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恋の悩みを知る君は 作者:来栖ゆき

5章 もう飛ぶまいぞこの蝶々

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◆4◆

 次に目が覚めた時、外は明るくて、あたしは移動した覚えのないベッドの中にいた。
 テレビから漏れ聞こえる声から日曜の朝だと言う事がわかった。
 そして少し隙間の空いた戸の向こう側――キッチンから人の気配がする。
 美味しそうな煮込みうどんの匂いが届いてくると、あたしのお腹は食べ物を要求してぐう、と鳴った。
 風邪を引いていても身体は正直らしい。
 喉の奥が乾燥して張り付いている感じが不快で、ベッドのサイドテーブルにあるペットボトルに手を伸ばしたけれど中身は空だった。
「おかーさーん、喉かわいたー」
 言いながら頭を横に動かすと、頭の下ではゴロゴロと音を立てながら氷が動いた。いつの間にか水枕を作ってくれていたみたいだ。
 首が冷たくて気持ちいい。それでいて布団の中は丁度いい温度だったから、目を瞑ればまた深い眠りに落ちてしまいそうになる。
 でも少し待っていれば、きっと母親が飲み物とうどんを持ってきてくれるはずだ。なんか、すごくいい気分。
「おかーさん、じゃねえよ!」
「え、あれ、霧ちゃん……?」
 戸口から現れたのはあたしの弟だった。
 どうしてここに?
「馬鹿揚羽(あげは)! ほら!」
 暴言を吐きながらも弟はあたしにペットボトルのスポーツドリンクを手渡してくれた。ご丁寧に蓋の栓まで外してくれて。
 手に力が入らなかったから、それはありがたかったけれど……。
「なんでいるの?」
「ありがとう、は?」
「……アリガトウ、ゴザイマース」
 弟はあたしのお礼に納得した様子で頷くと、キッチンへと戻って行った。
 コイツは――どうしていつもあたしに対して高圧的な態度なのかしら? あたし姉だぞ?
「腹減ってんだろ? 俺が数少ない冷蔵庫の食材だけで特製うどん作ってやったからな、感謝して食えよ」
 ぐびぐびと喉を潤していたら、弟はお盆に乗せたうどんを持って来た。
「料理もできる俺、カッコイイ!」
 あたしはくだらない独り言を呟く弟にもう一度疑問をぶつけてみようと思った。
 虫の知らせ――とか、姉の危機を察知して来たわけではないと思ったから。
「ありがとう。で、なんでここにいるの?」
「は? 自分でメール寄越したんだろ? ったく、何事かと思って来てみれば……」
 箸を忘れたらしく弟はぶつぶつと文句を言いながら部屋を出た。
 あたしメールしたっけ?
 サイドテーブルの携帯を開いてメールの送信履歴を確認してみる。
「あ……」
 ――たすけて、しにそうです――
 そのメールは午前7時頃、確かに送信されていた。
「なんだ、お母さんかと思ったら霧ちゃんでしたか。あたしをお姫様抱っこしてベッドに運んで、飲み物くれてずっと看病してくれたのは――」
「なんだそれ、どんだけ夢見てんだよ?」
 箸を手渡す弟の表情は何とも言えない……まるで可哀そうな子を見るような目だった。
「だって、あたし昨日はソファで寝てたのよ?」
 じゃあ……誰があたしをベッドに運んだの?
 ふと思い出したのはベルだった。でも彼は出て行ってしまった。あたしに風邪を移しておいて――。
 夢……全部あたしの妄想?
 そうか、メールは今朝送られているから、夜中は誰もいなかったんだよね……。
「へえ……カレシの仕業じゃねえの?」
「そんなわけないでしょ!」
 あたしの百面相を見ていた弟は何か言いたげな視線を向ける。
 途端に恥ずかしくなった。
「う、うるさいわね! 熱が高かったのよ、しょうがないじゃない!」
 あ、あたしイタすぎる……!
 だって本当に覚えてなかったんだもん。


 食後に飲んだ薬が効き始めると、じっとしているのが耐えられなくなってきた。今ならあの時のベルの気持ちが良くわかる。
 動きたい衝動をどうにか堪えてあたしは寝返りを打った。手を伸ばしてカーテンをめくり、外の様子を寝ながら眺めてみる。
 高く澄んでいる青い空、気持ちいいくらいの秋晴れだ。
 こういう日は外に出たいなぁ……。
「ぐわっ」
 いつのまにか近づいてきた弟に頭の下から水枕を抜かれた。
「ちょっと!」
「氷、追加シマース。それともいらね? なら俺、もう帰っけど?」
 あたしが文句を言えないのが楽しいのか、弟は終始嬉しそうにしていた。
 ほんとにムカツク!
「あれ、この前持ってきた俺の雑誌は?」
「知り合いにあげた。イケメンだって言ってたよ。営業活動してあげたんだから喜びなさい」
 リビングから話し掛けられて、あたしは少し大きめの声で答えた。
 うーん、少し喉が痛いみたい。
「マジで? それって佳澄?」
「……もう、あたしの友達よ、あたしの真似して呼び捨てしないで!」
「呼び方なんて何でもいいだろ! で、なんか言ってた?」
 氷を入れて戻って来た弟から水枕を受け取って、あたしはタオルを折って高さを整えた。
「佳澄じゃなくて会社の後輩。っていうか、さっきからなんでずっとスプーン咥えてるの? 転んだら危ないでしょ!」
 リビングをうろつきながらも、弟はずっとスプーンを咥えていたから気になっていたんだ。
「ん、冷蔵庫のプリン。早く食べないとヤバイだろ? ごっそうさん」
 弟はにやりと笑ってそう言った。
「は? プリン?」
 この前ベルが大量に作ったプリンはもうないはずだった。
「でも変な感じだな。なんでこのプリン、フローラルな味がするんだ?」
「もしかして、そのプリンって……!」
 あたしがおいしいって言ったから? ベルはあの後追加で作ってくれていたの?
 昨日? それとも一昨日?
「な、なんで?」
 あたしが飲み会から帰って食べられるように……?
 あたし――ずっと冷蔵庫開けてなかった。プリンがあるなら言ってくれれば良かったのに!
 疑問が一瞬浮かんで、でもそんな事を教えてくれる余裕なんてなかったのだと思い直した。
「ま、プリンは今回の報酬として、俺が全て食ってやったから」
「ふ、ふ……ふざけんなー!」
 あたしが本気でキレたと気付いた弟は、バイトがあるとか言いながら一目散に逃げて行った。

 冷蔵庫を開けたらプリンはやっぱり一つもなくて、流しには空になった入れ物が4個置いてあった。
 いくらなんでも食べ過ぎ!
「一つくらい残してくれてもよかったじゃないの!」
 使った食器を簡単に洗ってから、新しいペットボトルのスポーツドリンクを冷蔵庫から抜いてベッドに戻った。
 寝室にテレビが欲しいと思ったのは今が初めてじゃない。
 静かな部屋、寝ているだけのあたし――。
 アパートの前の公園からは子供のはしゃぎ声が聞こえた。
「平和だなぁ……」
 枕元の携帯を開くと、先ほど見ていたメールが表示されていた。
 覚えていないけれど、あたしが弟に送ったメール。
 このメールがすべて平仮名だったのは、きっとベルにメールを送る事に慣れていたから。
 それ以外のメールの送信者はすべてベルナルドと表示されていた。
 友達はいるけれど用事がないとメールも送らないから、ここ最近の送信履歴は自然とベルのメールで埋め尽くされている。
 このアドレスへメールを送っても、もう持ち主には二度と届かない。
 メール作成画面を表示して、あたしはメールを打った。
 ――かぜひいちゃったよ、よくもうつしてくれたわね! せきにんもってかんびょうしてちょうだい――
「送信、と」
 しばらくすると部屋の中からアメージンググレースが鳴った。ベルのメール用の着信音だった。
 ――おとうとがぷりんをすべてたべてしまったわ――
 これも、もう誰にも読まれる事のないメール。
「Amazing Grace, How sweet the sound……」
 送信ボタンを押せば流れ始める着信音に合わせて口ずさんだ。
 アメージンググレースは讃美歌で、(ゆる)しの歌らしい。
 メロディは知っていたけれど、歌詞や曲の意味は全てベルが教えてくれたんだ。
「That saved a wretch like me……」
 あたしはキリスト教じゃないけれど……それでも反省すれば許してくれるのかしら?
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