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恋の悩みを知る君は 作者:来栖ゆき

1章 恋とはどんなものかしら

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◆4◆

 何でシャツ着てないの! 何で上半身裸なの? 外国人はみんなそうなの? とか思いながらあたしはキッチンでコーヒーメーカーのボタンを押した。
 平常心……平常心よ、アゲハ。
 背後ではベルがゴソゴソと着替えている。ちら見したい衝動をなんとか堪えて、あたしはコーヒーメーカーから滴り落ちる黒い液体に集中した。
 そう、あれは弟と一緒だ。あの割れた腹筋も、細いのに逞しい上腕二頭筋も……腕相撲では勝てなくてチョコケーキを奪われ続けたあの忌々しい上腕二頭筋。
 あたしはいつも負けてモンブランかショートケーキだった。
 そもそも何でいつもおやつの取り合いは腕相撲だったんだろう? そんなのあたしが不利じゃない?
 どうでもいい疑問があたしの脳裏を過ぎった。
 まあいいわ、過去は振り返らない――それが深山揚羽。オーケーよし、その調子!
 決してあの腕に腕枕してもらったら……なんて考えていない。
 ちらっと横目で見てみる。だってあたしはもう仏のように穏やかなココロだったから。
 ベルはまだ着替え途中だった。
 頭にすっぽりとかぶったシャツの裾から腹筋が見えて、ベルトで締めていないジーンズが腰からずり落ちそうで、その先は――。
 ベルが視線に気づいて振り向く前に、あたしは勢いよく顔を戻した。
「もう、ダメ……!」
 朝食の準備をしながらもあたしはしばらく挙動不審で、何もない所で(つまづ)いたり壁との間合いが取れずに肩や膝をぶつけたりして、その度にベルは驚いた顔を向けた。
 誰のせいだと思っているのよっ!

 コーヒーとトーストで軽い朝食を済ませた後で、あたしは早速アパートの管理会社に電話した。まあ、やはりというか、即答で個人情報はお伝えできませんと言われた。
 隣で耳を澄まして聞いていたベルの落胆の色が見えて、普段はあまりしないけれど、あたしは食い下がって聞いてみる。
「なんとかなりませんか? 真田優花さんの友達が訪ねて来たんです。連絡が取れなくてとても困っているんです」
「申し訳ございませんが……」
「じゃあ、こちらの電話番号を教えて下さって結構ですので、連絡頂けるようお願いして欲しいのですが?」
「申し訳ございませんが――」
 その台詞20回目なんだけど! もう、いい加減折れてよね!
 ちなみにあたしの「なんとかなりませんか」云々も同じくらい言ったはず。
「わかりました、どうも!」
 イライラした口調になったのはしょうがない。あたしは携帯の通話オフボタンを連打して切った。固定電話だったら受話器をガシャンと投げていたところだ。ちなみにこの部屋に固定電話は引いていない。
「ダメだった!」
 携帯から相手の声が漏れていたからある程度は聞こえていただろうけど、あたしはベルに優花さんの情報が得られなかった事を告げた。
「そうみたいだね……」
 肩を落としてそう呟くベルを見ていたら、どうしてもなんとかしてあげたくなってしまう。
 ああ、もうっ!
「次、大家さんの所!」
 さあベルナルド、ヘコんでる場合じゃないわよ! 愛しのシンデレラを探すんでしょう!


 そして、あたしとベルは、池袋のサンシャインシティに向かっていた。
 あの後大家さんの所に行くと、あらあら彼氏? という話から始まって、寿退社の話とか、英語喋れるの? あらイタリア語だったわねウフフフ……とか、あたしが無駄に心配していた事柄をつらつらと並べ語られ、やっと誤解を解いて前住民の事を尋ねたら大家さんはこう言った。
「知らないわねぇ、でも池袋のサンシャインなんとかの、なんとかってお店でアルバイトしているって言ってたわよ?」
 その話を聞き出すまでに30分かかったという事は言うまでもない……。
 そんなこんなであたし達はここにいる。
 しかもすごく居心地が悪い。だってすれ違う人みんな、あたしが連れてる外国人を盗み見て次にあたしをちら見する。その後はフーン……といった表情になる。なんか腹立つんですけど。
 ジーンズに黒のテーラードジャケットを着ただけの恰好なのに、ベルはモデルみたいに格好が良かった。ジーンズのポケットに親指だけ突っ込んで信号待ちをしているその姿は、まるでカメラを意識して佇んでいるようだ。
 ちなみに、横にいるあたしは同じくジーンズにカーキのブルゾン。それと使用感のあるCOACHのバッグ。
 普通過ぎる? せめてかわいいスカートかセクシーなショートパンツにすべきだった? そしたらベルと並んで歩いても違和感がなかったかもしれない。
「信号が変わったよ?」
 ショーウィンドウのガラス窓に映った自分の姿を眺めていたらベルに声をかけられた。
 ベルはあたしの目線を追ってガラス窓を見ると、そのガラス越しにあたしと視線を合わせる。
「え? ああゴメン!」
 あたしは急いで横断歩道に向き直ると大股で渡りはじめた。
 ガラスに映った自分を眺めている姿を他人に気付かれる事ほど、恥ずかしいものはない。

 人を掻き分けてやっとサンシャインシティに辿り着いたあたしとベルは、名前しか知らない女性を探すため、エスカレーターを下りて地下へ向かった。
 雑貨屋、服屋と端から順番に店に入っては出てを繰り返す。
 きっとどこかのお店で「真田優花は私です」って名乗りでてくれるシンデレラを捜し求めて。
 ベルは期待に胸を膨らませて、店に入る度にキョロキョロと店員さんを眺めていた。目が合った女性は、もれなく全員ドキっとしているのだろう。
 そして、王子の従者であるあたしはこう言うのだ――。
「すみません、こちらで真田優花さんって方は働いていますか?」
 地下1階、地上1階と回って、ただいま2階の高級そうなアクセサリー店。
「はあ……少々お待ちください」
 いらっしゃいませ、と愛想よく声を掛けてくれた店員さんがベルに目を向けて頬を染めた後、あたしの質問に首を傾げて奥へと消えた。
 暇を持て余したあたしはガラスのショーケースにあるアクセサリーを眺める。
「あ、かわいー」
「よかったらお試しになりますか?」
 物欲しそうに見ていたのだろうか、別の店員さんに声を掛けられてしまった。
「あ、いえ、大丈夫です……」
「どれ見てたの?」
 やんわりと断ったらいつの間にかベルが隣に現れた。
 店員はニコニコしながらショーケースからネックレスを取り出して見せてくれた素材はフェミニンなピンクゴールドでバラのモチーフ。中心にある赤い宝石は多分ルビーだ。
 値段的にキュービックジルコニアじゃないと推測。
「宝石はルビーなんですよ」
 ほらビンゴ!
「本当だ、かわいいね」
「彼女さんにお似合いだと思いますよ?」
「うん、きっと似合うだろうな……」
 小さなバラを手に微笑むベルのその顔が幸せそうで、多分優花さんを思い描いているんだと思った。
 あたしだってこういったカワイイものを見れば、いいなって思うけれど、実際似合うかって言うと別次元の話になる。
 弟がいるせいか、あたしは少々ガサツらしい。
 もしも優花さんが見つかったらイイ男に好かれる秘訣を聞いてみよう。まあ、聞いたところで実践できるかって考えたらちょっと無理な気もするけれど。
「お客様、お待たせしました」
 最初に尋ねた店員さんが戻ってきた。
「申し訳ございません、当店ではそういったスタッフはおりません」
「あ、そうですか……わざわざすみません、ありがとうございました」
 頭を下げる店員さんに、あたしも同じくペコリと頭を下げた。

 正直ここまでわかっていればシンデレラはすぐ見つかると思ってた。
 しかもロールプレイングゲームの冒険みたいでちょっとワクワクしていた。ほら、村人に聞いてヒントを得て、少しずつ目的に近づくってヤツ。
 それからあたし自身、男性と二人きりで出歩くという行動も久しぶりでデートみたい、だなんて思って調子に乗って服を見たりと楽しんでしまった。
 その後もシンデレラ探しは予想以上に難航した。その理由のほとんどはゲームのように簡単には情報を与えられないということ――。
 あたしがそんな質問をすると不審者扱いする店も中にはあって、必ず冷たい視線で睨まれてスタッフの情報は教えられませんって言われるのだ。
 ホント、現実って冷たい。
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