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短編小説

座敷わらしのももの家

作者:伊那
昔別名義で書いたシリーズ第一弾。たぶん2012年製。
 観月(みづき)家がわたしの家に来たのは春のことだった。家の外にハクモクレンが咲いていたのをよく覚えている。白い花弁が陽光を受けて、発光してるみたいできれいだった。
 わたしは彼らの来訪をよろこんだ。わたしの家に人が来るなんて二十年ぶりくらいだ。わたしは自分とこの家しか話し相手がいないのにうんざりしていたから、車のエンジン音が近づいて、わたしの家の前で止まった時にはすごく驚いて、それから玄関へと走り出した。
 一組の家族が車から顔を出した。おそらくはお父さん、お母さん、そしてその子供という組み合わせ。わたしは当然、子供の方に目が行った。十歳くらいの男の子。顔には不満がいっぱいで、なんだかここへ来たことを心からよろこんでいるようには見えない。
 お父さんらしき人がまずわたしの家の扉にはりつき、鍵を開けようとする。わたしの家はひどく古くさいもので、鍵穴に鍵が上手く合致しないみたいになってるらしかった。その間に男の子はわたしの家を見聞することにしたようだ。
「この家、本当に家なの? 今にも倒れそうじゃん」
(しん)、これから住むうちなのよ。倒れたら困るでしょ」
 男の子の名前はシン君と言うらしい。それにしてもお母さん、どこか調子っぱずれな注意な気がするけど。たしかにわたしの住む家は相当に年期の入った家だ。でもさすがに築一世紀はたってないはず。それに――それに……あれ?
「よし、開いたぞ。古くも新しい我が家にようこそ」
 彼も訪問者のはずが、お父さんは自分の家に入るよう促すみたいに手をさしのべた。シン君はしかめっ面のままわたしの家に入る。わたしを通り過ぎて、靴を乱暴に脱ぐと歩き出した。
「うわっホコリが地層になってる!」
 靴を脱いだのに廊下に出来た足跡を見て、シン君は悲鳴を上げた。シン君は、わたしなんか見えてないみたいにふるまう。あれ? これってどういうこと?
 わたしは考えた。観月一家がわたしの家のあちこちに、足跡をつけて回るのを見ながら。
 こんなことは、前にはなかった。わたしは座敷わらし。子供にしか見えないけれど、子供には見えるはず。いつも、家に遊びに来る子供や兄弟たちと遊んでいた。けん玉とか、ベーゴマとか、わたしの大好きなフラフープとかで。
 でも思い出した。わたしの姿が見えない子供もいるんだってこと。前にもあった。わたしはシン君以外にもこの家族に子供はいないのかと軒先に止められた車を見たが、誰かがぬっと現れる気配はなかった。
 そうか、久しぶりにわたしの家に来てくれた子供はわたしの事が見えないのか。なんだかとっても残念だった。
 意気消沈したわたしは、観月家がこの家に遊びに来たのではなく引っ越ししてきて、荷物を大量に運び入れているのを見てもあまり気分が晴れなかった。本当なら、わたしの家にわたし以外の誰か、それも人間が住んでくれるなんて幸せなことなのに。この家も忘れられて久しい。夜に明かりがともるようになって、一番よろこんでいるだろう。
 すっかり引っ越し作業が済んで、家族それぞれが自分の部屋に収まった。わたしの家は一階だけの一軒家。居間や風呂場など共有部屋を抜かせば、個人のための部屋の数は三つ。一つはシン君のお父さんとお母さんの部屋、もう一つはシン君の部屋だ。残りはよく見たら倉庫か物置みたいになっていた。わたしの足は自然とシン君の部屋に向かっていた。子供部屋こそわたしの働く場所でもあるし、何よりシン君がやって来る前にあの部屋はわたしの部屋だったのだ。
 シン君は新しい部屋に満足しているのかいないのか、どっしりとした勉強机の前に腰かけて、壁をじっと見つめていた。はりかえられた障子戸の白い和紙を透かして夕焼けの色がさしこんでいた。その時のシン君の顔はちょっと大人びていて、シン君は今いくつなのだろうかと気になった。
 その疑問はすぐに解けることになる。シン君は翌日から詰め襟の黒い学生服を着て中学校へ行ったからだ。シン君は新一年生で、新しい学校へ行くのだと彼のお母さんが言っていた。シン君は十二歳なのだ。わたしは、十二歳というのが微妙なお年頃だというのをよく理解している。なぜなら、わたしの姿が見えなくなるのもこのくらいの年頃だから。もっと早い子は、十歳くらいでわたしと遊ぶのに飽きてしまう。シン君はまだちょっと見た目が成長不足みたいだけれど、中身はきっともう大人に近いのだ。
 わたしは一体なんでここに居るのだろうと思いながらも相変わらず日々をぼんやりとシン君の部屋ですごした。
 わたしはむなしい空想に酔いしれた。ある日シン君がわたしの存在に気づいてくれて、君は誰? と問うのだ。わたしには座敷わらしとしか答えられない。でも待って、思い出した。前に、遊んでいた子供の中でわたしに呼び名をくれた子がいる。わたしは桃色の着物を着ていたらしい。
『お前はももだ』
 今の自分の姿を見下ろした。着物の色は白。わたしを認識してくれる人がいなければ、わたしは空っぽになる。
 わたしはシン君を見た。漫画本を読んで、面白くなさそうに顔をしかめてページを繰くった。彼には、わたしが何色に見えるのだろう。考えてもせんないことだった。



 シン君との日々は続いた。一月共に暮らすうちに、シン君は非常に泣き虫だということが分かった。もう三回も泣いている姿を見ている。それより多いのがひとりごと。泣いている時にもそれは発揮されて、シン君が泣く時は狭い六畳一間がにぎやかになる。手足をばたばたさせて、何かの理不尽にうち震え、暴れるようにのたうち回る。叫ぶ声はそう大きくはないが、いつも似たような単語を口にする。「くそ」とか「あいつら」とか「おれが」とか、文章にはならないものばかり。
 わたしはシン君を励ましてやりたかったけれど、触れることは出来てもここにいるって認めてはもらえない。それに手足をぶん回すシン君に近づくのはちょっとはばかられた。そうでなくとも、ああしないと何かをやり過ごせないみたいな体の動きには制止をかけられなかったからでもある。
 だから、シン君が一通り畳の上で暴れた後にお山座りして膝頭に頭をうずめて静かになったら、わたしはシン君の背中によりかかることにしていた。きっとシン君には風が吹いた程度にも重くなかっただろう。わたしは認識されないといないも同然だから。それでもシン君と背中を合わせていたかった。小さくまるまって、ひくひく言うだけになった子供は、本当は一人になりたいけど完全に放っておいてほしいわけじゃないって、思っているから。
 一人きりだと思っているなら、それでもいいから。こうするのだけは許してね。



 しめっぽい季節が来た。わたしの愛すべきボロ屋は雨音をうるさく室内に伝える。今日も雨。雨は好きじゃない。子供たちと外で遊べなくなるからだ。子供はやっぱり外で遊ぶのが一番だ。
 シン君とわたしの奇妙な同居生活は続いた。わたしは時々、シン君には申し訳なく思う。一日中シン君の部屋にいるわけではないけれど、わたしはどう考えてもシン君の私生活を知り過ぎている。もしかしたら、いわゆる“すとーかーこうい”になるのかもしれない。
 でも止めない。彼にとっては不可視の存在でも、わたしは子供のためにあるんだから。
 それに、相変わらずシン君は泣き虫で、男の子にしてはちょっと泣き過ぎだと思う。それとも、わたしが人間の子供を見るのが久しぶり過ぎて普通の感覚を失っているのかな。それともわたしは人間ではないから彼らの常識が理解出来ないのかな。
 この頃にはもう、観月家についてかなりのことが分かってきていた。結論から言うと、シン君のお父さんとお母さんは家を空け過ぎだと思う。お仕事が忙しいのかもしれないけれど、夜になってもわたしの家にはシン君一人。遊んであげたくともシン君はわたしが見えないし、どうやら宿題で忙しいみたいでもあるし。シン君もたまに帰りが遅い時がある。そういう時はたいていお父さんお母さんと一緒に戻ってくる。まるで彼らには定期的に行かなくてはならない場所があって、その日はシン君もつきあわされたみたいだった。
 観月家は誰もわたしが見えていないみたいだし、家族の会話にはなるたけ耳をかさないことにしているから詳しいことは知らない。でも、楽しいだけが観月家の常ではないようだった。どこの家にも戸棚には骨があるっていうのは、わたしの国のことわざではなかった気がする。
「清、明日も六時に行くわよ。ちゃんと宿題済ましておくのよ」
「分かってるよ。いつもやってるし」
 これは嘘だ。シン君はよく勉強机に向かっては漫画本を読み出し、部屋掃除をしたりする。机に広げた教科書やノートはそのままに見向きもしないで。シン君の部屋はきれいじゃない。物で畳が見えないくらいだから、部屋片付けはさぞはかどるだろうと思えば、そうはいかない。「収納のスペースが少ないのが悪いんだ」とかなんとか言っていつの間にか部屋片付けは中断。畳は一畳分も日の目を見られずまた別の宿題以外の作業にうつる。
 だからわたしは怪しまれない程度、ほんのちょこっとだけシン君の部屋をきれいにしたりする。表紙を上に重ねられた本たちの角をそろえたり、ちり紙は捨てたり、端に寄せれば部屋が広く見えるようなものを動かしたり。あまりに大きな変化をもたらすと怖がられるかもしれないから、さりげない程度で。シン君が泣きわめいた後にも、清掃作業をこっそりと加えた。
 シン君はひとり言が多いから、わたしはかなり彼の人となりを知ることが出来た。シン君は、普段からそうなのか自分の部屋の中だけなのか、本当にひとり言ばかりしている。半分が愚痴っぽくて、残りが思いつきやその日あったことについて。
「オムライスってまじ美味え」
――ほんと好きだよね
「明日テストとか無理だ」
――でも少しくらいやらなきゃ
「田舎ってまじ不便」
――そりゃこの辺は栄えてないけどさ
「あーつまんね。面白い漫画最近ねえ」
――そうかな? わたしはそれなりに好きなのあるけれど
「地球、滅びないかな」
――こら、なんてこと言うの
 わたしはシン君と脳内だけで会話をした。シン君はひとり言でもわたしの中ではちゃんとしたおしゃべりだ。
 一方通行でもさほど不満はなかった。いつしかわたしは今の状態もそんなに悪くないと思いはじめていた。そんな矢先だ、シン君のお父さんお母さんの口論が目立つようになったのは。



 何が彼らにそうさせたのか、わたしは知らない。大人には見えない自分を分かっていながらも、わたしは彼らのいさかいを止めたかった。シン君は両親が居間にいる限りは絶対に自分の部屋から出て行こうとはしなかったから。
 何も出来ない無力感に、わたしは家中をかけ回った。落ち着きを取り戻すことは出来なくとも、自分が彼らには決して見えないのを思い出すことは出来た。しなびたキノコみたいな気持ちでわたしはシン君の部屋に戻った。
 シン君は真っ暗な部屋で布団の中に自分の身をすべて隠していた。そうすることで世界を拒絶出来るとでも思ってるみたいに。実際シン君は両親のケンカを拒みたかったのだろう。前にもそんな家庭を見たことがある。だから分かる気はした。
 せめてシン君にわたしの存在を知らせようかとも考えた。エンピツぐらいなら持てるはずだから、紙に『わたしはここに居るよ』って書くとか。とんとんと壁を叩いてみせるとか。力をこめてシン君の背中を押してみるとか。結局、どれも“ぽるたーがいすと”のしわざとか幽霊だと気味悪がられるだけだとテレビに教えられ、あきらめた。
――シン君
 布団の中でシン君は黙ってしまった。この六畳間には誰もいないみたいだ。わたしも、シン君も居るのに。部屋の外だけが喧騒を忘れずそれぞれの主張を続けている。電気もつけない部屋の中、誰がいるかなんて考えもせずに彼らは口を動かす。
 そのうち疲れたみたいに大人しくなる。次の朝にはぎこちない挨拶で何ごともなかったかのように振る舞おうとする。観月家はこの時、ちょっと歪んで見えた。
 セミの声がうるさくなりはじめた頃だったと思う。あれは、梅雨のしめりを忘れずに、太陽の日差しを持ってきた初夏のこと。
 シン君は背がのびたような気がした。学生服の袖口が、前よりちょっと短くなったように見えたのだ。わたしは毎日見ているから、シン君の成長には気づかないでいた。でも、確かにシン君は背を高く伸ばそうとしていた。
 子供の成長はすごくうれしい。それと同時にさびしくもあった。背が伸びるにつれて彼らはみんな、遊ぶことを忘れてしまうから。
「清、今日は――宿題なんていいから、ちゃんと時間通りに来るのよ」
 ある日シン君のお母さんは言った。顔には疲れと不安が見えた。でもそれをこらえるみたいに眉間を寄せて、厳しい顔になった。
「……分かった」
 シン君の声はあまり分かったようには聞こえなかった。でも、とにかくシン君は頷いた。
 この頃の観月家は変だった。何か言ってはいけない単語を口にするまいと警戒しているような、家族の誰かが持っているはずの爆弾を突き止めようとするみたいにお互いのことを探っていた。
 爆発するのはそう遠くないと感じとっていたわたしは、ひそやかに息をのんだ。ただわたしの予測は外れ、観月家はその夜わたしの家には帰って来なかった。



 太陽が沈んで暑さはやわらいだけど、どこかしっとりとした空気の中、わたしは屋根の上にいた。端っこがかすれた丸い月を見て、ふと思った。観月家の誰もが月を見上げてなくて、わたしだけが月を観てる。観月家三人のうち誰か一人でも同じ月を見ているとは思えなかった。
――みんな、帰ってくるよね
 退屈だったからずっと空を見てた。観月家の家は、わたしの家は彼らが住むようになってから随分と快適に“りふぉーむ”された。新しさの象徴である彼らがいなければ、わたしは自分の住まいが遠く見えた。
 ずっと傍にいられるとは思ってない。素通りされても、今は彼らの帰宅が必要だった。
 わたしが観月家に何が起こったかを知ることはなく、月は西へと隠れて行った。



 朝やって来たのはシン君一人だった。顔がひどくこわばって、何かに追い立てられてるかのよう。わき目もふらずに自分の部屋に入ると、大声上げてわめき出した。違う、泣き出したのだ。
――シン君
 彼にとっては存在しないということも忘れ、わたしはシン君に声をかけ駆けよった。
――シン君、どうしたの。何があったの?
 おろおろとうろたえながらも声をかけずにはいられない。いつもみたいに手足をがむしゃらに動かしたりしていない。苦しそうな息が吐き出す音に、わたしは耳をふさぎたくなった。
 彼は拳を畳に叩きつけた。何度も、何度も。
 わたしはそれをやめさせたくて手を取ろうとした。空を掴んだ自分の手に――ひどく頭が痛んだ。
大輝(だいき)……」
 嗚咽の中もらされたのは、何度かわたしも聞いた名前。わたしの家に来たことのない観月の家族。全部推測の域を出ないけれどたぶん、シン君の弟。
 わたしは分かってしまった。
 彼が何を失い、何に涙しているか。それから、彼は自分一人しかいない部屋でしか、泣けないということを。人はどこででも泣けるわけじゃない。誰の前でも泣きたくない彼は、彼しかいない部屋で涙する。
 わたしは申し訳なくって、それでもシン君を放ってはおけなくて、彼の背を見つめた。
 両手を伸ばして、彼の心が少しでも平穏になりますようにと願った。その時のシン君の心はしわくちゃにされた手すきの和紙みたいだと思った。それと分かるくらいにいっぱいの波打つひだ。ゆっくり、少しずつ伸ばせば真っ平らにはならなくても、いつかきっとしわはゆるやかなものになる。きっとだ。
 不思議なことに、シン君の背中があたたかい気がした。認識されてないわたしが体温を持つはずも感じるはずもないのに。こうしてくっついてると、常世の春にいるみたいだ。夏場なのに、穏やかな気分。
 シン君もそうなるといいな。



 シン君は翌日からこれまでよりもずっと夜遅くに帰ってくるようになった。夜遅くとはいっても、子供時間に合わせたわたしの感覚での遅く、だけれど。
 部活動でもはじめたのかと思ったけれど、そうではないみたいだ。
 そんなある日、シン君はふいに自分の部屋を片付けはじめた。掃除嫌いの彼には珍しい、と思ったのもつかの間、シン君の部屋からは物が消えはじめていた。最後には、大きな家具だけになって、わたしは知った。
 観月家はわたしの家を出て行くのだ。
 わたしは彼らを引き止めたかった。行かないでと叫びたかった。服を引っぱって、強情に駄々をこねたかった。そのどれも出来ないと知っていたから、わたしはさよならは言わないと決めた。
――早く行きなよ
 まだ夏だった。セミがさかんに叫び声を上げ、日差しまでうるさい一日。外はきっと暑いんだろう。濃い影を作って、蜃気楼まで呼び出す。
――思い出したりしないから
 最後の荷物を積み終え、観月家の三人はわたしの家から立ち去ろうとしていた。わたしは彼らがよく見えるところで、居間から少し玄関に近づいたところでその光景を見ていた。
 彼らは去る。わたしはそのことを受け入れたつもりで、受け入れきれてなかったらしい。
――シン君……!
 泣きそうだった。泣き虫のシン君とは違い、わたしは一度も泣いたことなんてない。
――行かないで
 目の奥がひどく乾燥しているらしかった。
――見えなくてもいいから
 だからだろう、瞳をうるおそうと湿り気を帯びるのは。
――ここにいて
 振り返ったシン君の顔は、色あせて、疲れて、早くここから出て行きたがってるように見えた。それなのに――。
「女の子……?」
 目が合った。
 そんなはずはないのに。観月家に座敷わらしが見える人間はいないのだ。
「まさかな……」
 シン君は頼りなげに笑った。まるで遠い青春の日を思い描く老人のような瞳で。
「……でも……幽霊みたいのが……きれい好きな」
 わたしの存在を知っていたのだと思わせるような言葉。
――シン君!
 お節介なわたしの部屋片付けのお手伝いを、覚えてるといわんばかりの声。
――シン君、シン君!
 どうせ聞こえないから言わないでおこうと決めたのに。大切だから取っておこうと思ってたのに。
――ずっと一緒にいたいよ……!
 彼はあまりにも人間すぎた。人間らしいというのか。泣いて、いじけて、不満ばかりこぼして。宿題みたいな嫌なものから逃げて。失敗して。泣いて。
 相手にはわたしが見えないのを忘れ、わたしにだけは自分をさらけ出してくれてるとまで思ったりした。
 子供で、人間で、泣き虫な少年。
 自分一人じゃないと泣けない観月清。
 ああ、あなたを、ずっともっと――……。
 目の錯覚だと自分に言い聞かせたシン君は、わたしの家から姿を消した。



   ***



 長い間を時が進んだ。わたしは動かないままだった。動けないまま。ただ目覚めたままでいるのは億劫で、ずっとわたしの家にぴったりくっついていた。
 さびしかった。ずうっと、さびしかったよ。

 突然車のエンジンの音が響き渡った。何ごとだろう、今はいつでここが何だか忘れていたわたしは、家の前まで車が横付けするまで何も気づけないでいた。
 なんにもする気が起きない。新しい住人が来たのかもしれないけれど、見に行く元気はなかった。
「お母さーん、中入ってもいい?」
「まだ鍵開いてないわよ」
「よし、ダイキ、この鍵はお父さんが開けてやろう。ただちょっと時間がかかるんだよな」
 天井の木目が見えてきた。確か、ここはわたしの家。それからわたしの部屋。少し前に“りふぉーむ”されてあちこちが半端に新しくなったけれど、わたしの家。
「ほら開いた」
「わー! ホコリくせえー!」
「ほらそんなに走らないのダイキ。また転ぶわよ」
「へーき!」
 にぎやかな声。いつもは大好きだけど、今は素直に聞く気分じゃない。どうしてかな、子供の声を聞いてもそんなにうれしくはない。
 どたどたと足音がする。また、ホコリの上に足跡をつけているのだろう。
 それにしても、こんな家に一体誰が?
 顔を上げて、つい新しい住人たちを見たくなった。
 シン君。小さくなったシン君と、シン君自身にもシン君のお父さんにも似ている人が一人と、女の人がいた。
 誰? まさか、シン君? ちっちゃくなったの? お母さんは顔が違うけどお父さんは変わらないままだ。むしろちょっと若くなったかもしれない。
 わたしは首をかしげた。夢の続きでも見てるのかと思って、新しい住人たちに一歩近づく。すると、小さなシン君らしき子供に見つめられた。
「お母さん、女の子がいるよ」
「そんなはずないでしょう、空き家なんだから」
「でも、着物の女の子がいる。オレンジ色の」
 子供はわたしから視線を外さない。まだ五歳くらいの子供。だから、だろうか。
 呆れた母親の声に、子供はむくれた。
「いるってばー!」
 処置なしとばかりのお母さんは、何もない場所を指さす子供をどうやって黙らせようか迷っているようだった。
「……いや、いるのかも」
 え、と二人の母子は彼を見上げた。シン君に似た――男の人。
「女の子がさ。おれも見たんだ。昔、ここに住んでた頃……」
 西日を浴びたみたいに彼が目を細めたから、わたしは彼がシン君だと知った。
――シン君……!
 子供は、父親にも構わずにわたしに向かってきた。
「ねえ、何してんのここで。名前は?」
 ああ、わたしはまた――観月家に会えたのかもしれない。
 思い出したのは、座敷わらしという単語じゃなくて、いつかもらった名前。遠い日がまぶしくて、わたしはいつしか口を開いていた。
「わたしは、もも」
 その子の笑った顔がシン君そっくりで、わたしはつられてしまった。

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