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あなたのとなりのよしや君

作者:黒崎伊音


 よしや君という、小汚いパンダのぬいぐるみがいます。

大きい虚ろな瞳に小さいからだ、それからこれが足と言えるのかと思われるほど短い足を持つ彼は、ブサイクで、全体的に間抜けで垂れた印象を持たせています。見る人間を怒りに狂わせるような、そんな負の魅力を持っています。そんなよしや君は、今はある女性のもとで、毎日のようにこき使われています。
 それまで、彼の体毛(フェルト生地ともいう)はまさに純白で、白という色のアーキタイプというべき素晴らしいものでした。しかし、何の因果かその女性のもとにやってきたら、体毛は灰色に生え替わりしたのかといいたくなるほど薄汚れてきています。
 何故その女性のもとにやってきたのか。
 それには別に深くもなければ長くもない、どうでもいい展開の重なりでした。
 これを語る僕自身、あのパンダを見ているとだんだん腹が立ってきて首を絞めたくなる性分ですので、正直言って語りたくもありません。しかし、語らないとあの虚ろな眼で呪われて一週間ぐらい原因不明のウィルスで寝込む事態が待っているので、僕は嫌でも語らなくてはならないのです。
 どうせみんな、あの、小汚いツラのパンダの事なんて興味もありませんでしょうが、ここはひとつ、僕を助ける意味を込めて聞いていただきたいのです。
 誰も知っているあの小汚いパンダには、浅く間抜けでどーでもいいお話があるのです。

 ◆  ◇ ◆

 よしや君はそれまで、ヨーシャ谷というところで、よしやパパとよしやママの三人で暮らしていました。
 ヨーシャ谷に住んでいるのは、よしや君一家だけではありません。イノシシやシカ、ツキノワグマの一家も暮らしています。
 よしや君と両親は、目の虚ろさがとっても似ていたので、親子であることは疑いようがありません。ですが、両親の背中には何もありませんが、よしや君の背中には、謎のジッパーがありました。よしや君は、何故自分にだけそのジッパーがあるのか、わかりませんでした。
 あまりにもそのジッパーが気になって気になって仕方がないよしや君は、ある日そのジッパーを自分で開いてみることにしました。もしかするとこのジッパーは内臓への入り口なのか、それもとジッパーを開けると自分の内臓が飛びでてくるのか、飛び出た内臓はどうなるのか、そんな一種の緊張を感じながら。
 結果として、ジッパーを開けても内臓は出てきませんでした。というか、何もありませんでした。開いて閉じるだけのジッパーの中にあったのは、ただの空洞だったのです。
 鏡で空洞を確認したよしや君は、自分に内臓がないことにひどく驚いた覚えがあります。
 内臓のないよしや君は、そういえば自分はみずから足を、手を動かすことが出来なかったことの理由を、そこで初めて知りました。よしや君は移動する際は、よしやパパの背中にぴったりと張り付いていたのです。
 この時、よしや君は悟りました。
「ああ成程。パンダのおかーさんは、ぬいぐるみを生んだんだ」
 一応、ヨーシャ谷にもテレビというものは存在しました。地デジもBSも、WOWOWだって見放題です。なので、人間の流行りや文化、知識、文明、歴史、などを、それなりには知っていたのです。勿論、ぬいぐるみなる、動物を模した心臓を持たぬ贋作の存在も知っていました。
 そして、そこから自分もぬいぐるみなる存在であると知ったのです。ですが、よしや君とよしやママ、よしやパパの顔はそっくりで、彼らは親子なのです。そのためには何らかの、神的な力が働いたに違いないのです。
 パンダのおかーさんはぬいぐるみを生んだ。
 自分がぬいぐるみだと知った後も、暫くは平穏に暮らしていました。しかし、そのヨーシャ谷を悲劇が襲います。
 ぬいぐるみの神がいれば、その逆の全てのぬいぐるみを憎むぬいぐるみ破壊神がいます。その神に言わせれば、ぬいぐるみが地表を覆うようになったらこの世は終わるというのです。そのぬいぐるみ破壊神がいうには、有機物の腹から生まれた無機物――よしやママのお腹から生まれたよしや君――は、その、その世の終わりをもたらす存在になるというのです。
 ぬいぐるみ破壊神はよしや君のことをこう思っていました。つまり、よしや君は、ぬいぐるみの神によって、ぬいぐるみの神の使いによって使わされた存在であるのです。そして、使わされた存在であるよしや君は、無機物たるぬいぐるみの群れを率い、人間を破滅に追いやる危険なぬいぐるみだとされていたのです。
 そのぬいぐるみ破壊神はヨーシャ谷を襲いました。ヨーシャ谷は神の力によって、一日で壊滅してしまいました。
 これをよしや君から聞いた僕は、おい破壊神がんばれよ、もっと気張れよ! と思うのです。
 この時、ぬいぐるみ破壊神がもっとがんばっていれば、僕はあの小汚いパンダを未来永劫目にすることはなく、もっともっと平穏な人生を歩んでいたはずなのです。いや、僕だけではない。少なくとも、パンダを見ただけで急にそのパンダが憎くなり、そのパンダが全身を灰色の雀についばまれて死ねばいいと思う人間だって一割ほど減る筈なのです。
 しかしよしや君は、無傷でした。よしやママとよしやパパが体を張って守ってくれたのです。……無機物の分際で。
 住むところがなくなった傷心のよしや君は、ヨーシャ谷を後にしました。

 *

 ヨーシャ谷から出たよしや君は、ぬいぐるみ生産工場のベルトコンベアの上にいました。
 ベルトコンベアの上にいる、その前のよしや君、つまりヨーシャ谷から出たその後の記憶があまりないそうです。ただ、雨の日に自分が大柄な男性に拾われたこと。そして、その男性が、
「こいつは売れる」
 とつぶやいていたのは覚えていたそうです。
 さて、その男性はこのベルトコンベアの周りにはいません。そこでは、自分と似た形のぬいぐるみが大量に生産され、自分と同じようにベルトコンベアに流れていくだけです。
 似た形、という一言では済まされません。大きな虚ろな瞳に、足かと突っ込みたくなる程短い足も、体全体から醸し出される垂れた雰囲気も、何もかもよしや君にそっくり――ではなく、そのままでした。
 よしや君は自分と同じタイプのぬいぐるみの、尻の近くにあるタグを発見しました。

『ゆるキャラパンダ たれすぎ君』

 それを見たよしや君は、この自分と同じタイプのぬいぐるみが『たれすぎ君』というキャラクター化されたもので、自分がそれの元――オリジナルであることに気が付きました。
 要するによしや君を拾った人間は、よしや君をモデルにして新しいキャラクターを作ったのです。
 しかしキャラクターのアーキタイプになったよしや君は特別化されず、オリジナルであるにも関わらず贋作と一緒にベルトコンベアに桃太郎の川流れよろしく流されていくのです。
 よしや君はドンブラコとベルトコンベアの上を移動していき、自分の贋作とともに袋詰めされ、トラックに乗せられました。
 自分と全く同じ顔の『たれすぎ君』を見て、よしや君は、自分よりもどことなくブサイクでした、と語っていました。

 *

 さて、語っている僕がかかわるのはここからです。
 幼い頃、僕と僕の妹は、二段ベッドで寝ていました。二段ベッドの上は妹で、下が僕です。丁度僕が一三才、妹が十歳だと記憶しています。
 当時、妹は流行になった『ゆるキャラパンダ たれすぎ君』に、病的なぐらいはまっていました。たれすぎ君手帳、たれすぎ君ストラップ、たれすぎ君うちわ、たれすぎ君寝袋、たれすぎ君……もう多すぎて自室の床を覆っていたぐらいです。しかし、当時たれすぎ君は一世を風靡したキャラクターであることは、認めがたいですが事実なのです。なぜならば僕の中学のクラスメイトまで持っていたのですから。
 クリスマスの夜、妹は靴下の中に一体これから何がはいるんだろうとわくわくしていたそうです。僕はものより現金の方がうれしいのですが、そういったところの妹はちょっとかわいいかもしれませんと思ったことは内緒です。
 深夜、妹は二段ベッドの上でぐっすり眠っています。僕も眠っています。
 その日、妹はこんな夢を見たそうです。でっかいパンダの宗匠が、椅子にドカッと座っていて、ユカリの代わりに葉巻を吸っていたそうです。その向かいに妹は正座をしています。よしや君曰く、それはきっとぬいぐるみ神さまだというそうですが、僕はそれを実際に見たわけではありませんので知りません。
こういったそうです。
『今日あなたのもとに、脱力した顔を持つ一体のパンダが現れます。そのパンダは背中にジッパーを持っています。その子の名前を――○○○と名付けなさい。いずれ、捨てられ行くすべてのぬいぐるみを救う、救世主となるでしょう』
 夢はそれで終わったそうです。目を覚ました妹はあおむけで寝ていた自分の額に、何か白黒の奇妙なものが張り付いているのを発見しました。
 脱力した顔面と、妹の寝ぼけた瞳が揃います。一体、どちらがより間抜けでしょう。妹ではない、間抜けなツラはこのパンダだ、と、僕もなるべくならば主張したい。ですが、どう見ても妹はパンダと同じぐらい、炭酸の抜けたソーダのような意味のない顔をしていました。
「……たれすぎ君だ……」
 寝ぼけた妹は、たれすぎ君を見てにっこりと笑いました。

 こうしてよしや君は、冒頭に言ったある女性、つまり妹のもとにやってきました。ジッパーを開けると空洞だと知った妹は、よしや君をあわや財布として使うことにしたのです。
 妹のよしや君の扱いは、決してほめられたものではなく、寧ろ悪すぎるだろお前と言いたくなるほどひどいものです。

 修学旅行先のオークランドで馬糞にまみれたり、
 旅行先の雨のベルリン市内に落としたり(10円で売られていました)、
 学園祭のバザー会場で落としたり、
 風呂には一年に一回しか入れてくれなかったり、
 小銭を入れまくってぶん殴る武器として使ったり、
 呪いの道具として使ったり、
 週に三回の割合でなくしたり、

 そんなことを繰り返しています。

 よしや君は年を重ねるごとに、体毛は灰色になり、触り心地のよかったフェルトはバサバサになり、ちょっと痛々しい感じの外見になっていきます。
 妹の扱いが悪いからか、ツラがもともと悪いからか、それとも世間の皆様がよしや君を見ると僕のような凶悪な本性をむき出しにするのか、恐らくすべてでしょうが、よしや君はキタナイクサいムカつくとだんだん迫害されるようになりました。
 しかし、どんなに扱いがひどくても、妹が存在を忘れても、どこか道端で落としても、よしや君は何故か妹のもとに必ず戻ってくるのです。
 そんなよしや君にですが、ずっと妹はキャラクター名のたれすぎ君と言っていました。
 長年一緒にいたのにそれはひどい、と妹が周りに言われたのは高校生の時。そんなわけで妹はよしや君に名前を付けることにしました。
 かかった時間は、三秒でした。
「うーん、よしや、でいいんじゃね?」
 と、適当に決めたのでした。
 なぜ妹がよしやと名付けたのか、僕には皆目見当は付きません。そして、妹は自分が「よしや」と決めたパンダが、本当に「よしや」という名前を持っていたということを知りません。よしや君は僕に「ぬいぐるみ神さまはあの妹によしやと名付けるようにといった」と主張しますが、それはよしや君の妄想ということにしてください。

 ◆  ◇ ◆

 そんなよしや君が妹のもとにやってきて、早一三年経ちました。
当時十歳だった妹は二十三歳になり、近所の豆腐屋で働きながら小金を稼いでいる以外は、昼行燈な堕落した生活を送っています。
 たれすぎ君は廃れた文化になり、最早たれすぎ君グッズを持っている人は見当たりません。そのたれすぎ君グッズの代わりに妹は、適当に拾ってきたぬいぐるみを家じゅうにまき散らすようになりました。
 しかし妹は、他のたれすぎ君グッズはベッドの下に押し入れているくせに、なぜかよしや君だけは常に持ち歩いているのです。そして、よしや君とともにぬいぐるみを拾ってくるのです。
 どうやらあのぬいぐるみ破壊神が言ったことは、あながち間違いではなかったようですね。なぜならば我が家に、本来は捨てられてゆく運命をたどる筈のぬいぐるみたちが、溢れにあふれているのですから。妹を使って捨てられてゆくぬいぐるみを拾っているよしや君は、まぎれもなく救世主なのです。
 どうでもいいですけれど、ぬいぐるみ神とぬいぐるみ破壊神は、今では結構その辺なんか、どうでもよくなったみたいですよ。はい。
 こんな頭の悪い、聞いているだけで人生の五分ほどを損したと思わせるような話に付き合わせてしまってごめんなさい。最後に、別にどうでもいい事実を添えてこの話を終えますね。


 いい年をした大人になった僕の妹の名前は、クロサキイオン。


 今でもよしや君は、イオンのとなりにいます。


 ※この話は、最後の一行だけノンフィクションです。

                                      (終わりだ!)
ですが小説は最後の一文までが小説なので、このお話は最後の一文もフィクションです。

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