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恋の悩みを知る君は 作者:来栖ゆき

1章 恋とはどんなものかしら

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◆3◆

 今朝は9時起床。せっかくの土曜日なんだからもう少し寝ていたかったけれど、あたしはちょっと早めに起きた。
 そそくさとスウェットを脱ぎ捨て、もう少し見栄えの良いジーンズとストライプの長袖シャツに着替える。パジャマ代わりのスウェットは毛玉だらけで伸びきっていて、とても着心地の良いものだけど、ちょっと男性に見せるわけにはいかない状態なのだ。
 うーん、新しいの買おうかな。
 そっと寝室のドアを開けると、ソファの端が見えた。あたしはもう少し開けて顔をひょいと出す。
 カーテンを締め切った薄暗いリビング。ソファの背もたれを倒せば簡易ベッドなるそれに、毛布に包まれた丸い物体を発見した。
 ゆっくりとした規則正しい呼吸の上下運動が見える。ベルナルドはまだ寝ているみたいだ。
 大きい身体を猫のように丸くして寝ている姿を想像して、あたしはプフっと噴き出した。毛布をひんむいて確認したかったけどやめておくことにする。


「ベルでいいよ、友人にはそう呼ばれているから」
 昨夜、ベルナルド――もといベルはあたしに気を聞かせてそう言ってくれた。実はベルナルドさんって言おうとして何回か舌を噛んだからだ。
 代わりにあたしも呼び捨てにしてもらって敬語も無しにした。アゲハさん、なんて呼ばれ慣れなくてくすぐったすぎるから。
 寝室からそっと抜け出して洗面所へ向かうと、顔を洗って軽く化粧を始めた。だってスッピンは無理だもん。
「さて、やる事はやったわ……」
 あたしは腕を組んで洗面所の壁に寄りかかり、そこから6畳ほどのリビングダイニングを眺めた。
 この部屋は無駄に1LDKだから、知らない男の人と同じ部屋で寝る――という事態にはならなかった。そうじゃなかったら、そもそも「泊まってく?」なんて気軽には言わない。
 一人暮らしだから1Kでも良かったのだけれども、玄関開けてベッドが丸見えっていうのにかなりの抵抗があった。
 ほら、もし強盗が入ってきたら即効見つかるでしょ。一応あたしも乙女……身の危険は回避したいと考えて、だから寝室の手前にリビングがある部屋を選んだ。
 いざという時は寝室に逃げて、そこから外へ逃げるのだ。まあ、ここ2階なんだけど。
 そんなこんなで3分経過したけれど彼はまったく起きる気配がなかった。
 もし時差ボケで起きられないのなら無理に起こしちゃ可哀想だけど、きっと優花さんの行方を早く調べたいだろうし……。
「ああ、するべきか、否か――それが問題だ」
 あたしはハムレットになりきって両手を天に向け、独り言をつぶやいた。
 どうでもいい事だけど、あたしは高校の頃に演劇部でハムレット役をやらされた。弟がやるはずだったハムレットを姉のあたしがやるハメになった苦い思い出だ。あの時、2つ下の馬鹿な弟は本番1週間前に足を骨折した。
 あたしと喧嘩の末、家の階段から落ちたせいで――責任転嫁にも程があるって思わない?
 ……別に、あたしが落としたんじゃないんだからねっ!

「ん……」
 ソファの横に立つと、気配を察知したのだろうベルは、身じろぎして毛布から顔を出した。寝癖なのかわからないけど、昨日よりも髪の毛のカールがくるくるしている。
 か、かわいすぎるぞ!
 子供だったら即効で頭ナデナデしちゃうくらい触りたい髪の毛。でもベルは大人の、それも男性――しかもあたしより1つ年上の27歳だと聞いた。
 もし年下だったらナデナデしてたかもしてない。
 気を取り直して――。
「おはよっ」
 あたしは目を開けたベルを見下ろしながら声をかけた。
 けれど…………あれ、無反応?
 彼は天井の模様をじっと見つめて――そのまま目を瞑った。
「ちょっと……もう」
 せめてあたしには気づいて欲しかったけれど、仕方がないので起きるまで寝かせて置くことにする。
 そう思ったけれど、あたしはどうしても抗えなかった。ちょっとだけ、ちょっと観察するだけ――だってイケメンの、それも外国人をまじまじと見るチャンスなんてないもの。
 あたしはその場にしゃがむとじっとベルの寝顔を凝視した。
 まさに眠れる森の王子様だ。
 羨ましいくらい長いまつ毛、形の良い唇、艶やかな黒髪……。
 あたしは無意識に、そっとカールした毛先に手をのばしていた。思った通り一本一本が細くてやわらかい。しかもなんだこのキューティクルは……あとで何のシャンプー使ってるのか聞いてみよう、と心の中にメモをする。
 手触りが気持ちよくて、ふと実家で飼っている黒い毛のラブラドールを思い出した。
 毎朝、目覚ましが鳴る30分前にあたしの上に乗って起こしてくれた迷惑なヤツだ。それがもうかわいくて重くて何より犬臭くて……実家が恋しくなってくる。
 モフモフを十分堪能したところで、あたしは起こさないように、とそっと髪から手を離して立ち上がろうとした。
 けれど、急にベルの腕が伸びてきてあたしの腕を掴んだ。
 やばい、起こしちゃったかも!
「ごめん、つい――わっ」
 でもその先は言えなかった。
 ベルにぐいと腕を引かれて、あたしはソファに転がされた。知らないうちにごろんと回転していて、気づいたら目線は天井。
 あれ、と思うまもなくあたしの上にはベルがいた。心地よい重さにのしかかられてほんの一瞬だけ息が詰まる。
 でも重くないのはベルが腕で自分の体重を支えていたから。
 彼は起きてるんだか寝てるんだかわからないような、とろんとした目であたしを見ていた。
「ユーカ……」
「ちょ、ちょ……」
 ちょっと待って!
 力いっぱいベルの胸を押して離そうとするけれど、びくともしなかった。
 これは――非常にマズイ。
「ねえ、あたし優花さんじゃないからっ!」
 けれどベルは自分の胸にあてがわれたあたしの手を握って離すと、そっと手首の動脈に口付け、邪魔するなと言わんばかりにそのまま腕をソファに押さえ込んだ。
 そして――あたしの鎖骨に唇を這わせはじめる。
「やっ、ベル……!」
 香水の匂いが鼻腔をくすぐり、言いようのない高揚感が全身を駆け巡る。
 だ、だめ……。
「あ、あのっベル!」
「しーっ」
 ベルは人差し指であたしの唇に触れた。
 思わず黙ってしまったあたしを見つめると、その顔を……唇を近づける。
 キスされる――そう思った瞬間、あたしは顔を背けた。
 腕も身体も押さえられたあたしが唯一動くのが顔だけで、もうそれしか逃げ道がなかったから。
 どうしよう、と慌てるあたしの頬に、ちゅっとやわらかい感触を感じた。
 ギャーーーー!
 あたしは心の中で叫んだ。多分、本当に叫んではいないと思う……。
「ア、アゲハ!?」
 不意に軽くなって、ベルがあたしの上から飛び退いたのだとわかった。
 あたしも急いでソファから起き上がる。
 心臓がばくばくと音を立てて肋骨を叩き、アドレナリンがハンパないくらい放出して身体中を駆け巡っている。
 ベルはイタリア語で何かを呟くと、日本語で謝ってきた。
「ご、ごめんアゲハ、本当にごめん!」
 ベルは顔面蒼白だ。
「だ、だ、だいじょ、ぶ……」
 未遂だったから――ほっぺチューは未遂でしょう?
「夢を見ていて、寝ぼけてしまって……ああ僕はなんて事を!」
 ベルは両手で頭を抱え、可哀想になるくらい取り乱していた。
「いや、あたしが悪いの、起きたのかなって思って……だからほんと、全然気にしないで!」
 彼に比べればあたしはまだ冷静だった。
「僕は何かした?アゲハを傷つけた?」
 顔を向けて心配そうに見つめるベルと目があった。
「うん、何にも――」
 あたしは無意識にベルの唇が辿った鎖骨を撫でていた。抵抗してもどうにもできなかった。
 おとこのひとの――つよいチカラ……。
 不意に、あの瞬間に感じた熱を帯びた唇を、耳元にかかった熱い吐息を思い出す。
 顔がカーッと熱くなるのが自分でもわかった。
 少し落ち着いたはずの心拍数が急上昇し始める。
「アゲハ……?」
「ううん、何も、何もされてないから! ホントに!」
 ちょっと血液が沸点超えそうだっただけ。あと心臓が壊れるくらいドキドキしっぱなしなだけ。
 そしてそれはまだ、現在進行形なわけで――。

 いい加減もう止まって心臓! いや、止まっちゃだめ。
 あたしも思ったより冷静じゃないのかも……。
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