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恋の悩みを知る君は 作者:来栖ゆき

2章 ばら色の翼にのって

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◆2◆

 ベルは今頃何をしているんだろう? メール送ってみようかな……って、あたし仕事中だしダメだってば……。
「えっと、3名分です。交通費お願いします」
 あたしは2階の経理部にいた。
 交通費の請求も忙しい営業担当の代わりにやらなければならないのだ。
 たまにパタパタと心がベルの元へと飛んで行きたがりついボーっとしてしまう。まだ午前10時なのに、よくない兆候だって自分でも感じている。
 ああそうか、恋に落ちるってこうなるのかと一人で納得した。
「受理しました。また午後に取りに来て下さいね――あ、待って深山さん!」
 あたしは呼び止められて振り返った。
「悪いんだけど、アレ持っていってくれる? 上期の無駄な費用を洗い出したいって言われて4月からの請求書関係の資料、倉庫から持って来たんだけど、おたくの渡辺部長がなかなか取りに来てくれないのよね」
 いい加減邪魔なのよ、と顎で示されて、あたしは隅にある段ボール箱へと近づいた。中には厚み10センチ程のファイルが5冊。
「はぁ、解りました……」
 これ、ものすごい重そうなんですけど……。
 でも経理部のお局様に逆らえるほどあたしはこの会社では偉くない。
 よいしょ、と持ち上げると、ずしりと腕に重みがかかった。
 う、腕が……!
「こういうのって、普通男の人が持つべきじゃない?」
 よろよろと経理部を出て誰にも聞こえない所まで来るとあたしはひとり呟いた。
 しかもこれじゃエレベーターの[上]ボタンが押せないじゃない。一度床に置くのも腰に負担がかかると思い、あたしは段ボールを持ったままつま先を伸ばして少しずつ腕を上げた。けれどボタンを押す前にエレベーターが空いて人が降りてきた。
 わお、ラッキー。
 足早に降りる人を待ってから、あたしはふらふらしながら乗り込んだ。
「ぎゃあ!」
 けれど[開]ボタンを押していないエレベーターは自然に閉まってあたしを挟んだのだ。
 もう、朝からひどすぎる!
「今日の乙女座は2位だったのになぁ」
 誰かが押し間違えたのか、営業部のある5階のランプが付いていたので、ここでは無理して手を伸ばす事なく済んだ。これは乙女座の幸運?
「おはよう、ちょうちょちゃん。朝からエレベーターとじゃれあうなんて元気だねぇ」
 不意に背後から話しかけられてあたしは驚いた。
「げっ、吉野さん! おはようございます……」
 後ろの方で気だるそうに壁に寄りかかる人物は同じ営業部の吉野樹(よしのいつき)さん。
「なんだその嫌そうな顔は……」
「いえ、別に――っていうか、いるならエレベーター開けておいてくださいよ」
「寝てたんだ。でもちょうちょちゃんが騒ぐから目が覚めた」
 吉野さんは眠そうに目を細めてあたしを見ている。
 なんなのよ、その言い訳は……。

 あたしの事を「ちょうちょちゃん」なんて子供みたいで言いにくいあだ名で呼ぶこの人は、同じ営業部の営業担当で、あたしの4つ先輩の30歳。ちなみに独身・彼女ナシ。これはあたしのリサーチじゃなくて後輩の舞子ちゃんから。
 そして黒に近いダークグレー。
 ……スーツの色じゃなくて性格がね。
 今日のスーツは黒地に白のストライプ。皺ひとつないバーバーリーブラックレーベルが似合う大人のイケメンだ。
 仕事に関しては鬼のように厳しくて、あたしが新人だった頃、めちゃくちゃ怒られまくったという苦い思い出がある。半泣きで納品書を作りなおした事は今でも鮮明に覚えてる。
 お陰でまあまあ使える人間に成長した今のあたしがいるのだけれども……ぶっちゃけ苦手な人物だ。
「それ、重そうだね」
 今さらながらにあたしの持っている段ボールに気付くと問いかけてきた。
「渡辺部長が使うらしいです。すごい重くて腕がちぎれそうなんです、今! ものすごく!」
「ふうん……」
 やっぱりね、持ってくれないって思ってた。この人はこういう人なのだ。
「別に期待なんかしてないですよーだ」
「……聞こえてるよ」
 だって聞こえるように言ったんだもん。
 吉野さんは基本イジワルだ。
 でも何故かあたし以外の女の子には笑顔を絶やさない優しいフェミニスト。だから人気もあって、結婚したい男ナンバー1と言われていた。
 確かにこんなイケメンに笑顔を向けられたら、あたしだってもれなく皆と同意見なんだろうけど――本当はすごく横柄で優しくなくてオレ様でイジワルなのだ。
 どうして吉野さんはあたしに対してだけ本性をぶつけてくるかって? まあ、心当たりがないわけではない。
 あたしはこの人に嫌われてる――4年前に納品書の数字を一桁間違えたってだけで。
 その件で吉野さんは顧客に頭を下げに行って、あたしは皆の前で怒鳴られた。恥ずかしい話だけど、あたしは会社で号泣して――ああ、もう思い出したくない……。
 とにかく営業部に配属が決まった時、すでに同期の間でイケメンだと噂になっていた吉野さんと同じ部署だなんてずるいって羨ましがられたっけ。
 確かにイケメンなのは認めるけれど、顔が良くても性格に問題があったら間違いなく苦労するだろう。
「今日は重役出勤ですか? 羨ましいです」
「あのね……今日は取引先に直行したの」
 吉野さんはわざとらしく眉間に皺を寄せて言った。
「あら、そうですか」
 言われなくても知ってるけれど……。
 エレベーターが5階に到着してドアが開いた。
 吉野さんはニヤリと嫌な予感をさせる笑みをあたしに向けると、先にエレベーターから降りて――あろうことか、降りる寸前で[1階]と[閉]ボタンを押したのだ!
「え、ウソ! やだ!」
 あたしの目の前でドアが静かに閉まる。
 信じられない!
 両手がふさがっていて[開]ボタンに手が届かないあたしは、条件反射で足を伸ばした。制服のタイトスカートの裾がピンと張る限界まで足を上げる。
「ぎゃっ!」
 閉まるドアがあたしの太ももを挟んですぐに開いた。
「なにやってるの、ちょうちょちゃん」
 (ひら)けたエレベーターホールで吉野さんは笑いを堪えている。
「それはこっちの台詞です!」
 あたしは閉まる前にそそくさとエレベーターを降りた。
「置き去りにするなんてひどいです! しかも1階と閉めるボタンまで押すなんて!」
 憤慨するあたしを見て吉野さんは堪えきれずに笑い出した。
「ちょうちょちゃん、美しい御御足(おみあし)ご馳走様」
「もうっ!」
 あたしは吉野さんを置いて営業部のフロアへと向かった。
 この人は、いつもこうやってあたしをからかって遊ぶんだ。
 全然優しくない。本当に腹立たしい人!
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