幾千の星が散りばめられた天を仰ぎ見る。
ゆっくりと姿を現す星座に深遠なる宇宙の神秘を垣間見た気分になり、己の矮小さを知るとともに自身の抱えてきた悩みの小ささも知る。
(……あの頃の僕は、自分勝手な思い込みに囚われていた。前に進む事を恐れ立ち直る機会を逸してきたんだ。こうして“空”を眺めれば、自分がどれだけ後ろ向きな生き方をしてきたかよくわかる……)
造られた星の輝きでさえ感慨深い気持ちにさせられる。たかがプラネタリウムと小馬鹿にした自分が恥ずかしい。
隣の席で星の瞬きを見入っている恋人をチラリと見て目を細める。
海人は、久しぶりの休日にここを選んだ優香に感謝の念を抱かずにはいられなかった。
――時は流れ、様々な事象に遭遇しつつもそれらを乗り越えて現在に至る。
時には傷つけ合い、時には励まし合い、それでもお互いに信じ合えたのは、ありきたりな言葉だが“愛”があったからに他ならない。
夢も希望も無く、生きる喜びをも無くしかけていた自分に未来への希望をくれた人。今では自身を構築するピースの大半を占めるまでになった大切なパートナー。
海人は星を見て思う。
想像もできないほど広い宇宙。そこに在る数え切れない星の中のひとつに過ぎない地球。
その小さな星に時同じくして生まれたこと。その星の中に幾つもの国が存在するのに同じ国に生まれ、さらにその中に点在するひとつの都市に生まれたこと。
それだけで“奇跡”といっても決して過言ではないはず。
そこで出会い、しかも愛し合うに至っては……その人を“運命の人”と言わざるを得ないだろう。
その“運命の人”優香に出会えた奇跡に海人は見えざる導きを感じ、その愛を大切にしていきたいと改めて思うのだった……。
「星が綺麗だったね。今度は本物のプラネタリウムを見に行こうね」
外に出ると優香はご機嫌な表情で海人に寄り添ってきた。夕焼けに照らされた優香の顔がほんのり紅く色づいて見える。
海人は少し照れながらも頬を弛め、優香の手をそっと握り締めた。
「うん、綺麗だったね。今日はホント楽しかった。これでまた明日から頑張れるよ」
そう言いつつ明日から始まる激務に海人は内心苦笑いを浮かべる。
駅前のカフェレストランで働く二人は、その立地条件の良さから毎日が戦場の様な忙しさに追われていた。
バイトから社員に昇格した海人はバイトの頃から務めていた教育係に加え、ホール全体を統括するチーフになり朝から晩まで牛馬の如く働いており、優香に至っては大学を卒業してから正式にレストランのオーナーに就任して基本的に休み無しで働いている。
そう、この店は元々優香の父親の会社のグループのひとつであり、優香のために作られたお店なのだ。
それ故に毎日顔を合わせるも揃って休む事は滅多に無く、こうして二人で休日を過ごすのも実に二ヶ月ぶりだったりするのだ。
普段は忙しさに追われ、なかなか二人の時間を持つ事ができなかった。将来を約束してても進展させる事もままならなかった。
(……そろそろいいんじゃないか?)
今まで恥ずかしくて口にできなかった言葉が海人の中でチラつく。
互いに“それ”は意識している。すでに同棲しているし家族の了承も得ている。あとは時期を見るだけだった。
忙しさにかまけて踏み切れなかった一線をそろそろ越えてもいいのではないだろうか。
海人は心の中で自分に問い掛ける。
(今日を逃したら、しばらくチャンスはない)
胸の鼓動が徐々に早まっていく。それと同時に体は熱を帯び、その熱が頭の中にまで広がっていくのが感じられた。
海人の頭の中で様々な言葉が駆け巡る。
おそらく人生で一番緊張する場面だろうな。緊張からか、喉の渇きを感じるも頭の一部分で冷静に自分を見つめていた。
二人は寄り添ったまま無言で歩いていた。
外はもう日が沈み月が上りはじめている。空にいくつか星が瞬き、夜の訪れを皆に知らしめる。
(……さっきも見たな……)
海人は不意に立ち止まると空を見上げた。
果てしない空の向こうに広がる宇宙に、先ほど感じた“運命の出会い”という言葉が頭の中をよぎる。
一歩、前に進もう。二人の道をひとつにしよう。
――海人の中で、小さな決意が生まれた瞬間だった。
「……優香、ちょっといいかな?」
隣できょとんとした顔で海人を見上げる優香に真剣な眼差しを向けた。
「う、うん」
海人の真剣な眼差しに、優香は一瞬驚きの表情を見せたがすぐに笑顔に戻る。
いつもの様に優しい笑顔。その笑顔に愛しさが込み上げる。
いざ口を開こうとすると胸の鼓動が激しい旋律を奏ではじめ、体中が燃え上がる様に熱くなって頭の中が真っ白になる。緊張が一気に頂点に達する。
それでも勇気を振り絞って口を開いた。
「……こ、こんなところで言っていいのか、自分でもどうかなって思うけど……そ、その、ぼ、僕と……」
うまく言葉が紡げない。鏡を見なくても顔が真っ赤になっているのがはっきりとわかった。
その様子に、優香は海人が何を言おうとしているかすぐに理解した。
待ちわびてきた言葉。
今まさに本人の口から出るのを優香は永遠と思える刹那の中、祈る様な気持ちで待った。
「……優香、僕と結婚してほしい」
海人の言葉が胸に染み込む様に溶けていく。待ちわびてきた言葉が、海人の口から語られる。
次の瞬間、何故か涙が溢れてきた。
やっと聞けたその言葉。幸せなはずなのに、涙は止めどなく溢れ海人の姿を霞ませる。
「ゆ、優香?」
突然の涙に海人は戸惑いを隠せずにいた。
場所がいけなかったのか。それとも言葉がまずかったのか。海人の心は激しく動揺し、優香を慰めようと頭の中をフル回転させる。
「ご、ごめん……ちょっと空気読めなかったみたいだ……」
海人は優香の肩に手を乗せると呟く様に謝る。気まずい気持ちで体の熱が一気に冷める。
しかし、優香は激しく首を横に振った。
「……あ、謝らないで。ち、違うの……嬉しくて、幸せすぎて、涙が止まらないの……あ、あの……いい奥さんになれる様に頑張るね」
優香は急いでハンカチを取り出すと涙を拭い、喉を詰まらせながら海人の言葉に応える。
目を真っ赤にして見つめる姿に海人は思わず優香の体を引き寄せて強く抱き締めた。
少し痛いかもしれない。それでも海人は離したくなかった。手を緩めたら、この幸せな時が逃げてしまいそうな気がして。
優香もまた、この幸せな時が続けばいいと目を閉じた。
胸の高鳴りもようやく収まり、二人は体を離し見つめ合う。
離れてもお互いの温もりが肌に残っていた。その温もりが心の中まで温かくしてくれる。
空を見上げれば、幾星霜を経た星の瞬きが二人に降り注ぐ様に見えた。
二人の愛も幾星霜と続けばいい。
海人はそう思うと、これまでと違った未来への希望が芽生えるのを感じ、自然と優香の肩を抱き寄せていた――。
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