結婚式を挙げるつもりでいる。
だからまだ手を出す訳には行かないのだ。
俺は既に起床し朝食を取った所である。
先ほど顔を合わせたので、ナターリャやバレスに婚約を交わした事を伝えたら、大いに喜んでくれた。
二人ともマルティナの将来を案じていたらしい。
彼女は既に十八だから、既に結婚しないといけない年齢だからな。
今後の予定だが、マルティナはナターリャの計らいでここに留まってくれるようだ。
クレンコフ領は、ナターリャとセルゲイで切り盛りしていくらしい。
当面の敵がシチョフ家のみとなったので、二人でも問題無いそうだ。
マルティナがヤコブーツクに住むと言う事は、実質的にクレンコフ家を松永家が吸収したようなものである。
言い方は悪いが、当主を人質として預けているようなものだからな。
これで正式に式を挙げれば、対外的にも二家は合併した事になるだろう。
既にクレンコフ家の方針は俺が主導してきたので、当たり前の流れと言ってはそれまでだが、形と言う物は大事である。
昨日は大はしゃぎだったが、今日からは頭を切り替えて領地経営に勤しまなければならない。
これから当面は内政に力を注ぐ予定である。
強引に攻め込めばさらに幾許かの領地を得る事も出来るかもれないが、被害や戦後の運営の事を考えると得策ではない。
ここでようやく現代知識が生かされるのだろうか……。
ちなみに俺は大学では経済学部だった。
正直微妙である。
はっきり言って、蒸気機関とかそのあたりの仕組みは全く解らない。
だが何かしら、俺の現代知識が生かされる場面も出てくると信じたい。
しかし現代知識を生かすと言っても、領内の内政レベルが分からないと話が始まらない。
そこで前もって、領内の税に関する情報と、農業、産業、軍制に関する情報を調査してもらった。
凡その情報はここヤコブーツクに資料として保管されている為、作業自体はそれ程時間が掛からなかった。
既にこれらの情報は優秀な部下であるコンチンらが纏めてくれている。
今日はそれらの資料を用いて、深酒をした皆が起きた昼過ぎから、松永家第一回目の評定を開始する予定である。
皆で仲良く昼食を食べ終えてから、会議室へ移動する。
部屋の中に入ると、コンチンが評定に使う資料を用意していてくれた。
大きめの木板にはいろいろと情報が書き込まれている。
さらに羊皮紙に書かれた資料を何枚か持参している。
俺の知る限り、この世界では紙は羊皮紙が主流のようだ。
原因はよく分からないが、識字率の低さが紙自体の需要を少なくしていると思われる。
近い将来に木を使って紙を作ってみる予定だが、紙の明確な需要量が分からないので、そこまで期待はしていない。
まあ売れなくとも、自分達で使う分には便利だし、領内で教育水準を高める際には必要だから作るに越した事はないだろう。
幸いクレンコフ領には木材が山ほどあるからな。
ちなみに俺は紙の正しい作り方など知るはずもない。
精々、木の皮を使って作る事を知っている程度だ。
だが専門家を招聘して、色々と試行錯誤してみれば何とかなりそうな気がしないでもない。
さて既に全員面子が集まっているようなので、会議を始めるとしよう。
司会はコンチンに任せている。
悪いがバレスでは数字の事は解らないだろうから、涙を飲んで交代してもらった。
俺はコンチンに会議を始めるよう促す。
「皆さんお集まりのようなので、記念すべき第一回目の評定を始めたいと思います。まずはこちらの木板をご覧下さい」
俺達は正面に立て掛けられている木板に目を遣る。
「こちらに昨年のヤコブーツクの大まかな収支が記載されています。皆様ご確認下さい」
そこには、人頭税、土地税、施設使用税、結婚税、十分の一税、など訳のわからない税目が羅列されていた。
それをコンチンが一つずつ丁寧に説明してくれた。
そしてこれらの税収の合計は物納も金銭に換算して計算すると、約金貨七千枚弱となっていた。
これは一体、どれ位民から絞っているのだろうか。
手元にある資料を見ると、労働人口となる十五歳から六十歳までの人口比率が全体の五十パーセント強となっている。
職業構成は、八割が農業で、残りが商業やサービス業などに分かれている。
そして、収入面では農家一軒当たりの年収が約金貨三十七枚と記載されている。
その他の職業の収入を全て記憶するのは面倒なの詳細は避けるが、農業より少し多い程度だと言っておく。
農家一軒当たりの人数は平均的に六人と考えると、家族単位で約二百五十戸程と計算できる。
単純に金貨五千六百枚を二百五十で割ると、四捨五入して金貨二十二枚か……。
大体年収の六割は、税として持っていかれている計算になるな。
だが思っていたよりは低い。
戦時の徴発はあるにせよ、七割程は持っていかれていると思っていた。
六割程度で済むと言う事は、この地がそこそこ肥沃な土地である故かもしれないな。
だが六割の税金は可哀相だ。
一ヶ月僅か金貨一枚半で、六人が食べていくのは大変だろう。
減税なり施しなり、何か対策を考えてやらないといけないな。
他の騎士領だった村々の詳細は分からないが、追撃戦時に見た感じだとクレンコフ領よりは遥に生産性が高そうな土地だった。
なので対策を取れば、それなりの税収を期待できると見て良いだろう。
「成る程、大体事情はつかめた。ところでコンチン、ロマノフ領の生産性はここと比べてどうなんだ」
「ロマノフ家は松永領と比べて山肌などの荒地や手付かずの森林が多いですから、ここほど農業生産性が高いとは言えません。ですので農業に向かない場所は林業に回すか、手付かずで放置している所も多いですよ。ただクレンコフ家の方々には申し訳ないのですが、そちら程酷くはないとは思いますが……」
コンチンはそう発言した後、マルティナらに謝罪代わりに軽く礼をする。
マルティナらも解っている事なので特に、気分を害した感じは無いようだ。
やはり松永領は平地が多いだけあり、他の地域より多少裕福なのかもしれないな。
よし、収入面はおおまかな概要は掴めたな。
次は支出面を見ていこう。
「収入面は大体解った、次は支出の項目だな」
すでに俺、リリ、ビアンカ、マルティナ、ナターリャ、バレス、レフを除く面々は話を聞く気すらないようだ。
だがバレスはそろそろ脱落しそうな気配である。
「そうですね。こちらがヤコブーツクの昨年の支出になります」
コンチンは木版に書かれている支出の項目を指し示す。
おおまかには人件費、普請費、本家への上納金、雑費、留保金などに分かれていた。
その内訳は人件費が約四割、普請費と上納金が約二割、雑費と留保金が約一割の計金貨六千五百枚強である。
収入と収支の差の五百枚弱は恐らくロジオンの懐に入ったのだろう。
「これは良い。これからは上納金の分金貨壱千枚以上が丸々浮くな」
松永領は当然だが、エロシン家に金を納める必要は全く無い。
これでかなり運営に余裕が出てき来そうだな。
「ええ、私の領地と比べたらこの状況はまるで天国です」
「そうだろうな。心配するな、お前の領土は既に松永領だ。金なり物資なりは回してやるよ」
「それはとても助かります。今後とも精一杯お仕えしますので、どうか宜しくお願いします」
「ああ、任せておけ」
もちろんコンチンは大事な有能な家臣なので、恩を売る事は忘れない。
「それは良いとして、これなら少し領民の負担も減らせてやれそうだな。六割の税は高すぎる」
「私も民の事を思えば、減税すべきかと」
マルティナ、ナターリャ、レフを見遣ると三人とも一様に頷いてくれた。
バレスはもう脱落しているので気にしない。
「ではまずは税に関しての話を詰めるとしよう」
そして俺はスマホをアイテムボックスから取り出して貰い、それを計算機代わりにして、税の調整を進めて行った。