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恋の悩みを知る君は 作者:来栖ゆき

間章 今の歌声は~Bernardo~

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◆3◆

「ねえ、これは――家族の写真?」
 僕が何をしようとしたか悟られたくなくて話題を変えた。引き出しの上にある写真立てに目を向けた僕は思いついたと同時に質問をしたのだ。  
「あ、うんそう。あたしの横にいるのが弟で――後ろで顔が半分隠れてるのが父と母よ」
 手に取って写真をよく見てみる。髪を金色に染めたアゲハと同じくらいの年頃の男性は目元がアゲハにそっくりだ。二人とも酒を飲んでいるのか少し顔を赤らめて仲が良さそうに肩を組んでいる。
「お正月に撮ったんだけど……これ変に撮れてるから嫌だったのに、引っ越し祝いとかいって持って来たの! ねえ、だからあまり見ないでくれない? あたし酔っぱらってるし」
 無視して写真を見ていたら写真立てごと奪われた。
「はい、もう終わり。ベルに兄弟はいないの? 当ててみようか――お兄さんかお姉さんがいると思う!」
「当たりだ、僕には兄が2人いるよ」
 そうだと思った、と微笑むアゲハに僕も笑顔を向ける。内心まだ動揺していたけれど、彼女は別段何も感じていないように思えて、僕はほっと胸を撫で下ろす。
「僕たちは男兄弟だったからね、母はずっと娘が欲しいと思っていて、だから兄が結婚して女性を連れてきた時はものすごく喜んでいた。母は自分の子供にキモノを着せたがったみたいだけど、それはもう諦めて彼女達や孫に期待しているんだって」
「へえ、娘が欲しいって気持ちはあたしもわかるかも。ベルのお母さんが日本人とのハーフなの?」
「いや、母は生粋のイタリア人だ。父の祖母が日本人なんだよ」
 アゲハが僕の家族に興味を持ってくれてていると思うと何故だか嬉しく感じる。
「母と会わせてみたいな。きっとアゲハの事を気に入って離さないと思うから」
 黒いロングヘアに日本人特有の顔立ち。きっと無理にでもキモノを着せて一緒に写真を撮ると言うだろう母と、照れながらも隣に経つアゲハを想像した。
「なんでそんなに笑ってるのよ? でも、あたしも会えることを楽しみにしてるわ。確か成人式に着た振袖があるから、それを着るのはどう?」
「いいね、きっと喜ぶよ。僕もフリソデを着たアゲハを見てみたい」
 そう言ってふと気づく。アゲハは母に会いたいと言ってくれて、僕も彼女を家に連れて行きたいと思っていることに――。
 それは僕たちがいずれ――……。
「急にどうしたの? 顔が赤いみたいだけど……」
「なん、でもない……さあ、アゲハはそこに座ってテレビでも見ていて」
 彼女をソファに座らせて手にリモコンを握らせた。食器の片づけも、食後の紅茶の準備も今日は何一つさせないと心に決めて。


 いつもの朝。いつものようにアゲハが仕事へ出掛けた後、僕にはやることがある。
 アルバイトが始まる9時までに自分のランチ用のクラブハウスサンドを作り、コーヒーをもう一杯飲んだ後、朝食に使った食器を洗う。時間があれば夕飯の下拵えをするのだ。
 そして毎日、こうして一人になると無意識に考えることがあった。
 アゲハはこの生活をどう思っているのだろうか――ということ。
 彼女の親切心に甘えて、僕はすでに数週間もこのアパートに滞在している。食事を作ることに関しては喜んでくれているが、きっと彼女に対するメリットはそれだけだと思う。
 やはりあの時ここを出るべきだったのかもしれない。いや、もっと前から、最初に提案された時点で断るべきだったのだ。
 彼女の優しさに甘えてしまう前に、手遅れになる前に……でももう遅かった。僕はすでにこの生活を手放したくはないと思っていたのだから。
 ユーカを探さなければならないのに、気づけばアゲハとの生活を充実させることばかりを考えてしまっている。
 昨日の――あのバラの花だってそうだ。アゲハの部屋を花で一杯にしたらどんなに素敵だろうかと思って貰ってきたのだから。
 写真立ての横に飾ったスモーキーピンクのバラは、昨夜のうちに全て棘を取っておいた。
 アゲハは「あたしを怪我させたんだからちゃんと咲きなさいよ」とか「綺麗なピンクなのに売り物にならないなんてひどい話ね」とバラに話しかけていた。
 僕がそれを聞いていて、必死で笑いを堪えていた事はきっと知らないだろう。思い出すとまた笑いが込み上げてきて、僕は一人でくっくっと笑いだした。

 キッチンで食器を洗っている僕の耳に、ガチャリと鍵の回る音が聞こえて玄関のドアが開いた。
 バタバタと足音を荒げながら廊下を歩く音がこちらへ近づく。
「何か忘れ物した? 言ってくれれば僕が駅まで――」
「あれ、部屋間違えた? ここ201号室じゃねえの?」
 玄関から続く廊下から現れたのは、伸ばした金髪を後ろに結った見覚えのある青年だった。
 派手な豹柄のジャケット姿の彼は、僕を見て驚いたようにキョロキョロと部屋の様子をうかがっている。
「えっと……君は確かアゲハの――」
「って、鍵で開いたんだからここだよな。やっぱ間違えてねぇ! ア、アンタ……何者だよ! ドロボーか? ドロボーが洗い物してるのか!? だってだって……揚羽(あげは)にオトコがいるなんて有り得ねぇ!」
 僕を指さして驚愕の表情で目を見開いた青年は、ショックがあまりにも大きかったのか、手に持っていたビニール袋をドサリと落とした。袋の底からグシャリと何かが割れた音が聞こえる。
「うわヤベっ、卵が死んだ!」
 彼が袋の中から取り出した10個入りの卵パックは見るも無残な姿になっていた――。

「コーヒーにミルクとシュガーは入れますか?」
「ん? ああ入れる。いいよ、自分でやるよ」
 手渡したコーヒーにスティックシュガーを2本も投入しながら、彼は珍しいものでも見るようにじっと僕を凝視していた。
 見られているのを意識しながらも、僕は彼が持ってきていた袋の中身を冷蔵庫にしまう。中身は野菜や米などの食材ばかりだった。
 彼は母親に言われて一人暮らしをしている姉のアゲハに食材を届けに来たのだと言う。
 落として割った卵をプラスチックの入れ物からボウルに移し、殻の欠片をひとつずつ取っていると、彼が興味津々といった面持ちで話しかけてきた。
「アンタいつから揚羽と一緒に住んでるの? ねえ、アイツのどこに惚れたの? だってアイツ口より先に手じゃなくて足が出るやつだぜ? 俺何度も蹴られてるし、マジで」
「ええと、ここには2週間程お世話になっています」
 そう答えたものの、彼は続きを待っているようだった。
「惚れたという感情は僕たち2人にはなくて、僕は少しの間だけここに滞在させてもらっているだけで――」
「はぁ? じゃあカレカノの関係じゃないって事か? セフレか? 揚羽にセフレ? んなの、有り得ねーだろ!」
 カレカノ? セフレ? 彼の使う日本語が少々理解できない。
「あの、アゲハとは良き友人でいると思っています」
「なんだそれ、トモダチなのに同棲って、やっぱりセフレじゃねーか!」
「僕がここにいるのは彼女の親切心からなるもので――」
「超意味わかんねぇ!」
「……」
 それは僕の台詞だ。彼が僕に何を聞きたいのかがまったく解らない。
「ところでその卵はどうするんだ?」
 殻の欠片を取り終わったボウルを指さしながら彼が言った。
「これは……牛乳と砂糖を加えればプリンになるから――」
「そっか、じゃあ俺が落として割ったって事は揚羽に言うなよ。こいつはもともとプリンになる運命だったんだ、いいな?」
「はあ、わかりました……」
 彼と話していると頭が混乱してくる。アゲハの事を話していると思ったら卵の行く末が気になるとは……。
「で、結局アンタは揚羽の事なんだと思ってんだ、コラ」
 話を戻した彼が少し喧嘩腰なのが気になるけれど、きっと姉であるアゲハを心配しての事だろうと思うことにする。
「アゲハは――」
 僕の大切な友人の一人だ。
「アゲハは、僕の大切な女性です」
 口からでた言葉は、思ったよりも強くはっきりと僕の耳にも届いた。
「じゃあセフレじゃなくてカレカノってことじゃねーの!」
「あの――」
 しかし話の途中で突然彼の携帯電話がけたたましい音楽を鳴らした。
「おっとヤベ、呼び出しだ! じゃ、俺行くわ」
 後はよろしく、と彼はバタバタと出て行った。お互い自己紹介もしていないと気付いたのはすぐあとの事。

 一人になった室内はいつも以上に静寂を感じた。
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