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金と銀の瞳 ~TOKYO 2022

作者:風梨凛
サイエンスファンタジーです。「あなたのSFコンテスト」参加作品です。
 ― 金と銀の瞳 ―

 そんな哀しい目をして、こちらを見ないで。
 子猫ちゃん。
 ごめんね。
 私は、もう、あなたのふわふわした背中を撫でてやることができない。

 ― 人は、溶かされ、肉塊と変わり果ててゆく―


 西暦2022年
 その惨禍の始まりは、大国たちが我先にと争って行った大気圏外、高高度核爆発の実験による電磁パルス(EMP)に引き起こされた人工衛星軌道での大規模な障害だった。
 電離層は破壊され、先進国がそのほとんどの運営機能を依存していた電子機器コンピューターは、光ケーブルを使用、もしくはEMPに影響を受けない真空管装置等にバックアップを取るなどして、保護された機器以外は、すべてが停止した。
 その隙につけこんだある国の半ば狂った独裁者が、世界征服を夢想し、核爆弾のスイッチを押した。その報復のために、理性を失った他の核保有国の統治者たちが、自国の核爆弾を発動させた。
 世界は、一般人が気づかぬうちに、崩壊への道を突き進んでいたのだ。
 地球の各地でオレンジ色の閃光が輝き、灰色のキノコ雲が何個も空に浮かび上がった。
 大気圏内における核爆発の火球の温度は数百万度にも達する。
 猛火が建物を、木々を、街を、国を
 ”生命いのち”を消し去ってゆく。
 放射能は広範囲に散布され、人間たちの生への希望は完全に途絶えた。

― でもね、子猫ちゃん……これは、昔、読んだ絵本の話 ―

 猫は9つ、命を持っているんだってね。
 だから、あなたは、また、生まれ変わり、
 その金と銀の瞳で、また綺麗な地球を見てくれるわね。

  ― それが、望み。私の最後の ―


1.紅色の空 TOKYO NEW NRL STADIUM(新国立競技場)

 西暦2102年。
 あの惨禍から80年が経った。
 かつて東京と呼ばれた街の空は、昼も夜も紅色をしていた。
 強烈な核爆弾の光が、あの日、出ていた夕焼けの色を空に焼けつけてしまったのだ。その街の中央部分にあり、今は廃墟と化した競技場に突然、二つの旋風が舞い降りた。
 少年と少女。
 辺りにそれらしい姿は見当たらない。地下コロニ―の学習ブースの中では、放射能に満たされた外界に生身で立つのは、自殺行為に等しいと、彼らは教えられていた。だから、少年と少女は本体を抜け出して、思念だけで、秘密裏にここにやって来たのだ。

 ”ジル、着いたよ。ほら、ここが、上層部うえのシステムから盗み出した古地図に載ってた……新国立競技場(TOKYO NEW NRL STADIUM)。80年前……あの惨禍が起こるちょうど、2年前の2020年に、ここで、東京オリンピックが開催されたんだ”

 古地図といっても、それは、かろうじて残存した保護データの中の3Dマップだった。
 対応地域である”東京都新宿区霞ヶ丘町10番2号(北緯35度40分41秒東経139度42分53秒)のストリートビューには、流線型の屋根を持ったUFOめいた競技場が映っていた。
 公園の緑の中に、浮かび上がった彗星のような銀色のフォルム。このスタジアムが、今はどんな風に変わってしまっているんだろう……そんな気持ちが少年と少女の好奇心を思いっきり、くすぐってしまったのだ。
「うわぁ! ここがそう?! 私たち、本当にあの場所に来れたのね!」
 少女が心の中で歓喜の声をあげる。
 少年の名前は、アウル。少女はジル。二人は共に15歳。

”ありがとっ。アウルが接触感応と精神感応と……えーと、瞬間移動も使えることに感謝っ。それでなきゃ、こうやって、”コロニ―の外”に連れ出してもらるなんてできないもんねっ”

 彼らは、核戦争後にコロニ―と呼ばれる地下の世界で、冷凍保存された卵と精子を用いて、体外受精によって生み出された子供たちだった。
 それというのも、あの惨禍が起こる直前に、核シェルターに逃げ込み、かろうじて生き残った人間たちがいたからだ。
 それは、一般人を見捨てて遁走した政治家、軍人、科学者たちだったのだが、彼らは地下にコロニ―を作り、人工で作られた子供たちを養育し、放射能に侵された外界から隔離された別社会を作り上げていった。
 ここで生まれた子供たちに、家族という概念はなかった。
 人は生涯”個”であり、男女間の違いは単に体型の違いであり、その二つの性が交わり、生を生み出す機能があることも彼らは知らなかった。恋愛感情は抑止され、互いに感じる友情の強弱で、子供たちは、心を許す者とそうでない者を識別していた。
 惨禍以後に生まれた子供は人工的に作られたカプセルの中で生まれ、育ち、死んでゆく。
 それは、限られた面積のコロニ―の中での、完璧な人工統制のためなのか、それを知る者は上層部の人間だけだと言われていたが、上層部の人間を見た者は、下層部には誰もいなかった。
 兎にも角にも、外に出ることは禁忌だった。アウルは自分が生まれ持って備えた超能力をジル以外にはひた隠しにしていた。こんなことが周りに知られてしまったら、すぐさま、異分子として、拘束されてしまうだろう。
 それでも、危険を侵してでも、外の世界を見ていたい。アウルの能力に導かれて、何度も外に出る度に、彼らの心は上の世界に魅せられていってしまったのだ。

 だって、上の世界はこんなにも広いじゃないの!

 夕焼けを焼き付けられた空の紅は、放射能の吹き溜まりだと言われる割には、幾重もの深紅のオーロラが輝いているようで、少しの恐怖感も感じさせない。
 ジルは、そっと耳を澄ませてみた。すると、心がぽっと熱くなった。
 人々の熱狂した声があちこちから響いてくる。

 ”わぁ! すごいわ。80年も前のことなのに! ここには、まだ、五輪の観客たちの残留思念が残されている! もっと、深くサーチすれば、当時のアスリートたちの心を拾うこともできるかもよ”

 高ぶった様子の少女の声に、接触感応で彼女に残留思念を送ってやった少年は、苦い笑いを浮かべた。
 脳裏で捉えることができるのは、さざ波のように寄せては消えてゆく歓声の残響だけだ。観客たちは、とっくに死にたえている。
 そこは完全な廃墟だった。新国立競技場の”新”は、名ばかりで、今、観客席はほとんどが崩壊し、グラウンドはひび割れて、走れるコースは、かろうじて、1コースだけが残っているだけだったのだから。
 かつて、最新鋭のデザインを取り入れてつくられた空調設備が、むき出しになり、今は錆びた配管のパイプから、放射能をたっぷりと吸いこんでいるであろう風が、吹きあがってくる。

 ”ジル、いい加減にしろよ。僕の能力ちからにもリミットがあるんだ。そろそろ、コロニ―に帰らないと、空っぽの僕らの体が見つけられてしまうし、へたをすれば、永久に”体”に戻れなくなってしまうよ”

 ” でも、今、あのランニングコースに立ったランナーと私の心がシンクロしたところなの。だから、ちょっとだけ、ちょっとだけ、待って。あのコースを1度だけ、走らせて”
 そう言って、ジルの意識は、たった一つ残されたランニングコースのスタートラインに降り立った。

 さあ、金メダルを狙うわよ!

 心が大波のように奮い立つ。
 80年前のオリンピックランナーが感じたと同じ、勝利をつかみ取ろうとする熱い心が電流のように脳髄を刺激してくる。

 ”Ready Go!”

 ……が、

 ”ジル、待って!! あそこに何かいる!”

 やる気満々の少女を少年が遮ったのだ。その瞬間、彼らは驚愕し、同時に歓喜の声をあげた。その物体は、競技場の外へ出る直前にふと立ち止まりこちらを振り向いた。
 ぴょこんとした2つの耳。真っ白な毛並み。ぴんと警戒態勢をとった長い尻尾。そして、金と銀のオッドアイ。

 ”ね…こ? 猫なの!? 絶滅種の? 信じられないわ。それを、こんな放射能汚染区で見つけるなんて!”

 ”追いかけよう! っていうか、あいつの中に入り込もう! 二人分はちょっと狭いけど、何とかなる!”
 その瞬間に、アウルは、ジルの意識を自分の意識の中にくるみこんで、駆け去ろうとする白猫の体の中に飛び込んだ。


2.地球の治癒力(Earth Healing)

 紅色の空の下、廃墟の中を金と銀のオッドアイを煌めかせた白猫が、駆けてゆく。
 ふわふわの白い体が、ぴたりと立ち止まった時、その金の右目からアウルが、銀の左目からジルが、驚きの視線を壊れたアパートの階段に向けた。
 なぜなら、そこに横たわった少年の姿を見てしまったからだ。歳は、アウルたちと同じくらいだろうか、黒い肌に切れ長の黒い瞳。だが、その心臓の今にも消えてしまいそうな鼓動が、また、彼らを驚かせた。

“この子、自殺志願者? 生身の体で、外に出るなんて正気の沙汰じゃないわ”
“早くコロニ―に戻さないと! でも、どうすりゃいいんだ? 誰もこんな放射能の中に出てまで、助けになんて来てくれないぞ”

 アウルとジルが体に入り込んだ白猫が、倒れた少年に近づいてゆく。白猫は、鼻を少年の耳元に近づけると、囁くように彼に語りかけた。

 ― 大好きな大好きな黒猫さん。もう、逝ってしまうの? あなたの9つ目の命はもう尽きる。
 そして、私の8つ目の命は終わり、9つ目の命が始まる。
 だから、もう少しだけ、待っていて。
 あなたにキスしたいの。少しだけの時間があれば、それが叶うから ―

 白猫の意識が薄く遠くなってゆく。まさか、この猫にも死が近づいているのか!? 白猫の中で、アウルとジルはぎょっと、お互いの感情を交錯させた。
 けれども、白猫の心臓の鼓動が止まったと同時に、その姿が変化しだしたのだ。
 しなやかに伸びる手足。細身の胴体。やわらかな胸元。
 それらの部分パーツが、輝きながら、白猫の姿をそのまま映したような色白の少女の裸体を作り上げてゆく。
 哀しげに瀕死の少年を見すえる瞳は、金と銀のオッドアイ。

“なぜ、こんなことが起こるの。絶滅種のはずの猫。それが、人間の女の子に生まれ変わるなんて”

 少女の姿になった白猫の心臓が再び正しい鼓動を打ち出した。黒い肌の少年を抱き起こし、優しく微笑みかけると、少女は、そっと、彼の唇に自分の唇を重ねた。黒い肌の少年が、瞳を潤ませて、最後の力を振り絞るように彼女に笑みを返した。

 ― ありがとう。そして、さようなら、大好きな大好きな白猫さん。僕の役目は終わったけれど、9番目の君は、あの娘の願いをもっともっと叶えてやれるよ。僕らには9つの命がある。僕らが死んでも、他の猫たちがその後を継ぐ。ほら、見てごらんよ。あの紅の空の隙間に、今日は、星が一つ見えてきた。あれは、僕が、9度生まれ変わって、初めて見た一番星だよ ―

 猫は命を9つ持っている。 

 そんなお話を昔に聞いたことはあったけれども、ジルの意識は、白猫の体の中で、うろたえたように辺りを見渡した。
 一緒にいたはずのアウルの意識がどこにもいないのだ。

“アウル、アウル、どこにいるの? ひどいわ、私を置いて、コロニ―に戻ってしまったの?”

 すると、命が尽きかけているはずの黒い肌の少年が、ジルが入りこんだ少女の腕をすり抜けて、むくりと立ち上がったのだ。
 黒の瞳が、紅の空の向こうを見つめている。やがて、少年は、両腕を左右に大きく広げ、胸いっぱいに辺りの空気を吸い込んだ。
「心配しないで。僕はここだよ。この少年の中。コロニ―になど戻るはずがないじゃないか。あんな薄暗い場所なんて、僕はもうごめんだ」
 アウルの声が、黒い肌の少年の口元から響いてくる。
「ジル、僕らは何て馬鹿でおごった生物だったんだろう。怖がらずに思いっ切り、深呼吸をしてごらんよ。体を蝕む放射能やダークマターを感じるか? あの夕焼けが張り付いた空の紅は、僕ら人間が地球につけてしまった罪の烙印。いわば、火傷の痕のようなものだったんだ。この少年の中に入った瞬間に、僕は気付いてしまった。あの空には、今は何の毒も含まれていない。もっと雨が降り、風が吹き、年月が経てば、それこそ、かさぶたがとれるみたいに、あの紅は消えてなくなるだろう。ちっぽけな人間たちがばらまいた毒より、ずっと大きな自浄作用で、地球は自分自身を癒していたんだ。80年も自分たちが招いた惨禍に怯え、傷ついたこの星に何もしてやれずに、僕らが地下に隠れている間に!」
 その瞬間、ジルの意識も白猫が化身した少女と一つになった。アウルが入り込んだ黒い肌の少年と目と目を交わす。すると、ジルは自分が裸なことが急に恥ずかしくなってしまったのだ。
 アウルに見られるのを避けるように、彼の後ろに回る。ジルの体温と、とくとくと打つ鼓動を背中に感じたとたんに、アウルの心臓までがどきりと高鳴ってしまった。

 黒猫さんは、白猫が好きで、白猫さんも、黒猫が好きで……。

 そんな感情を今まで感じたことのなかった二人は、戸惑い、お互いに言葉を出すことができなくなってしまった。

 ”そして、猫たちは、綺麗な地球を見続けるために生まれ変わって”

 最初に声を出すことができたのはアウルの方だった。
 精神感応能力のあるアウルは、ジルよりずっと鮮明に、猫たちが背負ってくれた”運命”に共鳴し、ジルより早く自分の心を新しい世界へ向けることができたのだ。
 柔らかく微笑んで後ろを振り向くと、アウルは頬を赤く染めたジルをぎゅっと抱きしめた。それから、自分の上着を彼女にかけてやってから、ジルを手招いた。
「走りにゆこうよ。あの新国立競技場のランニングコースを! そして、五輪で金メダルを取ったランナーの心を拾うんだ」

 金と銀のオッドアイ。そして黒の瞳。

 その目を持った彼らは、夕焼けの向こうに見つけた美しい一番星の下に向かうように、ランニングコースを駆けだした。

 金と銀の瞳の猫に願った少女の夢。
 猫は9つ命を持っている。そして、少女の願いは輪廻する。

 
  ― だから、あなたは、生まれ変わり、
 その金と銀の瞳で、また綺麗な地球を見てくれるわね ―

 命が生まれ変わる毎に。
 人の心を拾いながら。
 それが願い。世界を失った私たちの。


               挿絵(By みてみん)  
* *
SFコンテストの期限ぎりぎりの投稿で、まだ、完全に出来上がったといえない作品です。期間中に修正すると思いますが、お許しください~。本当はもっと何だかんだと長い設定の話……になるはずだったんですが、とりあえず、短編にして投稿させていただきました。
そして、挿絵! これは完全に期限に間に合わなかった! でもでも、せっかく描いたんでこちらは遅ればせながらだけど、投稿させていただきました。
あなたのSFコンテスト

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