第三十四話(地図) 戦勝祝いと婚約
さらに一週間が経過した。
あれからバレス隊とリリ、ビアンカ、チカの面々は見事にシチョフ領を切り取ってくれた。
これでアキモフ家に掻っ攫われた分の領地は補填できたな。
しかしここまで勢力を拡張したのだから、これからは敵も俺達の事を舐めてかかったりはしないだろう。
前回のような奇襲は通じないと思った方が良い。
ならば取る策は地道に国力を上げ、同盟勢力と上手く付き合い、敵国を調略で切り崩すと言った作業を、並行して行わなければならないな。
一先ず領内が安定したら、最初に内政面に取り掛からなければならないだろう。
俺は大学時代経済学部だったので、現代知識を網羅している訳ではないが、それでも役に立てる部分はあると思う。
だが一括りに内政と言っても、すべき事は人材登用から税制改革、兵力増強など、今考え付いただけでも数々ある。
取り合えず一つずつ、地道に向き合って行く事にしよう。
エロシン家もあたふたしている事だし、時間はあるはずだ。
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そろそろだろうか。
今日はマルティナにナターリャさん、そしてクラリスがこちらに顔を出しに来るらしい。
ようやく戦後処理が済んだようだ。
恐らく大量の捕虜を引き連れて来るのだろう。
そう言えば、あの時の使者はその後クレンコフ領にも向ったんだったな。
あれからさらに身代金をふんだくられたんだろう。
使者には同情するが、エロシンには良い気味だ。
ああ、エロシンで思い出したが、ようやく後継者が決まったらしい。
ヴィクトルの十五歳の長男と、ヴィクトルの三十歳の弟の、どちらが継ぐかで揉めていたらしいのだが、俺が開放してやったロジオンが後見になる事で、ようやく十五歳の長男に決まったようだ。
ようやく頭が決まった事で、領内の秩序も取り戻されつつあると報告を受けた。
以上、エロシンに関しての情報は大体こんな感じだ。
遅いな、……もう着いても良い頃なんだがな。
既に戦勝祝いの宴会場は準備万端だ。
今か今かと窓から首を出して待ち構えていると、マルティナらと思われる一団が確認できた。
ようやくご到着したようだ。
マルティナとクラリスを乗せた馬を先頭に、ぞろぞろと捕虜を引き連れて行列を作っている。
俺達は迎えに出る為、すぐに大手門まで駆け降りた。
すると、丁度門を開けたタイミングで、マルティナ達が到着したようだ。
「ようこそ我が城へ」
とおどけながら、皆に迎えの言葉を送る。
「はは、秀雄殿は流石だな。あっと言う間にこれだけの事を成し遂げるなんて……」
マルティナはまだ何となく、恥ずかしがっているようだ。
するとマルティナの懐に入っていたクラリスが馬から飛び降り、俺に飛び付いてきた。
「お兄ちゃんが無事で良かったのじゃー! 妾も心配したんじゃぞ!」
クラリスは自分が一番に相手をされなかったのが不満なようだ。
可哀相なので抱き上げてやる。
リリもクラリスに対抗して俺の頭の上に乗ってくる。
この体勢は肩が凝って困るのだが、久しぶりならばそう悪くは無い。
「みんなも長旅で腹も減っているだろう。今日は戦勝祝いと言う事で、酒にご馳走を沢山用意した。今から宴会場へ案内するから付いて来てくれ」
そう告げると、コンチンに捕虜の処理を任せてから、俺は皆を城の食堂に作った宴会場へと連れて行く。
その道中、ナターリャさんはようやく酒が飲めるのかとウキウキしている。
一方で、マルティナ、バレスらは折角酒が飲めるというのに、既に浮かない表情になっている。
仕方が無いだろ、約束なんだからさ。
過日、彼女を止めるために、エロシンの件が片付いたら飲ませると言う事を二人の間で決めてしまったのだから、今更反故にする訳にもいかないだろう。
それぞれの感情はさて置き、時は待ってはくれず、あっと言う間に宴会場へ到着した。
皆に思い思いの位置に陣取ってもらい、杯を飲み物で満たしてもらう。
さあ宴を始めよう。
「この度の戦は皆の活躍無しには勝利を得る事が出来なかっただろう。その尽力に報い、ささやかだが宴席を設けさせてもらった。本日は心行くまで楽しんで下さい。では、乾杯!」
『乾杯!』
その掛け声と共に、宴会場に集まった五十名近くが一斉に酒を飲み、摘みを放り込む。
俺は皆を労う為、一人一人に酒を注ぎながら話しかけて行く。
すると皆が口々に、マルティナに助力してくれた事への感謝や、エロシンを一泡吹かす事が出来て良かった、などの好意的な言葉を嬉しげな表情で投げかけてくれた。
しかしマルティナはナターリャさんが粗相をしでかさないよう監視に勤しんでいて、碌に楽しめていないようだった。
可哀相なので、俺がしばらく変わってやる事にした。
ナターリャさんの顔を見ると早くも出来上がっているようで、いきなり俺に胸を押し当てながら情熱的な表現で言葉を交わしてくる。
「お母さん、秀雄ちゃんがヴィクトルをやっつける姿を見て、体の奥から痺れちゃったわーん。本気になったらダメなのにー、体が勝手に動いちゃうのーん」
彼女は体をくねらせながら、俺の体の上から下まで絡み付いてくる。
思わず顔がにやけそうになるがここは公の場だ。
領主たる物、醜態を晒す事は出来ん。
家臣の信用を失う事になるからな。
「ナターリャさん、皆が見ていますから程々にしておきましょう」
優しげな言葉を添えながら、あくまで紳士的に体を引き離す。
「んもー、つれないわねー。また後でゆっくりお話しましょ。なんならマルちゃんも一緒に連れてきてもいいのよん」
そっそれは禁断の……、おやこど――。
おっといけないいけない、危うくヒューズが飛ぶとこだったぜ。
「ごっ、ごほん、それは嬉しいお誘いなのですが、今日は皆に挨拶回りをせなばなりませんので、またの機会と言う事でお願いします」
彼女はきっと酔っ払っているんだろう。
「ならー、マルちゃんをどうにかしてあげて頂戴。今の秀雄ちゃんなら、マルちゃんと結婚しても何も問題無いわよ」
いきなり真剣な表情になって、詰問してきた。
酒が入るとこの人怖すぎだわ。
だが彼女の言っている事はもっともだ。
少し早いかもしれないが今後の事を考えると、ここらで一つけじめを付けて置くのは良いかもしれない。
「そうですね。考えておきます」
『鉄は熱い内に打て』ではないが、勢いも大事だ。
今夜にでも話をするか。
マルティナだけじゃなく、全員で話し合いだな。
ナターリャさんとの話はこれ以上は危険なので、この辺りで切り上げよう。
俺は部下であるコンチンを自己紹介がてらに、彼女の相手をさせる事にした。
奴ならロマノフ家と言う肩書きがある以上、彼女も無理は出来ないと読んでの人選だ。
「すまん、あとは頼んだぞ」
コンチンがマルティナらと久方ぶりに挨拶を交わし終えたタイミングを見計らって、すかさずナターリャさんを投入する。
彼一人じゃ可哀相なので、回りの兵士を適当に宛がっておいた。
コンチンは仕方無いいう素振りを見せながらも、首を縦に振ってくれたので、俺は足早に去り挨拶回りを再開した。
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宴もお開きとなり、夜も更ける。
いよいよだな。
流石に緊張の為、さっきから唇が乾きっぱなしだ。
俺は寝室に入り、深呼吸を十回程繰り返してから、リリ、クラリス、ビアンカ、チカ、そしてマルティナの五人を招き入れた。
「みんなに話がある」
俺が神妙な面持ちな為、五人も真剣な表情で頷く。
「俺はビアンカ、チカ、マルティナに結婚を申し込む。リリとクラリスは正式に俺の家族になってくれ」
マルティナに結婚を申し込む時は他の四人も一緒に、と決めていたのだ。
「秀雄様……、私なんかでいいのですか?」
「ほんとかにゃー! チカは大分前から番のつもりでいるから問題ないニャ!」
「そんなに突然に……、わっ私はまだ心の準備が……、」
「あたしはもちろんおっけーだよー! ずっと一緒にいるって約束したもんねー」
「妾はもうお兄ちゃんの妹だから、なーんにも問題ないのじゃ!」
良かった、五人とも好感触だ。
よしもう一押しだ。
「もちろんだよビアンカ、お前が側にいてくれない人生は俺には考えられない。結婚してくれないか」
「ハハハ、チカらしいな。これからもずっと俺と明るく生きて行こう」
「マルティナ、約束通りヴィクトルを倒したぞ。結婚してくれるな?」
「あの森で約束したもんな。ずっと一緒に居るって。今後は家族として、松永姓を名乗って欲しい」
「クラリスも正式に俺の妹になるんだ。そうすれば胸を張って俺を兄と呼べるぞ」
改めて、全員に誠意を持って申し出る。
これでお願いします。
胸の鼓動がうるさいと感じる程、緊張しっぱなしだ。
早く終わりにしたい。
「私は結婚したいです。ずっと秀雄様のお側に居たいです」
「チカも秀雄となら最高の人生を送れそうニャ!」
「うっうん。私は、秀雄殿と結婚します」
「はーい! これから松永リリになりまーす!」
「妾もー! 妾も松永クラリスになるのじゃー!」
すると皆が受け入れてくれたようだ。
ふー、なんとかなったみないだな。
この一世一代の告白で、俺は一夜にして一気に家族が五人増やす事となった。