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恋の悩みを知る君は 作者:来栖ゆき

1章 恋とはどんなものかしら

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◆5◆

「疲れたねっ! もう足パンパン!」
 あたし達はサンシャインシティの上階にある、夜景の見えるイタリアンレストランに来ていた。けれど席はもちろん夜景の見えない席。夜景を見るためには予約が必要なのだ。
「アゲハ、僕のせいで色々と歩かせてしまってごめんね……」
「あ、いや違うの。えっと、あたしの運動不足が原因みたい!」
 これだからデスクワークは嫌よね、と苦笑いで誤魔化してみるけれどベルは眉根を寄せて微笑むだけだった。
 なんとかなると思って始めたシンデレラ探しは結局なんともならなくて、ベルのガッカリした顔を見る度にあたしはなんて役不足なんだろうと感てしまい胸が苦しくなった。自分でもどうしてこんな気持ちになるのかわからないから厄介だ……。
「とりあえず何か食べよう! お腹すいてちゃ良い案も思いつかないし、ね!」
 静かな店内は小さめの音量でクラシックともジャズともいえないミュージックが流れていた。高級なレストランではないものの、あたしはこういう雰囲気のお店は好きだった。恋人同士で来たりしたら最高なんだろうけれど。
「あたし海老のクリームパスタにしようかなぁ。ベルは?」
「うーん、メニューが半分くらい読めないみたいだ」
「え、そうなの――ってそうよね、ずっと一緒にいて全然気づかなかった!」
「アゲハ、読んでくれる?」
 気付かせないなんてすごいだろ? と言いたげな、いたずらっぽい笑みを向けられて、あたしは思わず言葉を飲み込んでからこくりと頷いた。
 なんかこの店暑い気がする……。
 あたしは自分の見ていたものを横に置くと、ベルがテーブルの真ん中に広げたメニューに向き直った。
「えっと、じゃあ上から読むね」
 漢字で書かれた野菜や具材の単語は解る範囲で英語にするとベルも理解してくれるし、カタカナ名はそのままイタリア語だった。
「僕は平仮名だけなら読めるんだ」
「へえ、日本語と平仮名は優花さんに教わったのね?」
「いや、違う。祖母が日本人なんだ」
 なるほど、だからあまり聞かない単語も知ってるわけなのね。「性急」とか、一瞬頭の中で漢字を探してしまった事をふと思い出した。え、請求? って。
 それに他の外国人ほど近寄りがたい雰囲気が感じられなかったのも4分の1が日本人だったからかもしれない。同じ日本人」という接点が一つ見つかった気がしてあたしは無性に嬉しくなる。
「日本語と平仮名は小さい頃に教わった。けどカンジはフクザツで難しいね」
 苦笑いで微笑むベルの顔があまりにも近くて、あたしは不覚にもドキドキしてしまった。
「えっと、あとは――ワインは飲む?」
 急いでベルから視線を外してあたしはメニューのページをめくった。ベルがテーブルに乗り出すと、風が生まれてふわりと香水の匂いが届いた。瞬時にあの時の――押し倒された時の記憶が蘇って、あたしは思わずのけ反った。
「どうしたの?」
「な、なんでもない!」
 ベルの存在を意識してしまい、しかもこんな乙女的な過剰反応をする自分にも驚いた。
 お、落ち着けあたし!


「はい、アゲハ」
 デザートを運んできたウェイターがその場を離れると、ベルは小さな箱をポケットから取り出してテーブルの上にトンと置いた。ベルと最初に出会った時に見た、指輪が入っていたような小箱。それを指で押してあたしの方へ滑らせる。
 普通なら、わぁプレゼント! って期待するんだけど、今回ばかりはそれは有り得ないとわかっていた。あたしはそこまでおめでたくない。
「開けてみて」
 ベルは青い瞳を細め、とろけそうな笑顔を浮かべている。
「何でそんなにニヤニヤしてるのよ?」
「いいからいいから」
 あたしは不思議に思いながら蓋を開けた。優花さんへのプレゼントをあたしに見せて、ノロケ話でも始める気かって構えながら。
 中身は今日見たバラのネックレスだった。一緒にいたのに気付かなかった……いつのまに買ったの?
「あのネックレスね、やっぱりかわいいなぁ。これがどうしたの?」
「付けてみて、きっと似合うと思うから」
「え? あ、あたしに? あたしが付けていいの?」
 あたしはそう言われるまで優花さんへのプレゼントだと思っていた。間違っても自分宛てだなんて――普通は思わない。
 だから余計に驚いた。しかも声が大きすぎていい雰囲気だったらしい隣の席から、チラっと視線が突き刺さる。
「それ、かわいいって言ってたから……」
 突然の出来事に戸惑ってネックレスを見つめながら硬直していたら、ベルはそう言った。
 確かにかわいいって言ったけど……。
「あの……あ、あ、ありがとう」
 聞こえるか聞こえないかくらいの、か細い声であたしは呟いた。
 だって脳内はこれ以上にないくらい大パニックだったから。うわ、ほんとに? あたしが貰っていいの?

 期待していなかったサプライズプレゼントほど嬉しいものはない。女性なら大好物でしょう?
 それが恋人でなくても。ちょっといいな、って思ってる人だったらなおさら嬉しい。
 あたしはおずおずとチェーンをはずして首にかけてみた。
 鏡がないから自分では似合っているかどうかも解らないけれど……でもこういうかわいいのは似合わないって自分が一番理解している。
 付けてみたけどどうにも気恥しくて、ちらっと目線だけでベルを見たら、彼はワイングラスを片手に頬づえをついてあたしを見ていた。
「うん。アゲハ、やっぱりかわいい」
 熱い瞳で恍惚と魅入るベルの視線があたしの胸元に絡みつき、それからゆっくりと視線を合わせてくる。カワイイと面と向かって言われたからなのか、それとも別の何かが原因で、あたしの顔からボボボっと高熱が発生した。
「あ、あの……」
 ゆっくりとワイングラスを傾けるベルの動作から目が離せない。
 このふわふわとした感覚はなに? あたしはもうワインに酔っているの?
「本当にありがとう……」
 ベルは、ひょっとしてあたしに恋愛感情を抱いている? まさかそんな事は有り得ない。ベルは会った事もない女性を愛しているのだから。
 あたしなんかに一目惚れするはずなんかない。
 目の前のワイングラスを手に取ると、あたしはぐいっと飲み干した。
 お願いだからそんな笑顔向けないで……あたしの事好きなのかも、なんて期待しそうになるから――。
 どうにか心にブレーキをかけると火照った顔から熱が引いて、あたしはやっと冷静を取り戻した。
 ベルは――好きになってはいけない人なのよ。好きになった所で失恋確定なのだから。
「あたし、あまり女の子っぽいアクセサリーって似合わないのよね……」
 嬉しいという感情を思い切り出したいのに、恥ずかしくて、照れくさくて――ううん、そんな感情を彼の前では出してはいけない気がして、沈黙を破ってあたしの口から出た言葉は否定的なものだった。
 ベルの顔からさっと笑顔が消える。
 あたしはその瞬間にしまったと思った。せっかく贈ったプレゼントを喜ばれもせず似会わない、なんて言われたら嫌な思いをするのは明白だ。
 本当はこんなに嬉しいのに……もうどうしていいか解らない。  だからて口から出てしまった言葉はもう元に戻せない。いたたまれなくなって、あたしは視線を下に向けた。
 ――もう消えてしまいたいと思いながら。

 テーブルの上で組んでいたあたしの両手にベルの温かい手がそっと重ねられて、あたしはびくりと顔を上げる。
「アゲハはかわいいよ。どうしてそんな事を言うの?」
 沈静化したはずの熱が触れられた手と、身体の中心から一気に蘇ってくる。
「あ、あのね……ほら、あたしこんなかわいくない性格でしょ。良く言われるのよ。ガサツだとか、可愛げがないとかって……」
 あまり生き恥を晒すのは得策じゃないと思いながらも口から出る言葉は止まらない。
「多分弟がいるからなんだけど……ううん、それはただの言い訳で――」
「誰がそんな事言ったの? アゲハはとてもかわいいよ。優しくて思いやりがあって――素敵な女性だ」
 あたしの言葉を遮って言うベルの言葉があまりにも温かくて、心地よくて……だからあたしはなぜかわからないけれど涙が出そうになった。
「あ、ありがとう。そう言ってくれると……すごく嬉しい」
 どうにか絞り出したあたしの小さな呟き声を聞いて、ベルはふわりと微笑んだ。
 今まで見た中で最高の笑顔……。

 今さらながらに気付いた――あたし、もうすでに恋に落ちている。
 こんな気持ちは初めてで、なんて説明したらいいのかわからないけれど、でもわかる。自分の気持ちに嘘が吐けない。

 あたしベルナルドが好きだ。
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