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ショート・フィルム

作者:せせせ
 校舎から出ると雨は上がっていた。ただ薄青色に染まった雲が空を覆い尽くしているだけだった。もう降らないだろうな、そう思いながら鞄を自転車カゴに入れた。今日は鍵を失くさなかった。明日も失くさないだろう、そこまで思って明日が休みだということに思い当たった。明日休みじゃねぇかやったぁ。意気揚々と自転車の鍵を外す。小気味良い音がした。
 自転車に飛び乗って、これからどうしようかと考える。腹が減っていた。まだ六時になったばかり、ちょっと寄り道しても門限には間に合うだろう。本屋にでも寄って帰ろ。ペダルを踏み込む。やけに重いと思ったらギアを最大にしていた。かちゃりかちゃりとギアを変えていく。音楽でも聴こうと思ったけれど、イヤフォンしながら自転車に乗ってると怒られそうだからやめた。

 校門から大通りを一気に走り抜けて信号を通り過ぎ、何も無い田舎道を少し漕げばやがて踏切に突き当たる。踏切は下りていた。サイレンがうるさい。この道は無駄に車通りが多い。流石車社会だ。道路の端の窪みに雨が溜まっていた。
 やがて電車が目の前を横切り、踏切が上がる。乗客は少なかったみたいだった。車の脇を上手に、言ってもそんな上手にでもなくすり抜けていく。邪魔かなぁ。邪魔だよなぁ。ドライバーから中指立てられてたらどうしよう。俺はいつもびくびくしている。
 田んぼしか無い道をただただ走っていく。今日は本屋に寄ってから帰るため、いつもとは違う道を選んで行く。知らない道ばかり。だから歌ってみた。自転車を漕ぎながら鼻歌を歌う。ただ自分の勘だけを頼りに北、もしくは南の方へと向かう。傍から見れば立派な迷子であるが、ただこんなのは気の持ちようなのだ。自分を信じていれば自ずと道は開けていくのだ。何を言ってるんだ俺は。
 全然知らない大通りを走っていく。途中の公園では何人かの子供が遊んでいた。酒屋、スーパー、ちょっとだけ知ってる道になりまた知らない道になる。俺はその風景をただ、背景として見逃していく。そうして勘を頼りに走っている内に何事も無く知ってる道に辿り着き、俺の迷子は終了した。終了しなかったら困る。
 車道側を徐行して歩行者とすれ違う。もうすっかり小学生の頃から見慣れた道になった。走っている内に結構な街の変化に気づく。あのイタリア料理店は韓国料理店になった。前は確か寿司屋だったはずだ。大通りに面してるんだし立地はそう悪く無いはずだが、あの場所には何か、建てた店がすぐ潰れるような、変な呪いが掛かってるんじゃないだろうか。
 ここには前、中古ゲームを売っている店があった。この靴屋はゲーセンだったよなぁ、そういやこの服屋、全然客居ないのに何故か潰れないよなぁ。そんなことをつらつら考えている内に交差点に着く。本屋はその角だ。

 自転車を駐車場に停めて、鞄を肩に掛ける。予想以上に重かった。自転車カゴに置いて行ってしまおうか、そんな事も考えたけれど結局持っていく事にした。こんな重いだけの鞄、盗まれる事も無いだろうが、何故か置いていってはいけないような気がした。もし置いて行ったとして何が起こるのかは知らなかった。
 店内はいつも通りだった。まずはCDの新譜コーナーに行って、適当に棚を流し見する。買うつもりは無い。興味のあるCDも無かった。どうせ地方の小売店なのだから品揃えが良いはずも無いのだ。それから文庫本コーナーに行って「こ」を探す。目当ての作家は居なかった。何でだ。漫画コーナーは相変わらず立ち読みをしている人で賑わっていた。お前ら全員帰れ。胸の中で祈った。棚を一つずつ見ていく。欲しい漫画は幾つもあったが、肝心の金が無かった。明らかに絵で釣ってる漫画、サブカル好きが食いつきそうな漫画、センスのある装丁、センスのある題名、関係無いけれどセンスというものはつまり自分の感性とどれだけ重なるかということであるってどこかで読んだ。好きな漫画の新刊も出ていた。ただ如何せん金が無さ過ぎた。何で来たんだろう。名残惜しみながら店を後にする。ただの冷やかしじゃねぇか。本当に何で来たんだろう。
 店を出てすぐ、アイスの自販機でチョコチップアイスを買った。みかんシャーベットと迷った。結局この店に金を落としたのはこのチョコチップアイスの代金でだけ、という事になるわけだ。包み紙をべりべり剥がしてかぶりついた。そういやこの味好きだったんだ。小学校の時よく食ってたなぁ。チョコチップアイス選んで良かった。
 空を見上げる。やはり群青色の雲ばかりが広がっているばかりだった。街中がなんだか青い。重々しく並ぶビル達を背景に、その上にインクを垂らしたように車のヘッドライトの群れ、白、黄、橙がただ流れていく。誰かの話し声が聞こえてくる。俺は物語になるような事を成し遂げた覚えは無いが、誰かの手にかかればこんな日常も芸術となりうるのだろうか。俺にとってはただの日常だが、あるいは誰かへと。アイスを食べながら空を見上げる。なんか結構絵になるなぁと思った。何故かは分からないけど、今見ているこの光景は一生忘れないだろうなぁと思う。何故かそういうのはピンと来るのだ。旅行で空港に行く途中の、青く染まった高速道路にずらっと並んだ赤い光、小学生の頃、泣かされて友達に慰められながら帰った道、中学生の時の最後の合唱コンクールの練習で太陽と暑さに照らされる指揮者の女の子の影。その思い出、というか一瞬の記憶の群れ達の中にこの風景もまた混ざるのだろうなと思う。
 アイス食べ終わった。ゴミ箱が無いので仕方無く、鞄の中にあった適当なビニール袋の中に包み紙を放り込んで縛った。七時だしそろそろ急がないとヤバい。身体が重い。カーキ色したズボンの裾まで何故か重い。

 大通りを抜け、小道を抜け、家ばかりの路地を抜けて、また田んぼしかない道になった。無駄に見通しの良いこの広い道では車がよく飛ばして来る。中学の時よく通った道だった。今でも結構通ってる道だから別にこの道については感傷とかは無い。
 気づけば辺りはとても静かだった。いつのまにか自分の歌声も消えていた。ぼんやりとずっと自転車を漕いでいくうちに、自分の人生は短い映画のようなものなのではないかとふと思った。今までのことは全て決まっていて、これからも決まっている。ただそれが分からないだけのこと。
 何故だか感傷ばかりだった。金曜だからか、寄り道してしまったからか、何故か感傷ばかりだった。俺は青春とはかけ離れているような人間だが、あるいは。
 なんとも言えない気持ちになってただ取り留めもない思考を続けながらペダルを踏み続ける。こんな一日には何か価値があるのかな。生活には良い事も悪い事もある。悪い事の方が若干多い。俺は迷子である。自分を知らない。ただ毎日を擂り潰して、生きているようなそんな人間である。それでも良いのかな、と思う。
 短い映画を再生していく。いつかは終わる。それでも俺は。
 誰も何も居ない道をただ街灯が照らしている。その横を俺は一人きりで走り抜ける。そしてその後に広がる坂道を俺はゆっくりと。
SF要素はあります(大嘘)

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